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社会と政治

チャイナスタンダード

11月13日の朝日新聞オピニオン欄、ケビン・ラッド、元豪首相のインタビュー「チャイナスタンダード」から。

・・・中国は世界をどうしようとしているのですか。
「習氏が表明している中華民族の偉大な復興という『中国の夢』(チャイニーズドリーム)の実現でしょう。建国100周年の2049年までに世界トップクラスの国際的影響力を持つ大国の地位を取り戻すことです。中国は最近、トランプ大統領下の米国が世界から手を引いて影響力を弱めていることをチャンスととらえています。米国が抜けた空白を突き、中国的な国際秩序を広めようとしているのです」

――でも米国を敵に回してまで、中国が自分たちの秩序づくりにこだわるのか理解できません。
「中国は改革・開放政策を進める際に、国際社会から人権問題や市場開放のほか、欧米が主導した国際システムに従うように求められました。こうした圧力をはね返すために、逆に中国式の規範を国際社会に広めようとしているわけです」
「中国共産党の組織の原理は、将来にわたって生き残ること。そのためには、イデオロギーと政治的な影響力を維持していかなければなりません。だからこそ、欧米的な民主主義や資本主義を打ち破って、中国式の国家資本主義が勝利を収める必要があるのです」・・・

・・・『関与政策』が行き詰まった今、中国とどのように向き合えば良いのでしょうか。
「ひとつ忘れてはいけないのが、中国のこれまでの貢献です。この15年間、世界の経済成長の最大のエンジンが中国でした。中国の成長がなければ、世界経済はもっと衰退していたでしょう。自由で開かれた国際秩序を放棄せず、強大化した中国を受け入れて新たな枠組みを築けるかが課題です」

――かなり難題に思えますが、どうすればいいのでしょうか。
「我々が自身の制度を『手術』しなければなりません。自由主義にとって最も重要なことは平等です。すべての人の才能を生かせる機会の平等を実現することです。資本主義についても、米国はマネーゲームのような『カジノ資本主義』で世界の金融システムを管理した結果、リーマン・ショックという08年の金融危機をもたらしました。社会的かつ経済的に責任がある、健全な資本主義体制を再構築する必要があります」・・・

時代を体現する指導者

10月25日の日経新聞オピニオン欄、ギデオン・ラックマン、フォーリンア・フェアーズ・コメンテイターの「歴史に名残す? トランプ氏」から。
歴史に名を残す人物は、時代を動かした英雄の他に、時代を体現した人物もあるとの主張です。そして、トランプ大統領は後者に当たる可能性があるのです。

・・・ヘーゲルが生きていた時代の典型的な世界史的人物はナポレオンだ。ヘーゲルはナポレオンのことを「馬に乗った世界精神」と表現した。ヘーゲルの世界精神について筆者がこれまで読んだ定義の中で最もよかったのは、奇妙なことにフランスのマクロン大統領による説明だ。マクロン氏は独シュピーゲル誌によるインタビューでこう語っている。「ヘーゲルは『偉人』をその人物よりもずっと偉大な何かを実現する道具にすぎないとみていた……彼は、ある人物がしばらくの間、時代精神(世界精神)を体現することはできるものの、当人がその時必ずしもそれを明確に自覚しているわけではない、と考えていた」と。
トランプ氏がヘーゲルについて一家言あるとは思えない。だが、同氏は本能的に、ヘーゲルがまさに指摘したような自分でさえよく理解していないその時代の流れや力を体現し、それらを自分に有利に使える直観的な政治家なのかもしれない。対照的にマクロン氏は今のところ、教養はあるが、滅びつつある今の秩序を体現する存在のように見える。

では、もし将来の歴史家たちがトランプ氏を歴史的人物だと認めるとしたら、どういう意味で評価するだろうか。
まず、米国の外交方針について、エリート層の間で合意されてきた過去のやり方とは完全に決別した点が挙げられるだろう。歴代の米大統領は、米国の力が弱体化しつつあることを否定するか、ひそかに対処しようとするかのどちらかだった。だがトランプ氏は米国の凋落(ちょうらく)を認め、その流れを逆転させようとしている。手遅れにならないうちに世界秩序のルールを米国有利に書き換えようと努力する中で、米国の力を容赦なくあからさまに振るった、と、未来の歴史家は書くだろう、そして以下のように続ける。
特に、歴代大統領がみな信奉してきたグローバル化は実はひどい考え方で、それが米国の力を相対的に低下させ、国民の生活水準を押し下げてきたと同氏は断じた。30年以上にわたる実質賃金の伸び悩みや目減りを経験してきた米国民は、同氏のメッセージを受け入れた・・・

