カテゴリー別アーカイブ: 復興10年

「首長たちの戦いに学ぶ 災害緊急対応 100日の知恵」

出版社「ぎょうせい」から「首長たちの戦いに学ぶ災害緊急対応100日の知恵」が出版されました。宣伝には、次のように書かれています。
「7つの大規模災害において、最前線で災害対応にあたった13人の現役首長をはじめ、国や関係団体、民間企業、NPO等による支援など、関係者の経験と知恵を集約!」

能登半島地震、新潟県中越地震、東日本大震災、熊本地震、平成26年8月豪雨、平成30年7月豪雨、令和4年8月豪雨災害を経験した市長や町長たちです。
大きな自然災害は、毎年日本各地で起きています。しかし、各地域、そして各首長にとっては初めての経験が多いです。不十分な情報、職員も役場も被災しています。その中で急がなければならない決断、重い任務です。

それは、事前に想定していることと違うことも多いのです。他の市町村長、そして役場幹部に役に立つ本だと思います。
そう思って、推薦の言葉を書きました。

集団移転した地区で見えた課題

NHKウェッブが、東日本大震災で「集団移転した地区で見えた課題は」を特集しています(3月17日掲載)。

・・・集団移転先として整備された住宅地は324地区。集団移転した人たちの暮らしはいまどうなっているのか。私たちは宮城、岩手、福島の地区で大規模なアンケートを実施。174の地区から回答を得ました・・・

良かった点と悪かった点が、整理されています。
近所づきあいや町内会が、安心をもたらしています。これは、行政では提供できないものです。東松島市あおい地区が紹介されていますが、小野会長が中心になって作り上げてきたものです。市役所も、災害前から町内会支援に力を入れていました。
他方で、小規模な集落では、高齢化とその維持が課題になっています。これは、当時から心配していたことです。

・・・「現在、空き家がある」と答えた地区は174地区のうち64地区ありました。一方で、「過去に空き家になったところに被災者以外の人が住んでいる」と答えた地区は37ありました。
宮城県南三陸町では、自然豊かな環境を気に入ったなどとして移住定住センターを利用して移り住んだ人がこの10年近くで140人以上にのぼっています。地区では移住者が将来の地域の担い手になってくれることを期待しています・・・

大震災から14年

今日は3月11日。2011年3月11日の東日本大震災から、14年が経ちました。14年間は、発災直後から関与した私にとっては、長かったような、短かった年月です。「2011年4月2日の記事
被災地の皆さんにとっては、いつまでも忘れることのできない、ついこの間のことかもしれません。他方で、あの災害を忘れてはいけないのですが、生かされた人にとっては、現在と未来も重要です。

各報道機関が、特集を組んでいます。NHKウエッブが、「東日本大震災 宮城 岩手 福島 定点で見つめる14年」を動画で載せています。宮城県石巻市と岩手県大槌町は街の復興がよくわかります。福島県大熊町は原発事故の避難指示が解除されるまでは、作業に入ることができませんでした。ようやく、一部の地域で工事が始まっています。
100か所にカメラを据えた定点映像」もあります。

津波被災地では、モノの復旧はできたのですが、産業などが元に戻りません。これは、過疎地一般に共通することです。原発被災地は、帰還できるようになった時期によって、復興状況に濃淡があります。まだまだ、元の暮らしは戻っていません。
時間がかかりますが、事故を起こした政府として、復興の責任を果たさなければなりません。

復興を本業に、アイリスオーヤマ

朝日新聞経済面に、「アイリスと3・11」が載っていました。2月28日は「復興へ、企業には企業の役割」、3月1日は「なぜご飯?東北の支え、もしもの備え」です。このホームページでも紹介してきた、アイリスオーヤマと舞台ファームの事業です。

アイリスオーヤマは、プラスチック製品から始まり、LED電球、家電、マスクなどにも手を広げてきました。
・・・そんな同社が今、成長の柱として注力するのがパックご飯や飲料水を中心とした食品事業だ。24年の売上高は420億円で前年から130億円増加。30年には1千億円に伸ばす目標を掲げる。米国のほか東南アジアなどへの輸出も強化し、1千億円のうち輸出額で100億円を占める計算だ・・・
・・・同社は13年、仙台市の農業生産法人「舞台ファーム」とともに、新会社「舞台アグリイノベーション」を設立し、精米事業に乗り出した。
舞台ファームは津波で田んぼや備蓄米などが壊滅的な被害を受け、倒産寸前になっていた。アイリスが支援する形で提携し、14年には宮城県内で精米工場を稼働。東北の契約農家のコメを買い取って、ブレンド米として販売し始めた。
だが、利益を出すのは難しかった。当時、コメはスーパーの集客のための特売品で、流通側で1円でも安くしようとする。消費者にとっても「コメは安く買うもの」という常識があった。

そこで、大山は「加工したら、過剰な価格競争からの脱却も可能になる」と踏み、15年、コメを加工したパックご飯事業に参入。17年には角田工場(宮城県)に生産ラインを新設し、自社生産を始めた。添加物を使わないという差別化も図り、災害に備えた備蓄商品の拡充という狙いもあった。
当初は振るわなかった食品事業の市場が一気に変わったのは新型コロナ下だった。自治体が感染者に配る自宅療養セットにアイリスのパックご飯が採用され、認知度が向上。非常食としてパックご飯を買う人も増え、食品事業の売上高は20年には200億円、24年には420億円となった。

社長の大山晃弘は「震災復興をCSR(企業の社会的責任)的にやるのではなくて、しっかり本業の中に組み入れてきた」と話す。食品事業は今や会社の成長を占う事業となっている・・・

「防災庁」より「防災復興庁」

12月27日の朝日新聞オピニオン欄「私の視点」は、中林一樹・東京都立大名誉教授の「災害対応と並行の復興支援を 「防災庁」より「防災復興庁」」でした。

・・・現内閣は、迅速かつ適時適切な災害対応のため「防災庁」を新設する準備に取り組むとする。しかし二つの大震災は、被災自治体が災害対応とともに復興業務を開始することの重要性を示している。避難所に被災者がいてコミュニティーがある間に復興を語りかけ、復興までの暮らしの場として仮住まいを整備し、被災者に寄り添い、復興を推進する。そうしたシームレスな支援と展開が重要で、そのためのプロパー職員の確保も必要となる。

東日本大震災の復興のための復興庁であるが、これまで40兆円超の予算を費やした復興の経験・実績・課題・教訓を継承し、能登半島地震に対応し、南海トラフや首都直下地震にも備えるには、「防災庁」でなく、災害救助法から大規模災害復興法までを統括し、官民で災害対応から被災者・被災地の復興までを継続的に所管する「防災復興庁」が必要である。それが被災者主体で被災地復興を「地域創生的なまちづくり」として実現することを可能にしよう・・・

私の意見「毎日新聞に載りました2