カテゴリーアーカイブ:政治の役割

政権の課題、高齢化社会の不安払拭

2022年7月27日   岡本全勝

7月22日の日経新聞経済教室、八代尚宏・昭和女子大学特命教授の「参議院選挙後の岸田政権 高齢化社会の不安払拭急げ」から。

・・・高齢化社会での人々の最大の不安は、社会保障制度が今後も維持可能かどうかにある。負担の配分を議論しないことは、社会保障費用の後世代への負担の先送りという「未来への負債」を放置するに等しい。これでは全世代型社会保障の看板と完全に矛盾している。
社会保障制度の持続性のカギとなるのは、最大の支出項目の年金財政の透明化だ。20年前に作成された長期の経済前提は、長期停滞と低金利政策の下で大きな狂いが生じている。にもかかわらず、非現実的に大きな積立金の運用益の想定のままで「100年安心年金」の看板は降ろしていない。そのうえでマクロ経済スライドにより年金受給額を少しずつ減らしている。受給者からみれば年金財政が盤石なのに、なぜ減額されるのかとの不満が生じる。

日本の年金制度が自らの老後に備える積み立て方式を堅持していれば、少子高齢化の影響は受けなかったはずだ。しかし「給付は多く負担は少なく」という政治の介入の結果、巨額の積み立て不足が生じている。これを解消しなければ子供や孫世代の負担増となるだけだ。祖父母が孫のお年玉を取り上げるような年金制度の実態を真摯に説明すれば、年金削減を受忍する高齢者も少なくないだろう。
年金の支給開始年齢引き上げは政治的にタブーとされるが、平均寿命伸長により自動的に伸びる受給期間を固定しなければ、保険財政が維持できないのは自明だ。主要先進国の受給開始年齢が67~68歳に対し、平均寿命がトップクラスの日本は65歳で放置されたままだ。個人にとって望ましい長生きが年金財政を危機に陥れるという矛盾は、年金保険の基本を国民に説明しない政治の怠慢の結果だ。
日本でも高齢者の定義を75歳以上とすれば、高齢者比率はピーク時にも25%にとどまる。元気な高齢者が税金や保険料を負担して、弱った高齢者を支える側に回ることが、活力ある高齢化社会の基本となる。

他方で国民年金の未納比率は免除者も含め5割を超す。それは将来の無年金者を増やすとともに、厚生年金などの被保険者の負担肩代わりを招く。人口の4割が年金受給者になる超高齢社会に備えて基礎年金の保険料を廃止し、高齢者も負担する年金目的消費税(3.5%)に代替するという08年の社会保障国民会議の構想を再検討すべきだ。
だが逆進的な消費税は低年金の高齢者の負担が大きい。厚生年金は、現役時の高賃金者ほど多くの年金を受給する仕組みだ。豊かな高齢者から貧しい高齢者への同一世代内の所得再分配を強化し、後世代の負担を減らす工夫も必要だろう・・・

ほかにも重要な問題点をいくつも指摘しておられます。原文をお読みください。

曽我記者、安倍総理の評価

2022年7月22日   岡本全勝

7月17日の朝日新聞「日曜に想う」は、曽我豪・編集委員の「安倍氏の「顔」が改まるとき」でした。
・・・安倍晋三氏には二つの顔があった。
動と静、硬と軟。時流を引き寄せようと急(せ)く保守の原理主義者の顔と、現実と折り合う機会主義者の顔である・・・

・・・(自民党総裁選再出馬の際に)ただ、体調不良から一度目の政権を投げ出したことを世間は忘れておらず、谷垣禎一総裁や石原伸晃幹事長に後れをとれば終わった政治家と言われよう。そう指摘すると、うなずいていたが、後で安倍氏は携帯に電話をかけてきた。
「出馬する。勝負しての負けなら負けで仕方ない。それよりも、勝負できない政治家と思われた方が終わりだ」
リベラル色の濃い新政権の誕生を阻む保守の勝負どころとみたのだろう。谷垣氏が出馬を断念し、石原氏が失速して安倍氏は総裁に返り咲いたが、運を引き寄せたのは「動と硬」の顔だった。

晩秋に入り、民主党の野田佳彦首相が突然、党首討論で安倍総裁を相手に衆院解散を宣した。その夜、政権を担う場合の政策課題の優先順位づけを尋ねた。安倍氏の顔は「静と軟」に改まった。

「改憲は三番目だ」と明言した。「デフレ脱却が二番目。一番は、東日本大震災の復興を含む危機管理だ」と続けた。
一度目の政権の失敗体験があった。教育基本法改正など保守的改革の実現を急ぎ過ぎ、「消えた年金」問題で政権が混乱した結果、参院選で惨敗した。ならば民主党政権との違いを示すためにも、危機管理と経済政策の実を挙げたうえで改憲へと向かおう。そう考えたのだろう。
事実、改憲不要論を招くのは承知のうえで、憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認と安保法制の成立を先行させた。特定秘密保護法も含め世論の賛否が割れる懸案を処理した後は、支持率と株価が堅調になるのを待ち、衆院解散の機会を計って政権を安定させた。「アベノミクスで得た政治的な資産を安保・憲法で使う」と説明するのを聞いた。

だが長期政権の弊害が覆い隠せなくなると、かたくなな顔が現れた。森友・加計疑惑など政権のゆがみが露呈しても説明責任を果たさず、コロナ危機に際しては地方や現場の異論をくみとれぬ官邸主導の弱点をさらけ出した。一番に見据えた危機管理能力が陰り、改憲の目標は果たせぬまま、体調不良により退陣した・・
詳しくは原文をお読みください。