・・・一方、内政面では、未来の歴史家は、トランプ氏が米国のエリート層の見解と一般大衆の意見の間に、大きな隔たりがあることに最初に目を向けた大統領だったと記すかもしれない。移民や貿易、アイデンティティー政治(編集注、民族、宗教、社会階級など構成員のアイデンティティーに基づく社会集団の利益のために政治活動すること)などの幅広い問題を巡る考え方の違いに、だ。
同氏はこの分断を、最初は大統領候補として、その後は大統領として徹底的かつ効果的に活用した。トランプ氏は、従来の常識では政治家としては致命的といえるような言動をとってきたが、彼の本能の方が専門家の分析より優れていた。高齢(72歳)にもかかわらずニューメディアを「理解」し、ほかの政治家には及びもつかないほど見事に使いこなした――。こう記されるかもしれない・・・・

原文をお読みください。

吉見俊哉著『トランプのアメリカに住む』2

吉見俊哉著『トランプのアメリカに住む』の続きです。もう一つの主題は、ハーバード大学と東大との比較です。詳しくは読んでいただくとして。同じ大学の授業といっても、これほど内容に差があるのかと、驚きます。
慶應大学の授業では、「古くなりましたが。皆さん方の先輩の留学記です」と言って、阿川 尚之著『アメリカン・ロイヤーの誕生―ジョージタウン・ロー・スクール留学記 』(1986年、中公新書)を読むことを勧めています。

日本の文化系の大学の授業は、「甘い」ですわね。それを許しているのは、そしてそれを支えているのは、学生の意識と大学の都合、そしてなにより日本社会の意識です。
・学生に学問を求めない会社。学生の頭は白地で良い、会社に入ってから教えるから。根性があればよい、それで会社では通じるから。
・楽をして卒業できるのなら、それが良いと考える学生。
既に指摘されているように、採用する会社は、学生がどれだけ学問を修めてきたかでなく、大学の偏差値で学生を評価します。大学での学問より、大学入試で判定しているのです。

日本において文化系の大学は、レジャーランドであり、学生にとってはモラトリアムの時期です。で、就職面接の際には、「学生時代力を入れたこと(ガクチカ)」が聞かれます。本来なら、「大学ではどの分野を研究し、どのような内容を修めましたか」を質問するべきでしょう。
もったいないですね、高い授業料を払いって。人生で一番元気な時期に、生産性の低いことをしているのは。もちろん、様々なことに挑戦するのは、良いことですが。勉強しないなら、大学に行かずに他の場所で、やりたいことをできないのでしょうか。そのような場所を提供することを考えたら、社会に貢献する良い商売になるのですが。

私は、慶應大学法学部という優秀な学生を相手にしているので、他の大学の教授よりは、講義は高度なものができています。ただし、「岡本の地方自治論」を履修したと言えるように、学生の「品質保証」は必要です。よって、試験は厳しいです。
一度も授業に出席せず試験だけを受けるという、「あんた講義を何と考えているの」と聞きたい学生もたくさんいます(評価基準に合致しておれば及第点を与えていますが)。もったいないですよね、岡本講師の講義を聴かないなんて。
予習しなくても出席すれば、ある程度のことはわかるような授業をしていますが、これも甘いですね。

しかし、日本の大学での授業の世間相場がこうなっている以上、ハーバード大学流の講義をするのは、難しいです。
吉見先生が提案しておられるように、日本の大学の「軽い科目をたくさん履修する」から、ハーバード大学のように「重い科目を少数履修させる」に変えることは、現実的な改革論だと思います。
この項続く。

吉見俊哉著『トランプのアメリカに住む』

吉見俊哉著『トランプのアメリカに住む』(2018年、岩波新書)が勉強になりました。吉見・東大教授が、1年間、ハーバード大学に滞在し講義をした際に、考えたことをまとめたものです。
大きく2つのことが、書かれています。一つは、ボストンで見た、アメリカ社会です。表題にあるように、トランプ大統領を生んだ社会背景、そしてトランプ現象はどのように社会を変えているかです。もう一つは、ハーバード大学と東大との違い、アメリカの一流大学と日本の一流大学との違いです。それぞれに、深い学識に裏打ちされた、鋭い分析です。

