カテゴリー別アーカイブ: 政治の役割

行政-政治の役割

在来線 国の予算わずか

7月31日の読売新聞「JR考(3)」「在来線 国の予算わずか」から。

・・・「鉄道局はとにかく予算が少ない。他の局から見れば鼻で笑われる規模だ」。今年初めて国土交通省鉄道局に配属された中堅キャリア官僚は言う。

総延長約2万キロ・メートルのJRを所管する鉄道局に割り当てられる予算は約1000億円。国交省全体の2%弱にすぎない。そのうち約800億円は、整備新幹線の建設費に充てられるため、在来線に使える金額は残された年間約200億円だ。JR東日本が28日公表した利用者の極めて少ないローカル線の赤字額は2019年度で693億円。鉄道局が在来線に割ける予算が、いかに限られた規模であるかが分かる。

一方、国交省の道路関係予算は毎年、予算全体の3割にあたる1・7兆円程度を確保し、道路整備に充てることができる。同じインフラ(社会資本)を扱うのでも予算額の桁が違う。総延長約128万キロ・メートルに及ぶ道路を管轄する国交省道路局の力の源泉となっている・・・

幸せも民主主義も理想状態ではなく、そこを目指す過程

「人生における幸せは、理想とする状態(幸せと感じる状態)とともに、それを目指して努力する過程です」と、拙著『明るい公務員講座』で書きました。例えば豊かさが一つの幸せの指標だとすると、大金持ちになることは幸せです。しかし親からもらった金と、自分で稼いだ金とを比べると、後者の方が金額で少なくても、うれしさは勝るでしょう。幸せは目標とする「理想状態」であるとともに、それ以上にそこを目指す「努力の過程」です。
『明るい公務員講座』では、幸せな家庭も二人でつくらなければならず、与えられるものではないとお話ししました。それは定常状態ではなく、日々努力しなければならないのです。

連載「公共を創る」で、民主主義について書いていて、同じようなことを思いました。戦争に負けて、日本国憲法によって民主主義を手に入れました。当時の人は、戦前の抑圧された政治や社会から解放され、とても喜んだそうです。さて、その後の世代はどうか。生まれたときから民主主義制度は与えられています。そして、努力しなくても、この状態が通常だと考えています。

日本国憲法は70年以上も改正されず、世界で最も古い憲法になりました。その間に、環境権や人格権など新しい人権が生まれましたが、日本国憲法は1946年で止まったままです。与えられた憲法を守って、そこから進化する努力をしていないのです。平和についても同様です。戦後の日本は努力しなくても平和がもたらされると考えていました。ならず者が出てくると、それを排除しなければ平和は維持できません。そして、憲法が前提とした「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」という条件がなくなりました。平和に関する考え方も憲法も変えなければなりません。民主政治も平和も、理想とする状態ですが、努力する過程がないと、実現しません。

ではなぜ、人生においても政治においても、幸せや理想は定常状態ではなく、努力する過程なのか。それは、人生も社会も止まっているのではなく、常に変化しているからです。生身の人間とそれが集まった社会は、天国のように時間が止まった世界、喜怒哀楽を感じない世界ではないのです。

安倍ガバナンス改革の功績、社外取締役が定着

7月20日の日経新聞オピニオン欄、小平龍四郎・上級論説委員の「安倍ガバナンス改革の功績」から。

・・・凶弾に倒れた安倍晋三元首相は、日本の歴代政治リーダーのなかで、資本市場の評価が最も高かった人物のひとりと言えるだろう。
金融緩和で在任期間中に株価を上昇させたことや、米ニューヨーク証券取引所で「バイ・マイ・アベノミクス(アベノミクスは買いだ)」と斬新なメッセージを発したことだけが理由ではない。
安倍元首相は日本市場の歴史に残るブレークスルーを成し遂げた。企業統治(コーポレートガバナンス)改革だ・・・
・・・上場企業に社外取締役がいることは、今では常識だ。しかし、その歴史は案外短い。2012年に安倍元首相が再登場する前は、社外取締役がいる企業はごく一部で、大多数の取締役会は生え抜きの男性で占められていた。欧米の投資家が「日本企業にも社外取締役を普及させるべきだ」と主張し、財界が「日本的経営の強み」を根拠に頑としてはねつける。そんな光景が、やや大げさに言えばバブル崩壊後の約20年間、ずっとくり広げられてきた。