地方創生の10年

2022年7月18日   岡本全勝

7月7日の読売新聞「参院選2022 視座を開く」開沼博・東大准教授の「地方創生 未完の10年」から。

・・・ 「地方創生」を安倍元首相が重要政策として掲げたのは2014年のこと。今回の選挙を終えれば今後3年ほど大きな国政選挙がない可能性が高く、地方創生が10年間で何を達成したのか、その締めくくりが問われる選挙とも言える。

とは言え、現実には「地方創生ってなんだったっけ、言われて久しぶりに聞いた」という感覚の人も多いだろう。確かに、いくつかの地方創生の成功事例は生まれた。東京五輪に向けてインバウンド需要を盛り上げれば、コロナ禍の中だからこそ地方移住が増えるのでは、といった期待もその時々に生まれてきた。ただ、いま振り返れば、それらは「少数のスター事例」や「一時のブーム」としてメディアで消費され、広い範囲に伝播・波及して持続可能な変化につながったようには見えない。少子高齢化、既存産業の衰退、医療・福祉の脆弱化、地域コミュニティーの崩壊といった日本全体が直面し、より深刻な危機を抱える地方の種々の問題は根治しそうにない。むしろ悪化している。
無論、何もやらないよりやったほうが良かっただろう、と見ることもできる。ただ、地方で肥大化し続ける不安・不満は、むしろこの10年で「あれだけ頑張ってもだめなのか」という絶望感と表裏一体のものとして強固に結びついてしまったようにも見える・・・

・・・「地方創生」というキーワードのもとで、過疎地域等の活性化、震災復興での地域づくりのあり方、福岡・大阪・名古屋・札幌などにおける東京とは違った日本の大都市モデルの構築など、それぞれ重要なテーマについて、この10年で様々な試みはあったはずだ。そこでできたこととできなかったことをまず検証すべきだ。残念ながら、そのような動きは見えない。「コミュニティーデザイン」などと呼ばれる、住民を巻き込んだ地域運営の方法論が洗練され、今後の人口や財政の動きを背景に私たちが思っている以上に深刻な未来がやってくるだろうという「地方消滅」論もあった。前向きな動きも見つつ、重い現実も直視すべきだ。

私は近年、3・11についての議論で「エンドステイト(最終的に皆が満足する状態)」を話し始めなければという主張をしている。目の前のことに追われ、ゴールが見えていない。改めていかなる「エンドステイト」を目指すか議論しないといつまでも復興は完了しない。日本の地方をいかにするべきか、ここにも「エンドステイト」を正面から議論する必要性を感じる・・・

強い自民が、知事選分裂を誘う

2022年7月16日   岡本全勝

7月12日の日経新聞に、斉藤徹弥・編集委員の「強い自民、知事選分裂誘う」が載っていました。今回の参議院選挙の結果を受けたものですが、それが知事選挙に与える影響です。このような分析もあるのですね。目の付け所が違います。

・・・参院選は自民党の地方基盤の強さを浮き彫りにした。ただその強さは自民党の地方組織に野党を気にすることなく権力闘争に走りやすい環境をもたらす。統一地方選が控える2023年にかけて各地で相次ぐ知事選は、自民分裂の激しい選挙が増えそうだ・・・
・・・今後しばらく国政選挙がないとみられることから、自民党内の関心は県議を中心とした地方組織の権力闘争に向く可能性が大きい。その舞台になるのが知事選だ・・・負けた県連はもちろん、勝った県連でも知事選に向けて県議の主導権争いが激しくなりやすい・・・

・・・地方政治に詳しい東北大学の河村和徳准教授によると、自民党の県議はもともと分裂傾向にある。理由の一つが県内の地域格差だ。地方では人口の県都集中が進む。都市部の県議は無党派を重視する傾向を強め、古くからの自民党支持層の多い郡部の県議と対立しがちになる。
小選挙区の定着で県議から国政への道が狭まったことも背景にある。当選回数を重ねるベテラン県議が増え、若手県議は不満を抱きやすい。県連運営の主導権を狙い、県連執行部とは別の知事候補を担ぐ例も目立つ・・・無風の国政選挙は激しい知事選のゆりかごである・・・

維新の会で見える自民党の今後の道

2022年7月13日   岡本全勝

7月12日の朝日新聞オピニオン欄に、砂原庸介・神戸大教授の「維新の立ち位置 自民の動向が左右」が載っていました。日本維新の会を分析したものですが、自民党の今後の道を示した解説と私は読みました。

・・・55年体制下の自民は、右派で、かつ公共事業を通じた生活保障を重視する政党と見なされていたと思います。しかし現在の自民の中核支持層は、政治的には右派で、経済的には将来への投資を重視する。維新の支持層もここに重なります。取り合う支持層を見る限り、維新の競争相手は立憲民主よりも自民です。

維新が自民との対立軸を作ろうとしたら、まず経済の軸でしょう。リーダー層の政治的イデオロギーは自民に近いからです。経済の軸とは、人々のニーズを細かく分けて生活保障を重視するか、ざっくりと社会的投資を重視するかという対立です。維新は、岸田文雄政権は改革が足りないと批判しますが、自民との違いを明確にするために、自民が昔の生活保障重視に戻ったという印象を与える戦略でもあるのでしょう。

しかし、自民がこの先、以前のような政党に戻るとは考えにくい。生活保障を手厚くするといっても、公共事業を以前のようにはできません。農業や自営業者の支持基盤も細っている。かつて「抵抗勢力」が守っていたような利益を維持すると言っても支持は得られません。

いま自民には、世襲でスキルが比較的高い若手議員がかなりいます。この層の政治姿勢は極めて維新に近い。右派で将来への投資を重視し、社会を変えることに関心を持っている。党内で世代交代が進んでこの層が多数派になり、「改革」を進めていけば、立ち位置が重なる維新は国政での居場所を失い、「大阪の政党」に戻るかもしれません・・・