カテゴリー別アーカイブ: 社会と政治

社会と政治

アメリカ白人中年の死亡率増加の原因

3月29日の日経新聞オピニオン欄、The Economist 「米の白人中年、高死亡率の理由」から。
1999年から2013年にかけて、アメリカ白人中年の死亡率が上昇しています。それまでは低下し、欧州でも年間2%のペースで減り続けています。米国白人の死亡率は、スウェーデンの2倍、自殺や薬物、アルコール中毒が原因です。

・・・両氏(ノーベル経済学賞のディートン夫妻)は、長期的により漠然とした力が働いているのではないかと推測する。根本的な要因としては、貿易の拡大と技術の進歩により、特に製造業の低技能労働者が豊かになる機会を失ったというおなじみの説が挙げられる。だが、社会的変化も見逃せないという。
つまり、生活が経済的に不安定になるにつれ、低技能の白人男性の多くは結婚より同棲を選ぶようになった。彼らは昔から地域に根づき、同じ価値観を重視する宗教ではなく、個人の考え方を尊重する教会を頼り始めた。仕事や職探しも完全にやめてしまう傾向が強まった。確かに、個人の選択を優先した結果、家族や地域社会、人生から自由になったと感じる人は多い。反面、うまくいかなかった人たちは自分を責め、無力感から自暴自棄に陥ると両氏はみている。
では、なぜ白人が最も強く影響を受けるのか。両氏は白人の望みが高く、かなわなかったときの失望がその分大きいからだと考える。黒人やヒスパニックも経済環境は白人より厳しいが、そもそも彼らは初期の期待値が白人より低かった可能性がある。あるいは、彼らは人種差別の改善に希望を感じているのかもしれない。対照的に、低技能の白人は人生に絶えず失望し、うつ病になったり薬物やアルコールに走ったりするとも考えられる・・・

数字に表せる経済的事象は、経済学が解き明かしてくれます。しかし、このような数字に表れる社会の変化でも、経済学では分析や解決ができないものがあります。社会学、政治学、行政学の出番です。これらが、政策科学として有効になるためには、これらの事象を分析し、対策を打つ必要があります。原文をお読みください。

現在の社会に「満足している」

内閣府が行った「社会意識に関する世論調査」で、現在の社会に全体として「満足している」と答えた人は66%と、この調査を始めた平成21年以降、最も高くなりました。
平成21年では、40対60で満足していない人の方が多かったのですが、年々満足している人が増えて、25年に逆転し、今年は66対33にまでなりました(図14-2)。
これ自身は良いことです。ただし、その理由が何なのかが、気になります。
一般的には、若者は社会の現状に不満を持ち、年齢が高くなると満足する(納得する、あるいはあきらめる)が増えてきます。この調査でも、年齢別を見ると、だいたいその傾向なのですが、違うところがあります。20代の男性です(表14-1のエクセルを見てください)。極端に満足しているのです。不満が30%しかありません。30代男性は44%が不満で、20代女性も35%が不満です。これが「草食系男子」現象で、現状に満足して、努力や改革を目指さないのだとすると、困ったことです。

満足している要素は、「良質な生活環境が整っている」43%,「心と身体の健康が保たれる」27%,「向上心・向学心を伸ばしやすい」18%,「人と人とが認め合い交流しやすい」17%,「働きやすい環境が整っている」16%です。満足していない点は,「経済的なゆとりと見通しが持てない」43%,「若者が社会での自立を目指しにくい」36%),「家庭が子育てしにくい」29%,「働きやすい環境が整っていない」25%,「女性が社会での活躍を志向しにくい」25%です。

国の政策に国民の考えや意見がどの程度反映されていると思うか聞いたところ,「反映されている」とする者が35%,「反映されていない」とする者が62%です。
現在の日本の状況について、よい方向に向かっていると思う分野は、「医療・福祉」31%、「科学技術」26%、「治安」22%です。一方、悪い方向に向かっている分野は、「国の財政」37%、「地域格差」が29%です。

 

水町先生の労働法入門

水町勇一郎著『労働法入門』(2011年、岩波新書)が、すばらしいです。出版されたときは、「法律の入門書、しかも労働法を新書で書いて、面白いのかなあ」と思って、読みませんでした。2月12日の日経新聞読書欄で、川本裕子・早稲田大学教授が紹介しておられたので、読みました。読んでみると、新書という読みやすさと、新書とは思えない内容の濃さです。

