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社会

世界で活躍する日本人

日経新聞連載「平成30年」、6月2日は「サッカー海外移籍 ヒデが粉砕したした壁」でした。
・・・14日開幕のサッカー・ワールドカップ(W杯)ロシア大会。日本代表23人のうち、20年前のフランス大会では1人もいなかった海外クラブ所属選手が15人に増えた。平成の世になりボーダーレス化が進んだこの球技では「日本も世界の一部」。海を渡って往来する選手の波がそう告げている・・・

元気のないことが多かった平成時代、その中で飛躍的発展を遂げたのが、サッカーです。Jリーグが発足したのが、平成5年(1993年)です。その後、チーム数も増え、ビジネスとしても成功しました。そして、この記事に書かれている、日本選手の世界での活躍です。今や海外に渡った選手は600人を超えます。
海外での活躍と言えば、プロ野球もそうです。野茂英雄、松井秀喜さん、イチロー選手をはじめ、たくさんの選手が大リーグで活躍しています。

最初に切り開いた人は、大変な苦労があったと思います。
日本国内で威張っているのではなく、世界で活躍する。それが、普通になりました。うれしいことですね。

なぜ人類だけが生き残ったか

更科功著『絶滅の人類史  なぜ「私たち」が生き延びたのか』(2018年、NHK出版新書)が読みやすく、わかりやすかったです。
・・・700万年に及ぶ人類史は、ホモ・サピエンス以外のすべての人類にとって絶滅の歴史に他ならない。彼らは決して「優れていなかった」わけではない。むしろ「弱者」たる私たちが・・・

私のホームページの「単線、系統樹、網の目2」で、ヒト属も、ホモ・サピエンス以外は死に絶えたことを書きました。しかも、ホモ・サピエンスが、強かったのではないのです。
ヒト属が、そもそも弱い類人猿で、森から追い出されたようです。もちろん、弱かったので、多くのものは肉食獣に食べられてしまったようです。道具を利用したり、頭を使ったりと進化しますが、それらはかなり後のようです。
弱いものが生き延びるために、さまざまな工夫をして、偶然うまくいった者たちが生き残ります。強くて、良い居場所を確保した猿たちは、そこで生き続けます。しかし、そこには、進化はありません。

私たちの社会でも、強いものは、その状態に安住します。弱いもので向上心のある人たちが、生き延びるため、地位を向上させるために、改革を試みます。そこには、失敗と成功があります。しかし、挑戦しない限り、地位は向上しません。親分の元で、その庇護の元に、隷属しつつ暮らすというのも、一つの生き残り戦術ですが。

ヒト属が生き延びたことは、奇跡に近いようです。そして、それは進化と同時並行で起きます。弱いものが生き延びる。パラドックスが起きたのです。
神様がお導きくださったのでもなく、知恵があったから繁栄したのでもありません。環境と他者との競争と偶然の結果です。

ところで、人類の脳は大きいといわれますが、ネアンデルタール人は、サピエンスより大きな脳を持っていたのです。それを何に使っていたか、よくわかりません。とてつもなく記憶が良かったとか? 無駄な器官を持つことは生存に不利ですから、何か役に立っていたのでしょう。

器官や機能は、使わなくなる、必要がなくなれば、退化します。将来AIが発達して、脳の代わりを務めるようになると、人類の脳は小さくなるのでしょうか。
その前に、乗り物をよく利用して歩かない人たちと、運動選手たちとで、筋肉の付き方が違ってくるでしょう。それが続くと、人類は2分化するように思えます。

NPOと企業の協働

東京財団のサイトに載っている、黒田かをりさんの論考「ソーシャルセクターの立場から見た企業とのエンゲージメント」が勉強になります。
NPOなどソーシャルセクターと企業との関係の、歴史的変化です。黒田さんは、この20~30年で、一方通行の関係から、双方向の関係に変化したと分析しておられます。
本文をお読みください。

私は、二者の関係が「他人型」(対決、助成、無関心)から「協働」へ変化したと理解しました。さらに、行政(政府)との関係の変化も生じています。
東日本大震災で企業やNPOとの協働を経験し、二者の活動の重要性に気づきました。従来のような、公共を担うのは行政だという考えは狭いです。そこで、このような話を、慶應大学法学部の講義「公共政策論」で、論じています。

デマを拡散する人たち

5月10日の朝日新聞オピニオン欄、「揺らぐ言論の土台」。スマイリーキクチさん(お笑いタレント)の「言葉が凶器に、自覚しよう」から。

・・・1999年に突然、ネット掲示板で、僕が女子高生コンクリート詰め殺害事件の犯人だったというデマが広がりました。
犯人と同じ東京都足立区出身で、年が近いだけ。掲示板なんて誰も信じないだろうと思っていましたが、信じた人が「人殺し死ね」などと暴力的な言葉で書き込んでいく。「過去のことは許して下さい」と僕になりすました書き込みもありました。出演番組やCMのスポンサーにまで「殺人犯を出すな」と苦情が入り、仕事が減りました。命の危険を感じ、ストレスで神経性胃炎になりました・・・

・・・男女十数人が脅迫や名誉毀損の容疑で検挙されました。北海道から大分までの17~46歳。高校生、会社経営者、有名大学の職員……。会社の情報管理をする立場の人もいました。全員面識はなく、外見は普通の人でした。ネットに接しただけで、こんなに豹変するのかと怖くなりました。
大半が「正義感からやった」と供述していると警察官から聞きました。しかし、匿名で無関係の人をののしることは正義でしょうか。正義と暴力は紙一重なのに。捜査が進むと、「ネットにだまされた」「離婚してつらかった」など、自分を正当化し始めたそうです。「みんなやっている」とも。言葉が犯罪になるという意識がない。問題の根幹はここにあります・・・

ケインズ予測の的中と外れ2

ケインズ予測の的中と外れ」(5月12日)の続きです。詳しくは原文をお読みいただくとして。私は、ここから次のようなことを考えました。なぜ、ケインズは誤ったか。

1つは、人間の欲望には限りが無いことです。ここには、2つの無限があります。
その1つは、各人の欲望に限りが無いことです。お金はいくらあっても、まだほしい。もっとも、これには限界効用逓減の法則が働き、有り余るほどお金を持つと、うれしさもしぼんでくるでしょう。
ところが、人の欲望をさらにかき立てるものがあります。それは、新しい欲望の対象が生まれることです。科学技術の進歩によって、新しいモノやサービスが生まれます。新しい車、新しいスマホです。また、機能はさほど変わらないとしても、他人が持っているものより「よりよいもの」が生み出されます。こうして、欲望を刺激し、新しいものがほしくなります。

2つめは、人は他人との差を求めることです。
平等は社会の目標です。しかし、完全な平等はあり得ません。共産主義は失敗に終わりました。一定の制約をつけつつ、各人の自由に委ねないと、満足は得られないことが実証されました。すると、持って生まれた能力の差、努力の差、そして運によって、結果に差がつきます。
いえ、差をつけようと、各人は努力するのです。努力しても結果が同じなら、人は努力しません。学級の中、会社の中でも、差がつくのです。人には、他人より抜きんでたいという願望があるのです。
ケインズは、この2つのことを忘れていたのです。