カテゴリー別アーカイブ: 政治の役割

行政-政治の役割

学力は公立学校でつけるべき

7月29日の朝日新聞オピニオン欄「「公」立て直すには」、小宮位之・NPO法人八王子つばめ塾理事長の発言から。

・・・経済的に厳しい家庭の小学生から高校生に、無料で教える塾を東京都内で開いています。公民館や企業が無償で貸してくれる会議室を借り、講師もボランティアです。
多くの子が塾に行く現状では、塾に行ける経済状態かどうかで格差が生まれます。そのため、行政が企業やNPOに委託して無料塾を手がける取り組みも進んでいます。そうした活動を否定するものではありませんが、僕たちは、行政からの委託や補助は受けず、必要経費は寄付で賄っています。

行政が取り組むべき、もっと優先順位の高い課題があると考えるからです。本来は、公立学校で学力がつくようにするべきで、塾は行きたければ行くというオプションのはずです。行政が無料塾を手がける余裕があるなら、先生やカウンセラーを増やすなど、公立学校の底上げをして欲しい。公立学校を強化すれば、結果的に、塾や私立校に行けない子どもが一番恩恵を受けるでしょう・・・

毎年変わる目玉政策

7月20日の日経新聞に、「予算特別枠、まるで猫の目」が載っていました。

・・・財務省は2024年度予算の概算要求で、賃上げや脱炭素といった「新しい資本主義」を推進する特別枠を設けて各府省庁から計4兆円超の要求を募る。政府は特定の施策に重点配分するため同様の手法を繰り返してきた。メリハリをつけやすいのは利点だが政権の看板政策の一貫性に欠ける弊害もつきまとう・・・
・・・看板政策を対象に裁量的経費の削減分以上の予算要求を認める手法は恒例となっている。概算要求基準で歳出総額の上限を示さなくなった14年度以降でみると、新型コロナウイルス感染症対策に追われた21年度予算を除くすべての年度で特別枠を設けた。10年間の累計で40兆円規模に及ぶ。

安倍晋三政権下では防災や地方創生、働き方改革や一億総活躍社会の実現、中小企業の生産性向上などが対象となった。菅義偉政権ではコロナ禍を踏まえたデジタル化や脱炭素を掲げた。岸田文雄政権では経済安全保障や少子化対策、防衛力の強化も加わった。
予算編成に政権の意向や技術革新が反映されるのは自然だが、重点施策は「猫の目」のように次々と変わる。重点分野が定まらず長期的な視野で経済成長を促す視点は乏しくなる。与党からは特別枠の対象を増やすよう求める声も強く、総花的になってもいる・・・

記事には、2014年度以降の主な重点政策が、表になって載っています。見てください。懐かしい政策(?)も並んでいます。社会の変化に対応するため、重点政策が変わることは悪いことではありません。しかし、中長期の重点政策、あるいは各政策を統合した政策体系を示して欲しいのです。この点は、連載「公共を創る」でも指摘しています。

権力を預かる畏れ

あるところで、公私混同について聞かれました。発端は、岸田首相の長男で首相秘書官が、昨年末に首相公邸で親族らと忘年会を開いていたことが今年5月に発覚したことです。その後、首相秘書官を辞任しました。
首相公邸には、首相家族が暮らす私的な場所と、公務に使う公的な場所(会議室など)があります。私的な場所は公務員宿舎と同じですから、非常識な使い方以外は自由です。他方で公的場所は官邸の延長ですから、使用目的は限られ、使うには手続きも必要です。
今回の事件も、公的な場所を使って私的な忘年会をしていた、ふざけた写真を撮っていたことが問題になったのでしょう。首相が公的な忘年会をされたのなら、問題はなかったでしょう。

権力を預かる人たちには、庶民より厳しい倫理観が要求されます。国民から疑惑を持たれないことです。国民の信頼がなければ、何を説いても信用されません。
そのような目で見ると、より問題の大きな事案もあり得ます。持っている権力を、公正・公平に行使しないことです。
例えば、補助金のか所付けや許認可です。客観的基準に基づいて優先順位の高い場所から補助金をつける、申請を採択するべきですが、それを無視して特定の人の申請を優先する場合です。
もう一つは、人事です。候補者の能力や適性を無視して、気に入った人を優先し、気に入らない人を遠ざける場合です。

政策の策定は公の場で議論されるので、よほどのことがない限り、私的な好き嫌いは入る余地がありません。しかし、政策の執行や人事権の行使では、すべてが公開されているわけではないので、私的な意向が入る余地があるのです。
そのような誘惑に惑わされないことが、権力を持つ人やその周囲にいる人には要請されます。一言で言うと「権力を預かる畏れ」でしょう。
さらに、権力を持つ人は、その一言が周囲に大きな影響を与えます。本人はそのつもりはなくても、周囲が忖度するのです。綸言汗の如し。

