読売新聞12月30日文化欄「論壇誌12月」で、広井良典・千葉大学教授が「アベノミクス、肯定と懐疑」と題して、現政権の経済政策に肯定的な2人と懐疑的な2人の主張を紹介しておられます。その中の言葉から。
・・意見の相違を遡ると、経済における「期待」ないし主観的な要素の評価や、人々の需要はどこまで拡大するかという人間観の相違にまで至るのではないか・・
短い言葉ですが、政策さらには社会科学における、「正しいことと間違ったこと」「期待することと達成できること」の難しさを、示しておられます。
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アメリカ型組織・人事と日本型組織・人事。4
雇用が個人や社会にとって重要なのは、それが安心の要にあるからです。雇用が安心の要にあるということを教えてもらったのは、宮本太郎北大教授(当時)です。
麻生政権の安心社会実現会議で、「安心と活力の日本へ」という報告書をまとめました。その報告のポイントは、安心の中心には雇用があり、その回りに、子育て、教育、健康、老後があるというものです。私は、安心と聞くと、健康保険や介護保険と年金、そして生活保護制度を思い浮かべていました。しかし、それらの中心に、雇用があるのです。日本社会が安定しているのも、安全安心な社会だといわれるのも、失業率が低いこととともに、労働者が安心して働けることと、そこそこ満足できているからです。それが、個人や家庭の安心にもなっています。
国家の視点からは、経済成長やGDPが重視されます。確かに、豊かさは重要な指標です。また経済成長によって、失業率は低下します。しかし、GDPが大きくても、貧富の差が大きくては、社会は安定しません(そのほかに、政治的・社会的自由と平等も、近代社会の安定には必要です)。生産や消費の数値より、個人にとっては雇用が重要なのです。欧米のように失業率が上がり、また近年の日本のように若者が非正規雇用に追いやられると、個人や家族そして社会の安心は保つことができません。社会の安定にとって、そして個人の安心にとって、雇用が大きな要素です。
アメリカ型組織・人事と日本型組織・人事。3
才能があり意欲があって、常に上のポストを狙う人にとっては、アメリカ型の雇用制度が良いでしょう。しかし、そうでない普通の人にとっては、日本型雇用制度が安心できます。
ところで日本型では、労働者は職場で、仕事に関する知識と技能を身につけます。会社の方も、将来を見越して、若い職員に技能を身につけさせ、先輩や上司も指導します。大部屋で、皆と一緒に仕事をすることで、学びます。私も、そうして経験と技能を、身につけてきました。正直言って、職場外での研修より、職場での見よう見まねの方が、有用でした。
アメリカ型では、どのようにして、労働者は技能を身につけるのでしょうか。同僚や上司は、最も重要な技能は他人や部下には教えない、教えるとライバルになるから、と聞いたことがあります。すると、自ら技能を磨き、新しいポストに挑戦しない限り、ずーっと同じポストで仕事内容も給料も変わらず、昇進しないことになります。
それに比べると、日本型は、多くの労働者にとって、ありがたい仕組みです。職場で仕事を教えてもらって、技能を身につけ、昇進させてもらえるのですから。
アメリカ型組織・人事と日本型組織・人事。2
ということで、専門家に教えてもらって、清家篤著『雇用再生ー持続可能な働き方を考える』(2013年、NHKブックス)を読みました。わかりやすく、勉強になります。こんなに内容のある本が、1,000円+消費税で買えるのです。お勧めです。
今の日本では、働く人の9割が、企業に雇われている雇用者です。かつて原稿を書くために調べた頃は、8割でした。さらに進んでいます。農業や自営の商店主などが、廃業しているのでしょう。
雇用の状況やあり方は、その国の政治、社会、会社、そして家族と本人にとって、重要な関心事です。労働力は、経済学では生産要素の一つですが、そのほかの要素と違って、簡単に切り捨て(解雇し)たり、短時間に養成できません。それぞれの労働者にとって、死活問題であり、労働者をお金やモノのように扱うことはできないのです。またそれぞれに能力が異なり、リンゴが高くなったらミカンを代わりに買う、というように取り替えるわけには、いきません。社長から見れば、私もあなたもたくさんいる従業員の一人かもしれませんが、私やあなたそして家族にとって、突然の解雇や処遇(例えば勤務地、経験のない業務)の変更は、人生設計を狂わせます。
