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社会と政治

『正義とは何か』

神島裕子著『正義とは何か 現代政治哲学の6つの視点』(2018年、中公新書)を読みました。
9月に出版されてすぐに読んだのですが、感想がまとまらず、放ってありました。いつか書こうと、机に載せてあったのです。そのような本がたまってしまったので、片付けることにしました。読んだことを忘れないために、書いておきます。本格的に読まれた方は、軽蔑しないでください。

マイケル・サンデルさんの授業や著作が一世を風靡したのは、10年近く前のことでしょうか。読まれた方も多いと思います。私も、なるほどと思いました。
現代の哲学を再生したのは、ジョン・ロールズです。主著である『正義論』(新訳2010年、紀伊國屋書店)は700ページを越える大著なので、読み通した人は少ないでしょう(買って読んでません。反省)。

『正義とは何か』は、読みやすい本です。現在の政治哲学を、一通り学べるようです。
ところが私にとって、やはり「正義って何か、わからないなあ」です。これが、感想文が書けなかった理由です。まあ、そんな簡単に、正義や正義論がわかるものではないのでしょう。
今後も、頭の片隅に起きながら、勉強を続けましょう。ところで、そんな主題が多いのです。「制度」「秩序」「政治」などなど。最近このホームページに「ものの見方」という分類を作って、書きためるようにしています。

ところで、本論から離れて、次のようなことを考えました。
・哲学には、社会の哲学と、個人の哲学がある(Pⅱ)。正しい社会や正義と、個人が生きる際の拠り所、正しい生き方の2つです。
・哲人が考える正しいことと、民主主義が決める正しいことがある。2つをともに「正しいこと」として並べてはいけないのでしょうが。昨今のポピュリズムを見ていると、大衆が支持する「正しいこと」は、識者が考える正しいこととは異なるようです。

・何が善き生き方か。近代自由主義国家では、それは各人の判断に委ねています。社会に迷惑になることについては、法律で禁止、規制しますが。法律で規制、誘導するほかに、道徳やマナーによる誘導もあります。しかし、法律や道徳が守られるのは、それを守るべきだという規範意識が、国民に植え付けられるからです。社会秩序の基礎には、規範意識があります。
日本社会の強靱さは、ここに基礎を持っています。宗教心とともに、そのような習慣や規範意識は、重要な社会インフラです。社会関係資本や文化資本です。
善き社会とは何か。犯罪や事故が少ないといった話でなく、このソフトなインフラは、政治や行政ではあまり取り上げられません。
戦後日本の政治と行政は、善き生き方、善き社会といった話には触らないこととしてきました。善(good)や正(right)の価値判断であり、宗教や家庭での教育です。
豊かさや経済成長が課題だった時代は、この問題は隠れていました。しかし、成熟社会になった日本において、私は再考すべきだと考えています。

それぞれの国のかたち

12月7日の朝日新聞オピニオン欄、佐伯啓思先生の「道徳観と切り離された報酬額 「常識」あっての市場競争」に次のような発言が載っています。

・・・倫理観や道徳観念は国や地域によって少しずつ異なっている。一般論としていえば、米国では、自由競争、自己責任、法の尊重(逆にいえば法に触れなければよい)、能力主義、数値主義などが大きな価値を持って受け入れられる。しかし、日本ではそうではない。協調性やある程度の平等性、相互的な信頼性などが価値になる。

だが米国流の価値をグローバル・スタンダードとみなした時、グローバル競争は、日本の価値観や道徳観とは必ずしも合致しなくなる。しかしそれでよいではないか。もともとグローバル・スタンダードなどという確かなものはないのだ。あるのは、それぞれの国の社会に堆積(たいせき)された価値観、つまり「常識」であり、そこには明示はされないものの、緩やかな道徳観念がある。企業も市場経済も、この「われわれの常識」に基づいているはずなのである・・・

そうですね。アメリカは、先住民を追い出して、新しく町をつくりました。その際に、自己責任、自由競争、契約などが、共通認識になりました。自治体も、企業をつくる時と同様に、住民たちが規則を定めてつくったのです。連邦政府もそうです。大統領と訳しますが、原語はPresidentで、社長や会長と同じです。参考「契約社会と帰属社会2」

私は、このような各国の社会を支える国民の共通認識を「この国のかたち」と呼んでいます。この言葉は、司馬遼太郎さんの言葉ですが、なかなかに奥深い言葉です。憲法にも法律にも書かれていないのですが、それぞれの国(国民の多く)が持っている共通観念です。国柄とも呼んで良いでしょう。
かつては、文化人類学などで、各国の社会の特色が比較されました。「タテ社会の人間関係」もその代表です。特に西欧と比べた際の日本の特殊性が取り上げられました。日本文化論です。ムラ社会論や日本軍の特殊性もその列にいます。

