カテゴリーアーカイブ:政治の役割

中国の「地方分権的全体主義」

2023年2月7日   岡本全勝

1月27日の日経新聞オピニオン欄、呉軍華・日本総合研究所上席理事の「限界を迎えた中国の「地方分権的全体主義」」が、切れ味鋭かったです。

・・・米スタンフォード大学の許成鋼客員研究員は、この制度を「地方分権的全体主義」と定義する。中国共産党は50年代初期、政治と経済を含むあらゆる分野の支配権を中央に集中させる全体主義のシステムをソ連(当時)から移植した。だが、50年代半ば以降、中国は「郡県制」という伝統的な統治手法を加え、前述のシステムに改めた。
イデオロギーや個人崇拝で最高指導者の絶対的権威を確立する一方、行政と経済政策の立案・運営の権限のほとんどを、最高指導者が人事権を持つ地方の指導者に与える。この結果、最高指導者の権力をけん制する力を最も持ちうる中央官庁は無力化し、中国共産党はソ連よりも強固な一極集中の統治体制をつくり上げるに至った。
この制度で、地方の指導者は最高指導者の意向をくみ取った大胆な実験を競い、地方間で激しい競争が繰り広げられた。しかし、広大な国土と世界最大の人口を持つ国情のためか、地方と最高指導者の間での正しくタイムリーな情報伝達は難しく、権力のチェック機能はほとんど働かなかったようだ。結果的に「鶴の一声」は往々にして極端な結末を招いてしまった・・(1958年に始まった大躍進、1966~76年の文化大革命、最近のゼロコロナ)

・・・もっとも、この制度が生むのはネガティブな結果だけではない。「改革開放」以降の中国経済が、社会主義の仲間であった国々を凌駕する成長パフォーマンスを実現したのは、この制度によるところが大きいというべきであろう。経済成長を巡る地方間の激しい競争が、民間セクターの成長を可能にし、政治改革を伴わなくても中国は高い成長を実現した。
改めて強調するまでもないが、こうした競争は環境破壊や所得格差の拡大、不動産バブルといった問題ももたらした。明らかに、この制度のポジティブな効用はすでに限界を迎えたわけだ。
ゼロコロナ政策からの転換を機に、中国経済への期待が高まっている。しかし、目下の中国経済の減速の背景に、「地方分権的全体主義」に起因する構造的問題が大きく横たわっていることを忘れてはならない。筆者は、このような構造問題を抜本的に解決して初めて、中国経済に明るい未来が訪れると考える。

出遅れた難民支援

2023年1月13日   岡本全勝

読売新聞「時代の証言者」12月は、近衛忠煇・日赤名誉会長です。12月23日の「出遅れた難民支援」から。

《75年のベトナム戦争終結後、ベトナム、ラオス、カンボジアで社会主義政権が誕生した。新体制を嫌い、迫害を恐れる人々がインドシナ半島を脱出し、難民になった》
日本が難民の地位を定めた難民条約に加盟したのは81年です。75年に南シナ海で救助されたベトナム人の「ボートピープル」が初上陸した時は、想定外の事態に混乱しました。日赤の対応も出遅れました。

いち早く難民支援を始めたのが、カトリック系団体カリタス・ジャパンです。私は増え続ける難民に対応するには、こうした団体の力を借りるべきだと考え、立正佼成会や天理教、救世軍、YMCAを回り、受け入れ施設の運営に協力してほしいとお願いしました。日赤は寝具や衣服、医薬品などの物資、赤十字病院の医療を施設に提供するという体制を整えました。

《日赤も77年から施設の運営を始めた。ピークの81年には、国内11か所で計1000人以上を収容した。援護事業を終了する95年までに計5000人を超える難民を受け入れた》
日本人は「人道」を口にしつつも、難民を「流れ者」という先入観で捉え、支援に慎重でした。政府も「ベトナム難民」で手いっぱいで、130万人を超えた「インドシナ難民」全体を視野に入れた方策は描けませんでした。

ただ、難民対応が一筋縄ではいかないのも事実です。日赤が運営する受け入れ施設で、収容者同士のけんかや窃盗騒ぎがよく起こった。80年代に入ると、政治的迫害ではなく経済的な理由で、難民を偽装し、日本に入国する事例が急増しました。

マレーシアで日赤医療班の難民支援を視察したことがあります。現地政府はビドン島という絶海の孤島にボートピープルの収容所を設け、安全確保を徹底していました。自国民の利益を守りつつ、政治的な迫害から逃れた人々にいかに救いを差し伸べるのか。その手探りはいまも続いています。

