25日の読売新聞が、国家意識に関する世論調査を載せていました。それによると、日本国民であることを誇りに思う人は、93%に上ります。思わない人は、6%です。もう一度日本人に生まれ変わりたい人が85%で、そう思わない人が10%です。
日本をどのような国だと感じているかについては、平和国家が60%、経済大国36%、文化国家27%、民主的な国25%です。閉鎖的な国と考えている人も、10%います。このうち、経済大国というイメージは、1986年の調査では61%で第1位だったのですが、大きく減りました。
国の役に立ちたいと考える人が、73%です。これまでの調査に比べ、増えています。
政府の規制を少なくして、民間が自由競争できるようにすべきが59%、そう思わないが31%。国民の経済的格差の解消に、政府は積極的に取り組むべきが84%、そう思わないが12%。小さな政府を望む人が38%、大きな政府が33%です。ただし小さな政府派は、2000年の47%から減っています。社会保障のために税負担が増えても良いという人が45%、反対が47%です。
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社会と政治
個人番号
21日の産経新聞正論は、加藤秀俊先生の「国民ひとり「一生一番号」に。国の情報管理の稚拙さがはがゆい」でした。
アメリカの社会保険番号が、自動車免許番号や医療保険証番号、銀行口座などの本人確認に利用されていることを紹介した後、次のように書いておられます。
・・だが、こんなふうにひとつの番号で個人を識別するというきわめて明快な制度にたいして、日本の世論はけっして好意的ではない。いや否定的である。これまでなんべんも、政府はこうした方法の導入を提案してきたが、国家が個人に番号をつけるのは「国民総背番号制」だといってみんなが反対する。なによりもマスコミが反対する。「個人情報」や「プライバシー」を国家が管理するのは怪しからぬというわけ。
その結果、われら日本人はそれぞれに年金、健康保険、運転免許証などいくつもの番号をバラバラに持たなければならなくなっている。まことにめんどうである。
さらに数字のケタ数もわけがわからない。アメリカの9ケタは理論上、10億人まで管理することができる。さしあたりアメリカ人や在留者すべてに番号をつけるのには9ケタあればじゅうぶんだ。それなのにわたしの日本の国民年金番号は10ケタである。これは100億人までを想定している。もっと滑稽なのは免許証の12ケタである。これだと1兆人まで管理できるが、どうしてそんなケタ数が必要なのであろうか。こういう珍妙な番号をたくさん持っていてまちがわないほうがオカシイ・・
交通事故減少
3日の新聞が、2007年の交通事故死者数が、5,700人余りにまで減ったと伝えています。つい最近まで、1万人を超していました。毎年100万人の人が事故に遭い、1万人の人が死んでいました。国民の100人に1人が事故に遭い、そのうち100人に1人が死ぬと、説明していました。
死者が最も多かったのは、1970年の1万6千人余りです。それに比べると、約3分の1にまで減らすことに成功したのです。飲酒運転の減少が、主な理由のようです。取り締まりの強化と、運転者や関係者の意識改革に成功したということでしょう。
このような社会問題も、変えようとすれば、変えることができるのです。もちろん、5千人という数字は、まだ大きなものです。もちろん、本人と関係者にとっては、一人であっても、大きなものです。