カテゴリーアーカイブ:社会と政治

イギリス社会はどう変わったか。英国病の前と後

2013年6月23日   岡本全勝

清水知子著『文化と暴力―揺曳するユニオンジャック』(2013年、月曜社)が、興味深いです。
サッチャー政権以後のイギリス社会を対象に、「働かない労働者を、どのようにして変えたのか」「社会の亀裂はどう広がり、サッチャリズムはどう利用されたか」「衰退した帝国はどのように反転を試みているか」などを分析しています。政治経済ではなく、社会文化の観点からです。
サッチャー首相にとって、新自由主義はあくまで手段であって、目的は「国民の信条を変えること」「国民の精神的な構造を変革すること」だったと、清水さんは喝破します。第2次大戦戦後のイギリス政治を特徴づけてきた「合意の政治」「福祉国家」こそが労働意欲をそぎ、サッチャー首相が登場する頃には、国民全体が福祉に依存する怠惰な文化を生み出し、英国病をもたらしたという主張が受け入れられていました。しかし、首相が主張し、各種の制度を改革しただけでは、国民の意識を変えることは難しいでしょう。それを支持した国民がいたから、劇的な変化が起きたのです。
国民の中にあった「亀裂」が、それを支えました。「内なる敵」、それは移民であったり、炭鉱労働組合であったり、アイルランド独立運動です。「私たち英国民を危機に陥らせる、人種的他者であり怠惰な市民」が敵になるのです。
一方で、伝統や集団から「独立する」ため、「自由」が尊重されます。しかし、それはサッチャー首相の言葉「社会というものはありません。あるのは個人としての男と女と家族だけです」が表しているように、中間集団というセイフティネットのない、孤立した個人と家族を生み出します。
政治や経済を論じる際に、それを支えた、あるいは反発した国民や市民の意識は重要です。しかし、分析するのは、難しいです。とらえにくく、移り気で、定量的分析にはなじみにくいです。
太平洋戦争を支持した国民意識、戦後復興と経済成長を支えた国民意識、失われた20年を受け入れた国民意識。そして、広く国民一般ではなく、指導者層、中間層、庶民、あるいは都市労働者と農民、若者と、立場の違いがあります。

生活不活発病

2013年6月16日   岡本全勝

6月14日の毎日新聞「ひと」欄に、大川弥生先生が紹介されていました。「生活不活発病」の名付け親です。元は「廃用症候群」という名称だったそうです。確かにこれでは、診断された人は「廃人になるのですか」と思うでしょう。それに比べて、はるかにわかりやすい名称です。そして、対策もわかります。
被災地では仮設住宅に引きこもりになりがちで、またそれまでにはあった農作業や近所付き合いがなくなって、身体を動かすことが少なくなります。すると、歩けなくなったり、痴呆が進むという報告を聞いたことがあります。
かつてこのページで、「介護」という言葉がおむつカバーの会社が発案した名前だということを紹介しました(2007年5月30日)。介助の「介」と、看護の「護」をつなぎ合わせたのだそうです。1980年に考えられた、まだ新しい言葉です。1983年には広辞苑に載ったとのことです。これもよい命名ですね。

日本型雇用慣行は女性に不利

2013年6月16日   岡本全勝

6月12日の日経新聞経済教室「成長戦略を問う―女性活用」、川口章同志社大学教授の「日本的雇用慣行に修正を」から。
・・日本の企業、なかでも大企業で女性が活躍しにくいのは、いわゆる日本的雇用慣行と無関係ではない。日本の大企業は、終身雇用制、年功賃金制、企業内人材育成、内部昇進制、企業別労働組合などの独特の雇用慣行を持っている。実は、これらの雇用慣行が強い企業ほど、女性の活躍が難しいのである・・
あわせて、男性正規労働者の勤続年数の長さと、管理職に占める女性の割合の相関が図示されています。
その理由はまだ仮説の域を出ませんが、次のようなことが挙げられています。
1 そのような企業は、長期間離職せずに働く人材を求めている。結婚や出産で退職する女性が不利。残業、出張、転勤などを求められても、女性が不利です。
2 新卒採用が基本で中途採用がない。子育てなどで一度離職した女性が、復帰しにくいのです。
詳しくは、原文をお読みください。

受信料の支払い率

2013年5月28日   岡本全勝

ニュースでも取り上げられていますが、NHK受信料の都道府県別支払い率推計が公表されました。今年で、2回目だそうです。
秋田県96%、島根県92%、新潟県91%に対し、沖縄県44%、大阪府58%、東京都62%です。全国平均が74%で、37県は平均を上回っています。

量子論、科学の進展と社会の見方

2013年5月20日   岡本全勝

マンジット・クマール著『量子革命―アインシュタインとボーア、偉大なる頭脳の激突』(邦訳2013年、新潮社)を読みました。20世紀前半(主に1940年頃まで)の、量子論量子力学の発見と進歩の過程を、読み物にしたものです。各章を、それぞれの理論を発見・開発した科学者の伝記風に仕立ててあります。一人ひとりに、さまざまな苦悩があったことが描かれ、高度に抽象的な理論の基に、人間くさい物語があったことがわかります(理論の方は、難しいです。はい)。
副題にあるように、後半は、アインシュタインとボーアとの論戦が描かれます。ニュートンを書き換えたことで、アインシュタインと相対性理論は有名ですが、より大きな革命である量子論とボーアたちの名前は知られていません。
かつて、ハイゼンベルク著『部分と全体』を読んで、このHPでも紹介しました(2010年5月9日の記述。ハイゼンベルグとシュレーディンガーの位置づけも、理解できました。
1927年に開かれた研究者の会議(第5回ソルベイ会議)の記念写真が載っています。集合写真に写っている29人のうち17人がノーベル賞を受賞しています。理論物理学にとって、輝かしい時代です。
しかしその後、アインシュタインをはじめとするユダヤ人はナチスの迫害を受け、原子核の研究者たちは原子爆弾開発に巻き込まれます。
私の関心は、理論を理解するというより、社会との関わりです。科学によってわかった「世界観」は、私たちの社会の認識をどう変えるのか。科学技術は、社会をどう変えるのか。政治と行政は、科学技術とどうつきあえばよいのか。公害問題、BSE牛、パンデミック、大津波、原発事故をみても、行政や官僚にとって、大きな課題です。