民主主義が持続するためには、経済成長が必要

2023年1月10日   岡本全勝

12月24日の朝日新聞オピニオン欄、佐伯啓思先生の「民主主義がはらむ問題」から。

・・・経済成長がまだ可能であり、人々の間に社会の将来についてのある程度の共通了解がある間は、民主主義は比較的安定的に機能した。そこには社会を分断するほどの亀裂は現れなかった。多くの人々は経済の波に乗っておれば自然に「幸福を享受」でき、将来に大きな不安を抱くこともない。
ところが、今日、経済は行きづまり、将来の展望は見えない。すると人々は政治に対して過大な要求をする。「安全と幸福」を、言い換えれば「パンとサーカス」(生存と娯楽)を求める。政治は「民意」の求めに応じて「パンとサーカス」の提供を約束する。
しかし、にもかかわらず経済は低迷し、格差は拡大し、生活の不安が増せば、人々の政治不信はいっそう募るだろう。そこに、わかりやすい「敵」を指定して一気に事態の打開をはかるデマゴーグが出現すれば、人々は、フェイクであろうがなかろうが、歓呼をもって彼を迎えるだろう。こうして民主主義は壊れてゆく。民主主義の中から強権的な政治が姿を現す。
古代ローマ帝国の崩壊は、民衆が過剰なまでに「パンとサーカス」を要求し、政治があまりに安直にこの「民意」に応えたからだとしばしばいわれる。社会から規律が失われ、人々は倫理観を失い、飽食とエンターテインメントに明け暮れる。内部から崩壊するうちにローマは異民族に滅ぼされた。
もちろん、ローマの皇帝政治を現代の民主主義に重ねることはできないが、民衆の「パンとサーカス」の要求に応えるのが政治であるという事情は、民主主義でも権威主義でも変わらない。それでもパンもサーカスも提供できる余裕があればまだよい。その余裕も失われてくれば、社会に亀裂が走り、党派の対立は収拾がつかず、政治は著しく不安定化する。その場合、危機は、民主主義においていっそう顕著に現れるだろう・・・

拙著『新地方自治入門』(2003年)で、「民主主義が持続するためには、経済成長が必要であるとの説があります」(301ページ)と紹介したことを思い出します。

政策転換の評価

2022年12月16日   岡本全勝

12月7日の日経新聞経済教室「原発政策の行方」、橘川武郎・国際大学副学長の「現政権、「政策転換」には値せず」から。

8月のGX実行会議での岸田文雄首相と西村康稔経済産業相の原子力に関する発言を巡り、一部メディアが「原子力政策を転換した」と大きく報じた。。岸田政権が原子力政策の遅滞解消に向け年末までに政治決断が求められる項目として挙げたのは、(1)次世代革新炉の開発・建設(2)運転期間延長を含む既設原子力発電所の最大限活用――の2点だ。
特に注目されたのは(1)だ。「原発のリプレース(建て替え)・新増設はしない」という従来方針を転換し、次世代革新炉の建設に踏み込んだと評価された。

本当にそうなのか。結論から言えば、政策転換と判断するのは時期尚早だと考える。そう考える根拠としては、第1に誰(どの事業者)が、どこ(どの立地)で、何(どの炉型の革新炉)を建設するのかについて全く言及がない、第2に肝心の電気事業者の反応が冷ややかで、国内での次世代革新炉の建設について具体的な動きを示していない。
これまで政府がエネルギー政策を本気で転換した時には、それに先行して政策転換につながる電気事業者の具体的な動きがあった。
例えば2020年10月に菅義偉首相(当時)が50年までにカーボンニュートラル(温暖化ガス排出実質ゼロ)をめざすと宣言した時は・・・
だが今回は様相が違う。次世代革新炉の建設といっても、それと共鳴する電気事業者の具体的な動きはない。三菱重工業が発表した次世代加圧水型軽水炉「SRZ-1200」の開発プロジェクトに関西電力など電力4社が協力することになったが、これはあくまで「開発」をめざすものであり「建設」までは視野に入れていない。実際に建設となれば中心的な当事者になるはずの関電の森望社長は最近のインタビューでも、既設の7基体制を将来にわたり維持すると述べるにとどまっている。
「誰が、どこで、何を」という具体的な言及がないのは、こうした事情を反映したものとみられる。

社会学的想像力と政治的想像力2

2022年12月13日   岡本全勝

社会学的想像力と政治的想像力」の続きです。
社会学が、人が暮らしていく際の困難を社会の側から摘発します。その困難を個人の責めに帰すのではなく、社会の側に問題があることを突き詰めます。すると、その解決はその個人や家族ではなく、社会の側を変える必要があります。ここに政治の出番があります。

すると、社会学では「社会学的想像力」が必要であるように、政治においては「政治的想像力」が必要でしょう。
それは、社会学が発見した暮らしの困難を、解決することです。
それらの問題を政治や行政の課題として取り上げること、そして誰がどのように解決するか道筋をつけることです。必要な場合は、人と金を投入しなければなりません。法律や補助金をつくっただけでは解決しない問題が多いです。すべてを取り上げることはできず、優先順位をつける必要もあります。
それらをどのように動かすか。それを政治的想像力と呼びましょう。政治的構想力と政治力とも言えます。