「政治の役割」カテゴリーアーカイブ

行政-政治の役割

後世への負担。大震災復興と新型コロナ対策

朝日新聞のウエッブ「論座」に森信茂樹・東京財団政策研究所研究主幹の「コロナ財政の負担を後の世代に残さないために──東北大震災に学び、今こそ「特別会計」の議論を」が載っています(2月27日掲載)。

・・・東北大震災から10年が経過した。この間「震災からの復興なくして日本の再生なし」という基本方針の下で、30兆円を超える事業が行われてきた・・・
・・・さて、東北大震災については、わが国の財政運営という観点から、大いに学ぶべき教訓がある。それは、復興に必要な費用と収入を別管理し、その負担を後世世代に持ち越さないスキームを作ったということである。
図は、「東日本大震災復興特別会計」のスキームを説明した復興庁の資料である。やや複雑だが、歳入面は所得税・住民税の付加税と復興債(国債)発行収入で、それを復興経費に充てる。歳出は全て時限措置とする。一方、所得税について25年間にわたり2.1%の付加税を課し、住民税は10年間1000円の上乗せを行う。当初は法人税についても復興特別法人税という付加税が課せられていたが、前倒しで廃止された。
復興債償還のために、国債整理基金特別会計を活用し、税収だけでなく、国有財産である日本郵政やJTの株式売却益も活用して償還し、後世代への負担の先送りを避けるスキームを作ったのである。
このスキームは、現在新型コロナウイルス流行という非常時対策に多額の出費が続き、底が抜けたわが国財政の今後の対応に大きな示唆を与える。いつ収束するともわからないコロナ禍だが、ワクチン接種が日程に上り始め、米国で金利上昇が始まりつつある今日、「コロナ対策費用の処理」について考える時期に来たといえよう・・・

大震災復興で、10年で大規模工事が終わり、またこれまでにない事業や政策を打ち出せたのも、財源を用意してもらったからです。負担してくださっている国民、それを決断した内閣・国会に感謝します。
と書いたら、イギリスはコロナ対策費用のために、法人税を増税するとのことです。
・・・英国の財務省は3日に公表した2021年度予算案の中で、23年に法人税率を現在の19%から25%に引き上げると発表した。新型コロナ禍でふくらんだ国の借金返済などに充当するためだという。法人増税は1974年以来、半世紀ぶりとなる・・・「英、半世紀ぶり法人増税 23年に19%→25%案 コロナ対策の借金返済に

ムラ型政治の限界

2月11日の日経新聞、芹川洋一さんの「森氏発言、ムラ型政治は通用しない」から。

・・・鎮火するどころか火は燃えさかるばかりだ。東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長による女性蔑視と受けとれる発言をめぐる国内外からの反応である。ただ火が消せない背景にはけっこう根深いものがある。そこには日本政治の姿が凝縮されているからだ。
発言を撤回し謝罪することでとりあえず乗り切れると森氏と周辺は踏んだに違いない。たしかにひと昔だったら、そうなっていたかもしれない・・・

・・・底流にはもっと本質的な問題が横たわっている。ムラ社会を合意形成のモデルとする自民党の基本原理そのものにかかわってくるからだ。
その主なものは、当選回数が多い議員が一目二目おかれる長老支配、GNPとやゆされる義理と人情とプレゼント、そして全員一致原則である。
全員一致にするためには裏でさまざまな技はつかうが、落ちつけば表では「わきまえて」とやかくいわないのがムラの掟だ。だから党大会はシャンシャン大会になる。
古くは派閥のことを「ムラ」とよんだ。5つや6つの小さなムラが集まったのが自民党という大きなムラだった。森氏は今なお自民党のムラ長(おさ)だ。ムラビトからはおのずと「村長さんは失言したが、謝ったのだから大目に見よう」という話になる。それは仲間内の論理だ。
日本が外に向かって閉じていた時代、封建制をひきずる古いジャパニーズ・スタンダードの世ならば通用したのかもしれない。
しかし世の中はすでに2回転ぐらいしている・・・

SNSが言論空間の新たな統治者に

2月8日の日経新聞経済教室、山本龍彦・ 慶応義塾大学教授「政治とコミュニケーション 思想が競争できる環境を」から。

・・・憲法学では、長く「思想の自由市場」という考えが支持されてきた。悪質・有害な言論や思想は、それへの批判言論によって淘汰されるから、市場での競争に任せておけば自然と良い言論が生き残っていくという考えだ。そこでは、政府が市場に立ち入り、言論の善しあしの判定者になることが、民主主義にとって最大のリスクとみなされる。
自由競争への信頼を基調としたこの憲法学説は、SNS(交流サイト)などのプラットフォームが言論空間の「新たな統治者」となった時代に、どこまで妥当性を有するのか。「アラブの春」から約10年、今やSNSは、偽情報や誹謗中傷など、健全な政治的コミュニケーションを阻む諸現象の温床となり、言論空間のカオス化を導いているようにも見える。このとき、言論空間への国家の不干渉を是とする思考は、むしろ民主主義を否定する方向に作用しないか・・・