道徳のほかに、宗教や習俗なども、この国のかたちを支えています。公共政策を考える際に、これは大きな要素だと考えています。社会的共通資本、関係資本であり、文化資本です。
この国のかたちも、時代とともに変わります。そして、自然体に放置するのではなく、良い方向に持って行くことも、私たちの責任です。
国と同様に、会社には社風があり、地域や家庭にもそれぞれに気質があります。

グローバル化とグローバリズムの違い

12月7日の日経新聞オピニオン欄に、クラウス・シュワブ世界経済フォーラム会長の「グローバル化、関与と想像力を」が載っていました。

「第2次世界大戦後、国際社会は一丸となって共通の将来の構築を目指した。現在、再び同様のことが必要になっている。
2008年の金融危機後の景気回復はもたつき、まだら模様だった。社会のかなりの人々が政治や政治家に対してだけでなく、グローバル化と経済システム全体に不満を抱き、怒りを募らせる。不安といら立ちが広がる時代には、ポピュリズム(大衆迎合主義)が人々を引きつける」
として、その次の段落で次のような趣旨を述べておられます。

すなわち、グローバル化とグローバリズムは、異なる概念である。
グローバル化は、技術や思考、人々、製品の移動が進む「現象」であること。
他方、グローバリズムは、国益よりも、ネオリベラリズム(新自由主義)的な世界秩序を優先する「イデオロギー」であること。

原文をお読みください。

単身高齢者世帯、全体の1割

11月26日の日経新聞1面は、「単身高齢者、三大都市圏で1割超え」でした。

・・・一人暮らしの高齢者が大都市で急増している。日本経済新聞が国勢調査を分析したところ、三大都市圏(1都2府5県)は2000年以降の15年間で2.1倍の289万人に達し、15年に初めて世帯全体の1割を突破した。単身高齢者は介護や生活保護が必要な状態に陥りやすい。社会保障の財政運営が厳しくなる懸念が強まり、在宅を軸に自立した生活を支える「地域包括ケアシステム」の構築が急務となる・・・

詳しくは本文を読んでいただくとして。単身高齢者世帯が、急速に増えています。全国で1割ですが、過疎地域とともに都市部での増加が大きな問題になっています。
元気なうちは良いのですが、いずれ体力や知力が衰えます。家族と同居していると、世話をしてもらえるとともに、何かあったときは助けを呼んでもらえます。一人住まいでは、それができないのです。
これからの地域行政の大きな課題です。

チャイナスタンダード

11月13日の朝日新聞オピニオン欄、ケビン・ラッド、元豪首相のインタビュー「チャイナスタンダード」から。

・・・中国は世界をどうしようとしているのですか。
「習氏が表明している中華民族の偉大な復興という『中国の夢』(チャイニーズドリーム)の実現でしょう。建国100周年の2049年までに世界トップクラスの国際的影響力を持つ大国の地位を取り戻すことです。中国は最近、トランプ大統領下の米国が世界から手を引いて影響力を弱めていることをチャンスととらえています。米国が抜けた空白を突き、中国的な国際秩序を広めようとしているのです」

――でも米国を敵に回してまで、中国が自分たちの秩序づくりにこだわるのか理解できません。
「中国は改革・開放政策を進める際に、国際社会から人権問題や市場開放のほか、欧米が主導した国際システムに従うように求められました。こうした圧力をはね返すために、逆に中国式の規範を国際社会に広めようとしているわけです」
「中国共産党の組織の原理は、将来にわたって生き残ること。そのためには、イデオロギーと政治的な影響力を維持していかなければなりません。だからこそ、欧米的な民主主義や資本主義を打ち破って、中国式の国家資本主義が勝利を収める必要があるのです」・・・

・・・『関与政策』が行き詰まった今、中国とどのように向き合えば良いのでしょうか。
「ひとつ忘れてはいけないのが、中国のこれまでの貢献です。この15年間、世界の経済成長の最大のエンジンが中国でした。中国の成長がなければ、世界経済はもっと衰退していたでしょう。自由で開かれた国際秩序を放棄せず、強大化した中国を受け入れて新たな枠組みを築けるかが課題です」

――かなり難題に思えますが、どうすればいいのでしょうか。
「我々が自身の制度を『手術』しなければなりません。自由主義にとって最も重要なことは平等です。すべての人の才能を生かせる機会の平等を実現することです。資本主義についても、米国はマネーゲームのような『カジノ資本主義』で世界の金融システムを管理した結果、リーマン・ショックという08年の金融危機をもたらしました。社会的かつ経済的に責任がある、健全な資本主義体制を再構築する必要があります」・・・