アベノミクスの本質を問う

朝日新聞ウエッブ「論座」、原 真人・朝日新聞編集委員の「アベノミクスとは何だったのか 正体つかめぬ政策、その本質は」(8月11日)から。

・・・第2次安倍政権の7年8カ月のあいだ、政権が掲げた経済政策の目標は「3本の矢」(大胆な金融緩和、機動的な財政出動、民間投資を促す成長戦略)に始まり、「新3本の矢」(強い経済=GDP600兆円、子育て支援=出生率1・8、安心につながる社会保障=介護離職ゼロ)へと広がった。
さらに一億総活躍、女性活躍、働き方改革、観光立国……。掲げるテーマが次から次へと登場するたびに官邸には直轄の担当部門が設けられ、霞が関からスタッフが集められ、部屋に看板がかけられた。一時は注目されるが、いつしか話題にもならなくなる。政策目標があまりに軽く消費されていった。
その結果、内閣機構の肥大化が進んだ。今年7月時点で内閣官房に置かれた政策担当室は36室にのぼる。全世代型社会保障構築本部事務局、デジタル市場競争本部事務局、孤独・孤立対策担当室……。
どこかの省庁に担わせればすむようなテーマが首相直轄となっているものも少なくない。政権の「やってる感」を見せるのにこれほど楽な方法はない・・・

・・・第2次安倍政権の初期に経済界がアベノミクスを強く支持した最大の理由は「円安の進展」だ。安倍政権が発足する直前の2012年夏には1㌦=70円台後半の円高ドル安となっていた。リーマン・ショック後の立ち直りが遅れていたこともあって多くの企業が業績悪化に苦しんでいた時期だった。平均株価も8千円台にまで沈んでいた。
ところが第2次安倍政権が発足した2012年12月以降、急速に円安・株高が進展し、企業業績は好転した。財界も市場関係者たちも、口をそろえてアベノミクスを歓迎するようになった。
とはいえ、物事が起こった時期が符合していれば、必ず因果関係があるとは言えないことに注意すべきだ。このときの円安はアベノミクス(異次元緩和)の効果がまったくなかったとは言えないが、要因の多くは米欧経済の著しい回復に伴うドル高、ユーロ高だった。その裏返しとしての円安だったのだ。
安倍氏が政権の功績と誇り続けた「400万人超の雇用増」も、すべてアベノミクスの成果と単純化するのは短絡的だ。雇用統計上の好転の背景には、この間の著しい生産年齢人口の減少が大きく影響している。他にも高齢者や女性の就業率の向上、共働き世帯の増加(つまりは夫婦間のワークシェアリング)など多くの要因があった。
まちがいなくアベノミクスの成果と言っていいのは株価上昇だ。なにしろ日銀のマイナス金利政策は、企業や投資家に格安の投資資金を提供した。ETF(上場株式で構成される投資信託)の大量買い入れは「株価が下がれば日銀が買い支えてくれる」という安心感を投資家たちに過剰なまでに与えてきた。
ただし、株価が大きく上昇した割に、日本の実質賃金や1人当たりGDPは低迷し続けている。日本経済の足腰はむしろ弱まってしまった。

そうした分析もしないまま、当時の安倍首相は円安・株高、雇用環境の改善をもって「アベノミクスの成果」「アベノミクスの果実」と言い続けた。時の首相が国会答弁や記者会見のたびにそう宣伝し続ければ、多くの国民が無意識のうちにそう信じてしまうのも無理はない。
メディアも結果的にそれに加担した。安倍政権当時、新聞でもテレビの報道番組でも「アベノミクスによる円安・株高」「アベノミクスによる好景気」という言い回しが日常的に使われた。
本誌2020年12月号「アベノミクスの亡霊はスガノミクスの悪夢に続く」でも書いたが、安倍政権の7年8カ月の間に、全国紙4紙(朝日、読売、毎日、日本経済)で「アベノミクス」が記事中で使われた例は3万件近くあった。
このうち見出しになった記事も2500件以上ある。多くは批判的な記事内容ではなく、政権の「アベノミクス」キャンペーンに乗ってしまっていた。
メディアがデータをとことん検証しないまま首相の主張内容を垂れ流したことで、結果的にアベノミクスの支持押し上げに貢献した可能性が高い・・・