・・・近年の問題は、プラットフォームがあらゆる言論の門番となることで、こうした諸制度が生み出してきたバランスが崩れ、言論空間が単一の論理と倫理に支配される可能性があることだ。「関心経済」とも呼ばれるそれは、魅力的なコンテンツを無料で提供して利用者の関心を引き、この関心(消費時間)を広告主に売る。そこでは、いかに閲覧数を増やし、滞在時間を増やすかが勝負となる。この論理の下では、丹念な取材を基に書かれた退屈な真実よりも、座して書かれた刺激的な噂話の方がもうかり、炎上が利益を生む。
そして関心を引く偽情報は、フェイククラウド(偽群衆)も手伝って、真実よりも速く拡散する。また、閲覧履歴などから利用者の政治傾向が分析され、その者の関心を引く情報が選択的に提供されるため、エコーチェンバー現象(似た者同士がつながり、思想が極端化していくこと)により利用者が部族化して分断が加速していく。中庸の思想は関心を集めずに埋没するだけでなく、部族化した空間でしばしば「狩り」の対象となり、沈黙を余儀なくされることもある・・・

・・・表現の「国家からの自由」に拘泥し、思想の自由市場を徹底して放任主義的に捉えてきた米国でも、重要な変化が起きつつある。米コロンビア大のティム・ウー教授は、プラットフォームの台頭により関心経済が言論空間を一元支配しつつあるなかで健全な政治的コミュニケーションを取り戻すには、米国の伝統を見直し、むしろ市場に対する国家の介入義務を強調することが重要だと説く・・・

合意形成型の議論と選択肢提示型の議論

2月5日の日経新聞経済教室、野口雅弘・成蹊大学教授の「政治とコミュニケーション 合意形成偏重に落とし穴」から。「政治は合意形成と選択肢提示双方が必要。議論なき「安定」優先は政治を貧困化する」

・・・価値観や感性が異なる複数の人間が集まって、集団としての決定をしようとするとき、私たちは一つの結論に到達できるように、丁寧にかつ妥協的に話を進めようとする。合意形成型のトーク(語り)が求められるのは、こうしたときである。
中学校のクラスや大学のサークルから、職場のプロジェクトチームまで、こうした志向のコミュニケーションは私たちの日常生活の多くの場面で使われている。それぞれの見解の隔たりを埋め、互いに歩み寄る努力が、このトークでは建設的な貢献として評価される。いわゆる「コミュ力(コミュニケーション能力)」という言葉もしばしばこうした意味で用いられる。
ただし、政治的コミュニケーションはこれに尽きるわけではない。大きな方向性をめぐる、対抗的な選択肢提示型のトークも必要なのだ。原発推進か脱原発か。夫婦別姓に賛成か反対か。あるいは議会や企業の取締役会の一定割合を女性にする「クオータ制」を導入すべきかどうか。どちらかを選ぶことで、私たちの社会のありようは大きく変わる。しかし、「あれかこれか」の問題なので、かなり激しくぶつかり合うこともあるかもしれない。
きちんと論争すべきこうした大きな課題について、与党と野党がお互いの立場を明らかにし、理由を述べて討論し、次の選挙のときの選択肢を示すことは、民主政治に不可欠なトークである・・・

・・・制御しきれない論争の噴出はゴタゴタ感を生む。しかし、論争を封印することによる安定性の確保は、疑問や批判を受けてコミュニケーションを深める可能性を損なってしまうことになるだろう。民主党政権末期には前者が問題にされたのに対して、コロナ禍の今は、むしろ後者が不満を生んでいるようにみえる。
政治において合意形成型のトークが重要なのは言うまでもないが、このトークだけが支配的になると、どうしても構成員に同調圧力がかかりやすくなる・・・

アイケンベリー教授、新しい国際秩序

1月22日の朝日新聞オピニオン欄「米新政権 重い宿題」、ジョン・アイケンベリー・米プリンストン大教授の発言から。

――民主主義の混迷は米国だけの現象ではないようです。
「過去200年の間、民主国家の市民は自分たちの子供がより豊かな人生を送ることを期待できました。生産性の向上、世帯収入の増加、労働者の地位向上という果実とともに民主主義も前進しました」
「冷戦終結を祝福していた1990年代に停滞が始まります。先進民主国家は新技術導入やグローバル経済への適応で打開を図りましたが、かえって格差が拡大し、より良い生活をもたらす使命を果たせなくなったのです」

――国際秩序も曲がり角を迎えました。
「冷戦中から冷戦終結直後までの時期、いわゆるリベラルな国際秩序は先進民主主義国の社交クラブのような存在でした。『会員』になれば安全保障が約束され、貿易や投資へのアクセスも得られた。それがグローバル化の進展で誰でも出入りできるショッピングモールに変貌しました。民主主義へのコミットメントという『会費』を払わなくても、世界貿易機関(WTO)をはじめとする枠組みに中国などが仲間入りする時代になったのです」

――新政権で米国のリーダーシップは復活しますか。
「リベラルな国際秩序は米国が各国に指図する形だったのではなく、根幹は協調と相互依存です。米国の覇権的なリーダーシップではなく、同盟関係や国際機関を通じて協調を促す『内側からのリーダーシップ』なのです。バイデン政権でも日本やドイツ、韓国、豪州など同盟国の支えが欠かせないでしょう」

――国際主義への懐疑論にはどう向き合えばいいでしょう。
「自由貿易や同盟、国連に対する支持を米国人が捨ててしまったとは思いません。数々の世論調査は、国際主義への信頼が米国内に根強いことを示しています。しかし、自由貿易や国際協調を中間層が前向きに受け入れられるようにする努力は必要です。国際主義は、国境を取り払って単一システムに同化させることではありません。各国間の相互依存をうまく管理することです。外交政策と国内の再建を有機的に結びつける。米国人の日常にとって国際主義を身近なものとする。そうした工夫が欠かせません」

参考「トランプ大統領と中国と、リベラルな国際秩序