そして、前回書いたように、いきなり企業の雇用制度を変えても、社会の仕組みや各人の意識が変わらないと、うまく行きません。今ある仕組みは、それなりに合理性があって続いており、またそれぞれの制度が、お互いに連関しています。
この本では、日本の雇用制度の特徴である、新採一括採用、終身雇用、社内での人材育成、年功賃金、定年退職、退職金制度などに、どのような意味があるか、どうして続いているかを、わかりやすく解説しています。
もちろん、批判されているように、この日本型雇用制度にも欠点があります。従業員を守るために、若者が非正規雇用に追いやられ、労働力の調整弁にされたこと。正規職員と非正規職員の格差。正規職員に求められる超勤などでワークライフバランスが難しいこと・・。
繰り返しになりますが、アメリカ型と日本型のどちらが優れているかではなく、それぞれに長所短所があります。そしてそれぞれの雇用制度(採用と解雇、給与、昇進、職員教育)は、国民の意識や社会の仕組みに深く組み込まれていて、簡単には部分的な改変は難しいのです。革命的な改革も難しいです。では、どのようにして、問題を解決していくか。詳しくは、本をお読みください。
アメリカ型組織・人事と日本型組織・人事
佐藤俊樹著『社会は情報化の夢を見る』(12月22日)の続きです。読み返していて、もう一つ再発見した(読んだのに忘れていた)ことがあります。
それは、日米の組織と人事の違いです。よく言われているように、アメリカでは、組織の各参加者の役割が明確に決められている場合が多いようです。職務明細書・職務記述書(ジョブ・ディスクリプション)によって、あらかじめ決められています。他方、日本の場合は、共同作業にあたる参加者の間での役割分担が、明確に決まっていない場合が多いです。その都度その都度、お互いに調整しながら、柔軟に分業していきます(p163)。
この違いは、組織内でのコミュニケーションの違いとなって現れます。さらに、この違いは組織の外の社会構造にも、違いをもたらします。労働市場や教育制度が、違ってくるのです(p173)。アメリカ型では、労働者の組織間の移動が起きやすく、日本型では終身雇用になります。終身雇用だから、職務記述書がなくてもすむのです。
私がこの労働市場の違いに、「そうだったんだ」と再認識したのは、次のようなことからです。
復興庁は、10年の期限付きの組織です。最初は、各省から職員に出向してもらって、職員をそろえました。しかし、それだけでは足りません。また、市町村でも職員が不足しているので、他の自治体から応援職員を派遣してもらっています。民間企業にも、お願いしています。こんなことは、初めてです。
しかし、これも限界があります。派遣元団体も、職員が余っているわけではありません。大量になると、無理があります。そこで、民間から公募して集めています。期限付きですから、採用しやすいと思ったのです。
ところが、これがそう簡単ではないのです。自治体に「退職した職員がいるでしょ。その人たちを紹介してください」と、お願いしてみました。しかし、たいがいの人は再就職しておられます。想像してみてください、工事現場に必要な知識と経験を持った若くて元気な人が、労働市場にたくさんいますか。たくさんは、いません。勤めながらより条件の良い職を探している人はいるのでしょう。しかし、例えば3年間、市町村役場で働いても、次の就職先が保証されていません。そして、申し訳ないですが、そんなに高い給料は払えません。このような条件の下で、未経験者を募集するのならば、応募はあります。しかし、それなりの経験と技能を持った人を、期限付きで探すことは、難しいのです。
それでも、復興庁では、幸いなことに、経験と意欲を持った人たちがいて、かなりの職員を集めることができました。皆さんに、活躍してもらっています。ありがとうございます。
結論。アメリカ型は、仕事のポスト(席)が先にあって、それに応募する人を探します。日本では、職員の集団がいて、その人たちに仕事を割り当てます。アメリカ型では、経験と技能を持った人は、組織間の移動は簡単です。そして、またその次の職場も探せます。日本型では、組織内で経験と技能を身につけ、組織内で昇進していきます。どちらが良いかは別として、組織内がそうなっていると、組織外の労働市場も各労働者も、それに応じた状況になります。日本では、労働市場に、次の仕事を探している有能な人は、大規模にはいないのです。
そこで、もう一つ本を読みました。この項続く。