かつて、日本にとって、あこがれでありお手本であったアメリカ。豊かさ、自由、平等、民主主義、それを支える市民と社会。しかし、それがいまや、うまく行かなくなっています。
経済産業構造の変化により、一部の大金持ちと多くの貧困層とに分化します。産業空洞化は、工場労働者を失業に追いやります。そして、一生懸命働けば豊かになる、戸建ての家が買えるというアメリカンドリームが、消えてしまいました。建国以来、頑張れば両親より豊かになれたのが、そうならなくなったのです。大量の移民の流入と合わせて、希望の持てない階層が増えたのです。
貧困と格差は、民主主義や安定した社会を内部から、基礎から崩してしまったのです。治安の悪化、薬物依存・・・。自由と民主主義のお手本であったアメリカを支えていたのは、その精神とともに、豊かさだったのです。そして、いままで隠されてきた問題や亀裂が、表に出て来たのです。
アメリカンドリームは、アメリカの問題に変わってしまいました。

産業構造の変化は、日本にも押し寄せています。昭和の終わりごろから、農業が衰退し、加工組み立て工場はアジアに移転しました。移民はまだ少ないですが、コンビニや居酒屋などでは、外国人労働者が増えています。バブル崩壊後は、一生懸命働いても、豊かになれないことが現実になりました。
アメリカの姿が、日本の未来予想図になるのか。そうしないためには、どうすれば良いのか。
産業構造の変化とともに、一人暮らしと高齢者が増える家族の変化、孤立や孤独といった社会でのつながりの希薄化、子供の貧困に見られる格差など、これまでの日本社会の安定を支えてきた条件が変化しています。
大災害のように一挙に起きる大変化でなく、毎日少しずつ変化する緩慢な変化です。気がついた時には、大変化が起きているのです。
事前に対応する。例えば、高齢者の増加を見通して、介護保険を2000年から実施しました。これがなかったら、高齢者は困難な生活を強いられたでしょう。
先に挙げた社会の基礎条件の変化に対し、社会の安定を守るために、意識と制度をどのように作っていくか。政治家と官僚の構想力が試されています。
大学の違いについては、別途書きましょう

忌まわしい過去を忘却する戦後ヨーロッパ

敗戦の認識」で紹介した、橋本明子著『日本の長い戦後』に触発されて、飯田 芳弘 著『忘却する戦後ヨーロッパ  内戦と独裁の過去を前に 』( 2018年、東京大学出版会)を読みました。私が知らなかったこと、考えていなかったことが多く、勉強になりました。

ナチズム、戦後南欧諸国の独裁、共産党支配。これらは、20世紀にヨーロッパで続いた、暴力的独裁です。ナチスや共産党支配については、そのとんでもないひどさが、よく伝えられています。
では、それらの支配が倒されたあと、国民と新政府は、それら過去をどのように扱ったか。すべてを否定することができれば、簡単です。しかし、支配者側にあった人やそれに加担した人たちが、たくさんいます。どこまで、彼らを裁くのか。また、その時代にされた行政や判断を、どこまで否定し、どれを引き継ぐのか。そう簡単ではありません。公務員を全員入れ替えることは、不可能でしょう。

過去を否定し、断絶することを進めると、社会の混乱は大きく、国民の間に亀裂が入ります。行政も産業も、ゼロからのスタートは非現実的です。
また、ヒットラーやスターリンに押しつけられたとはいえ、祖国と祖先たちが行ったことをすべて否定することは、ナショナリズムにとっては屈辱です。
そこで取られたのが、ある程度で妥協し、それ以上は過去にこだわらないことです。裁判の打ち切りであったり、恩赦です。著者は、過去の忌まわしい記憶を忘れるための「忘却の政治」と表現します。

各国によって、事情は異なります。ドイツと日本では、連合国による軍事裁判が行われましたが、イタリアでは行われていません。そして、自国が過去の自国民を裁いた国と、しなかった国があります。
この本は、ヨーロッパを対象としていますが、日本の戦後政治を考えざるを得ません。ぜひ、日本やアジアの国を対象とした本が、書かれることを望みます。

買ってあったのですが、積ん読でした。フランスに行く飛行機(片道10時間以上)で、集中して読めると思い、持ち込みました。読みやすくて、読み終えました。『日本の長い戦後』とあわせてこの2冊は、この夏、もっとも収穫があった読書でした。
エリック・ホブズボーム著『20世紀の歴史』(2018年、ちくま学芸文庫)は下巻の途中まで読んで、道草中。トニー・ジャット著『ヨーロッパ戦後史 1945-1971 』も、買ってはあるのですが。