最低賃金千円に思う

7月28日に中央最低賃金審議会が最低賃金の平均を時給千円に決めたことが報道されています。例えば、29日の朝日新聞「最低賃金、1002円に引き上げ
・・・中央最低賃金審議会(厚生労働相の諮問機関)は28日、最低賃金(時給)を全国加重平均で41円(4・3%)引き上げて1002円とする目安をまとめた。過去最大の引き上げ額となり、政府目標でもある1千円を超えた。物価が高騰するなか、実質的な賃金水準を維持するため、物価上昇率を上回る引き上げが必要だと判断した・・・

この報道の問題点を、いくつか指摘しておきます。
1「過去最大の引き上げ額」と書かれ、いかにも高くなったように思えますが、先進国では最低水準です。欧米では多くの国が日本の倍近いです。それを指摘してほしいです。

2 また、この金額は審議会が決めたもので、政府が決めたものではありません。そして、この後、各県の審議会が、県ごとに数字を決めます。政治が責任を持っていないのです。仕事に就けない人の生活保障が「生活保護基準」とすれば、働く人の生活保障が「最低賃金」でしょう。審議会に丸投げせずに、内閣が金額と方向を決めるべきです。
このような重要なことを審議会で決めるのは、政治主導への転換の忘れ物です。審議会の決定では、国会での審議もできません。

3「中小企業が困る」との意見があります。それはもっともですが、賃金の引き上げは、価格に転嫁すべきです。「売り上げに響く」との意見もあります。これも一部には正しいでしょう。しかし、コンビニやファストフード店は、どの店舗も同じように人件費が上がります。競争条件は同じです。そして、そのような店で働いている従業員の賃金が上がり、消費が増えるのです。赤福餅も紅葉饅頭も、同じでしょう。国内の賃金が同じように上がるのですから。
経営者の「値上げするしかない」という声を、困ったことのように伝える記事もあります。(給料が同じなら)物価は上がらない方が良いのでしょうが、物の値段が上がらず、給料が上がらないことが、この30年間の経済停滞を招いた、あるいはその結果だったのです。そして世界に取り残されました。物の値段が上がらないことは、必ずしも生活者の味方ではありません。

4 問題は、海外との競争する製造業です。しかしすでに、日本の賃金はアジアでも高くありません。この欄で時々取り上げるビッグマック指数で、ソウルやバンコクに負けているのです。低賃金で海外との競争で負けるようでは、申し訳ありませんが将来性はありません。「賃金を上げると、安いアジアに負ける」という言説は、過去のものです。

5 急に最低賃金が上がると、企業も困るでしょう。そこで、中長期の見通しも示すべきです。
政府が行うべきは、「今後毎年2%ずつ最低賃金を上げる」という方針を示すことであり(これでも先進各国に追いつくには時間がかかります)、各年度の金額も審議会に投げずに内閣で決めることです。そして、それに耐えられない中小企業に対する支援策です。

事務局の発表資料で記事を書いていては、物事の本質や位置づけは見えませんよ。

安倍首相、明確な国家像と不明瞭な社会像

7月8日の読売新聞解説欄「安倍氏銃撃1年 背景と教訓」、待鳥聡史・京大教授の発言から。

・・・安倍元首相は、外交・安全保障面で歴史的な足跡を残したと言える。
第2次安倍政権が発足した2012年12月以降、先進7か国(G7)など世界の主要国で、政治的に不安定になるケースが多くみられた。米国でもトランプ大統領(当時)が自国第一主義を掲げ、国際協調を軽視する方向に動いた。近年の米中対立やロシアによるウクライナ侵略などを踏まえても、安倍氏が一貫して自由主義に基づく国際秩序の重要性を世界に発信し続けた意義は大きかった。
15年に安全保障関連法を成立させたことも評価できる。集団的自衛権の限定行使が可能となり、日米同盟の強化につながった。日本は安保政策で国内の論理に引きずられて「一国主義的」な立場をとってきたが、国際的な常識と隔たりのある状況を解消することができた。

一方で、踏み込み不足が目立つ政策もあった。国政選挙のたびに「1億総活躍」や「全世代型社会保障」といったスローガンを打ち出した。ただ、小泉政権の「痛みを伴う構造改革」のような強いメッセージ性もなく、任期中に抜本的な改革は実現しなかった。
選挙を勝ち抜くために目新しさを重視した側面もあるのだろう。安倍氏は明確な「国家像」はあったが、結果として、日本の社会の中で個人がどういうふうにしたら幸せに暮らせるかといった「社会像」が不明瞭だった・・・