1 具体事例から入るので、わかりやすいです。海外旅行の予定を立てていたのに、上司から仕事のために時期を変えて欲しいと指示された場合。定年間近になって、後輩に職を譲るために自宅で休養を命じられた場合。
2 国や時代によって労働に対する考え方が違い、労働法はその社会の考えを反映していること。また、法律を変えることで、働き方を変えることができること。
3 西洋の市民革命で、領主や同業組合に縛られていた人々を解放し、自由で独立した存在としました。しかし、自由に働くことができる反面、それまであった共同体の保護を失うことになりました。そして、労働者は過酷な条件の下で、働かざるを得なくなりました。そこで、契約の自由と言う原則を変え、労働契約は法律で一定の規制をかけることにしました。そして、集団としての労働者を守ることも、導入しました。
4 ところが、20世紀の後半から、従来の労働法が前提としていた状況が変わってきました。工場で集団で働くといった標準的な労働者が減って、より自由な裁量で働くホワイトカラーや専門技術者が増え、またパートタイム労働者や派遣労働者も増えました。すると、従来の労働法では、社会の変化について行けなくなったのです。そのために、各国は1980年代以降、労働法のあり方に修正を加える改革を進めています。
私は、1970年代に大学で労働法を学びましたが、その後の社会の変化とそれに対応するための労働法の改革の動きが、とても勉強になりました。労働組合が機能不全になっているのも、この社会の変化によるのでしょう。
5 日本の労働関係の特殊性も解説されています。終身雇用、よほどのことがない限り解雇しないことを前提とした雇用システムです。メンバーシップ型労働社会であり、職に就く就職でなく、会社に入る就社です。それによって、法律や判例が諸外国と異なるのです。
6 労働法には、労働基準法のような規制の法律とともに、雇用政策の法律があること。働けなくなったときに生活を保障する失業手当です。このような消極的労働市場政策だけでなく、より積極的な労働市場政策もあります。雇用調整助成金や職業訓練助成です。
7 社会の変化に応じて、労働政策を変えていく、そして労働法制を変えていく。それが、国家や会社、社会に求められています。

法律というと、無味乾燥な世界と思われるでしょうが、こんなに面白いのです。そして、社会や国家の役割が大きいことがわかります。勉強になりました。

牛尾治朗さん、次の70年に向けて

2月27日朝日新聞「証言そのとき」は牛尾治朗さんの「脱しがらみ、民から変革」から。
・・・経済団体で様々な役職についたが、一番印象的だったのは2001年から5年半ほどつとめた経済財政諮問会議の民間議員だ。
《官邸主導が旗印の諮問会議は、公共投資10%削減、構造改革特区の導入、郵政民営化など、毎年、大方針を決めていった。ただ、選挙で選ばれていない民間人が政策づくりに直接タッチするやり方に批判も出た。》
それまでの自民党政権は大蔵省(財務省)を中心に水面下で調整し、毎年11月ころにばたばたと大臣折衝で決めるやり方を繰り返していた。与党も族議員を介し地方や農家、商店街、中小企業にカネを配る。民間は党や役所に陳情し、見返りを求める。これは政や官に依存する土壌を生みかねず、事実そうだった。
その仕組みを壊したのだから、反発や批判は当然だ。でもメンバーはみな、ひるまなかった。
諮問会議をさかのぼること約20年前、「土光臨調」で土光さんがこう言っていたのを当時よく思い出した。「(官尊民卑は)官が尊大だからそうなるのではなく、官に取り入ろうとする民の卑しい心が官尊民卑を招くのです」。卑しくなるな、との戒めである。
民間議員としての我々の主張は、物乞いや陳情とは違うんだ。公(おおやけ)は官僚だけのものではなく、まして政治だけがモノを申せるのではない。民も対等に提言し、既得権益を打破、政策決定プロセスを透明にしたから、世論の支持も受けたのだと思う・・・
原文をお読みください。

政治が支える経済の仕組み

先日「アメリカ資本主義の行き着くところ」という記事(2月7日)で、ロバート・ライシュ著『最後の資本主義』(邦訳2016年、東洋経済新報社)を紹介しました。実は、この本を読んだのは、そのような「アメリカ式強欲資本主義」を知りたかったからではありません。資本主義、自由市場を支えているのは、政治によってであることを主張しているからです。

経済学では、市場経済における政府の役割は、次の3つと教えます。資源配分機能、所得再分配機能、経済安定化機能です。しかし、これは財政の役割であっても、政府の役割のすべてではありません。例えば、所有権が保障されること、会社に法人格を与え株主には無限の責任が及ばないこと、取引でもめ事が起きたら裁判で決着をつけること、契約が履行されないときは政府の力で強制されること、証券取引所で株が売買されることなど。日常の経済活動が成り立つように、政府が法律をつくり、紛争処理や執行を行わないと、自由市場、自由主義経済は成り立たないのです。決して「自由」な経済ではありません。政府が整えた仕組み、関係者が守る制度や慣習の上で、自由に振る舞うということです。

この本では、資本主義が成り立つ要素を、詳しく分析しています。ライシュ教授によれば、次の5つです。
所有権、所有できるものは何か
独占、どの程度の市場支配力が許容されるか
契約、売買可能なのは何で、それはどんな条件か
破産、買い手が代金を支払えないときはどうなるのか
執行、これらのルールを欺くことがないようにするにはどうするか
そして、現在のアメリカの経営者たちは、このルールの抜け道を使って巨万の富を得ているというのが、教授の主張です。そして教授は、これまでは市場に対して政府の大きさが問題になっていたが、大きさではなくルールの作り方が問題だと主張します。
納得しました。まだまだ、紹介したいことはあるのですが、ご関心ある方は本をお読みください。翻訳もこなれていて、読みやすいです。

社会をよくするために、政治と行政は何をしなければならないか。それが私の研究テーマです。「政府の役割」と言って良いでしょう。その際に、市場と国家の関係は大きな課題の一つです。
行政の分類」で「国家の役割と機能の分類」を試みました(連載「行政構造改革」2008年9月号に載せました。私のホームページでは、表は読めなくなっています。うまく移植できなかったのでしょうね)。整理して、大学の授業で解説しようと考えています。