安倍元首相は具体的に何をしたのか。
まず、14年に年金基金や資産運用会社が株主としてなすべき規範を記す「スチュワードシップ・コード」を策定。これにより株主に企業との対話を促した。翌年には企業の責任を示す「コーポレートガバナンス・コード」をつくり、株主との対話に前向きに応じるよう求めた。この項目の一つに入ったのが「社外取締役の選任」だ。

改革はなぜ成功したのか。
第1に、ガバナンスを成長戦略として位置づけたことだ。それまで企業統治や社外取締役が議論されるのは、企業不祥事がきっかけになることが多かった。コンプライアンス(法令順守)としての統治論であり、不祥事を起こさない企業には無関係と見なされがちだった。
発想を切り替え、社外取締役の役割は経営者に成長投資を促すことと再定義したのが安倍改革だった。「攻めのガバナンス」という標語も、企業に取締役会改革を促すうえで有効だった。
不祥事防止から成長戦略へ――。15年6月、ICGNがロンドンで開いた20周年記念総会では、この「コペルニクス的転回」を参加者が口々に評価していた。

安倍流ガバナンス改革が成功した第2の理由は、法律ではなく規範(コード)に訴えた点だ。伝統的な統治論は、社外取締役の設置を会社法で義務づける点にこだわった。これだと社外取締役が手当てできない企業は法を犯すことになり、処罰されかねない。保守的な大企業が反対した大きな理由だ。
そこで安倍政権は金融庁や証券取引所がコードを策定し、「原則として内容に従うべきだが、できない場合は理由を説明してほしい」という方針を打ち出した。法的な罰則は科さず、一種の逃げの余地を残した。目的を達するために手段を柔軟に考える安倍カラーを、ここに見いだす向きもある。企業の抵抗はおおいに和らいだ・・・

・・・安倍政権は財政・金融政策に比べ、構造改革が物足りないとも批判された。そんななかで企業統治は数少ない改革の成功例だ。今後、世界の潮流のなかで再評価される可能性もある・・・

政権の課題、高齢化社会の不安払拭

7月22日の日経新聞経済教室、八代尚宏・昭和女子大学特命教授の「参議院選挙後の岸田政権 高齢化社会の不安払拭急げ」から。

・・・高齢化社会での人々の最大の不安は、社会保障制度が今後も維持可能かどうかにある。負担の配分を議論しないことは、社会保障費用の後世代への負担の先送りという「未来への負債」を放置するに等しい。これでは全世代型社会保障の看板と完全に矛盾している。
社会保障制度の持続性のカギとなるのは、最大の支出項目の年金財政の透明化だ。20年前に作成された長期の経済前提は、長期停滞と低金利政策の下で大きな狂いが生じている。にもかかわらず、非現実的に大きな積立金の運用益の想定のままで「100年安心年金」の看板は降ろしていない。そのうえでマクロ経済スライドにより年金受給額を少しずつ減らしている。受給者からみれば年金財政が盤石なのに、なぜ減額されるのかとの不満が生じる。

日本の年金制度が自らの老後に備える積み立て方式を堅持していれば、少子高齢化の影響は受けなかったはずだ。しかし「給付は多く負担は少なく」という政治の介入の結果、巨額の積み立て不足が生じている。これを解消しなければ子供や孫世代の負担増となるだけだ。祖父母が孫のお年玉を取り上げるような年金制度の実態を真摯に説明すれば、年金削減を受忍する高齢者も少なくないだろう。
年金の支給開始年齢引き上げは政治的にタブーとされるが、平均寿命伸長により自動的に伸びる受給期間を固定しなければ、保険財政が維持できないのは自明だ。主要先進国の受給開始年齢が67~68歳に対し、平均寿命がトップクラスの日本は65歳で放置されたままだ。個人にとって望ましい長生きが年金財政を危機に陥れるという矛盾は、年金保険の基本を国民に説明しない政治の怠慢の結果だ。
日本でも高齢者の定義を75歳以上とすれば、高齢者比率はピーク時にも25%にとどまる。元気な高齢者が税金や保険料を負担して、弱った高齢者を支える側に回ることが、活力ある高齢化社会の基本となる。

他方で国民年金の未納比率は免除者も含め5割を超す。それは将来の無年金者を増やすとともに、厚生年金などの被保険者の負担肩代わりを招く。人口の4割が年金受給者になる超高齢社会に備えて基礎年金の保険料を廃止し、高齢者も負担する年金目的消費税(3.5%)に代替するという08年の社会保障国民会議の構想を再検討すべきだ。
だが逆進的な消費税は低年金の高齢者の負担が大きい。厚生年金は、現役時の高賃金者ほど多くの年金を受給する仕組みだ。豊かな高齢者から貧しい高齢者への同一世代内の所得再分配を強化し、後世代の負担を減らす工夫も必要だろう・・・

ほかにも重要な問題点をいくつも指摘しておられます。原文をお読みください。

曽我記者、安倍総理の評価

7月17日の朝日新聞「日曜に想う」は、曽我豪・編集委員の「安倍氏の「顔」が改まるとき」でした。
・・・安倍晋三氏には二つの顔があった。
動と静、硬と軟。時流を引き寄せようと急(せ)く保守の原理主義者の顔と、現実と折り合う機会主義者の顔である・・・

・・・(自民党総裁選再出馬の際に)ただ、体調不良から一度目の政権を投げ出したことを世間は忘れておらず、谷垣禎一総裁や石原伸晃幹事長に後れをとれば終わった政治家と言われよう。そう指摘すると、うなずいていたが、後で安倍氏は携帯に電話をかけてきた。
「出馬する。勝負しての負けなら負けで仕方ない。それよりも、勝負できない政治家と思われた方が終わりだ」
リベラル色の濃い新政権の誕生を阻む保守の勝負どころとみたのだろう。谷垣氏が出馬を断念し、石原氏が失速して安倍氏は総裁に返り咲いたが、運を引き寄せたのは「動と硬」の顔だった。

晩秋に入り、民主党の野田佳彦首相が突然、党首討論で安倍総裁を相手に衆院解散を宣した。その夜、政権を担う場合の政策課題の優先順位づけを尋ねた。安倍氏の顔は「静と軟」に改まった。

「改憲は三番目だ」と明言した。「デフレ脱却が二番目。一番は、東日本大震災の復興を含む危機管理だ」と続けた。
一度目の政権の失敗体験があった。教育基本法改正など保守的改革の実現を急ぎ過ぎ、「消えた年金」問題で政権が混乱した結果、参院選で惨敗した。ならば民主党政権との違いを示すためにも、危機管理と経済政策の実を挙げたうえで改憲へと向かおう。そう考えたのだろう。
事実、改憲不要論を招くのは承知のうえで、憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認と安保法制の成立を先行させた。特定秘密保護法も含め世論の賛否が割れる懸案を処理した後は、支持率と株価が堅調になるのを待ち、衆院解散の機会を計って政権を安定させた。「アベノミクスで得た政治的な資産を安保・憲法で使う」と説明するのを聞いた。

だが長期政権の弊害が覆い隠せなくなると、かたくなな顔が現れた。森友・加計疑惑など政権のゆがみが露呈しても説明責任を果たさず、コロナ危機に際しては地方や現場の異論をくみとれぬ官邸主導の弱点をさらけ出した。一番に見据えた危機管理能力が陰り、改憲の目標は果たせぬまま、体調不良により退陣した・・
詳しくは原文をお読みください。