「官僚論」カテゴリーアーカイブ

行政-官僚論

官僚捜査案件の見送り

6月25日の朝日新聞夕刊「惜別」、元編集委員・村山治さんによる、熊崎勝彦・元東京地検特捜部長の追悼記事から。

・・・ 1980年代から90年代にかけて東京地検特捜部に通算11年余り在籍した。副部長として金丸信・元自民党副総裁の脱税事件やゼネコン汚職事件を手がけ、特捜部長として旧大蔵省(現・財務省)の接待汚職事件を摘発した。事件の根っこには戦後日本を支えた護送船団システムの劣化があった。そこに切り込んだ特捜検察は、国民の支持を受け、輝いていた・・・

・・・「許せないことがある。10年たったら明らかにする」。熊さんが一度だけ、ぶぜんとした表情で私に語ったことがある。
大物大蔵キャリア官僚が捜査対象に上ったとき、法務・検察の幹部は「官僚システムが壊れる。立件すべきでない」と、現場に圧力をかけた。摘発は見送られ、熊さんはまもなく富山地検検事正に「栄転」した。
不祥事情報をちらつかせて捜査をつぶしたのか、と見当をつけたが、熊さんは何も語らず世を去った。「まあ、いいじゃないか」。梅雨空から熊さんの明るい声が聞こえた気がした・・・

二種類の「詰める」

新しい政策や事業を考える場合や新しい事態が起きたときに対応を考える場合、公務員はその問題点を詰めます。それは、民間企業も同じでしょう。ええ加減な詰めで、後々問題を起こしてはいけません。きっちりと問題点を指摘し、その解決方法を考えなければなりません。

その際に、二種類の公務員、特に二種類の上司がいます。新しい企画を潰す職員と、作る職員です。
潰す職員にとって、新しい企画の問題点はすぐに2つや3つは思いつきます。「前例がない」という決めぜりふも用意されています。潰すことで、彼は安心します。あるいは決定を先送りすることで、当面安心します。「新しいことをしないことで、責任を負わなくてすむ」とです。
他方、作る職員は問題点を見つけつつ、その解決方法を考えます。あるいは解決の方向を考え、関係者に指示を出します。

企業の場合は、新しい企画を潰したり、検討に時間をかけていると、競合企業に先を越され、競争に負けてしまいます。よって、どこかの時点で見切り発車することもあります。大きな企画で失敗すると傷が大きい場合は別ですが、小さな傷だと「そういうこともあるよ」と方向転換します。
ところが、行政の場合は競合がないので、先送りができるのです。新しい何かをした失敗は目につくのですが、しなかった場合の失敗は当座は見えないのです。参考「制度を所管するのか、問題を所管するのか

すると、有能な公務員や上司に求められることは、次のようなことでしょう。
・部下が新しい企画を考えてきたら、潰すことを考えるのではなく、一緒にどうしたら成功するかを詰めること。
・失敗してもよい程度の企画なのか、失敗してはいけない企画なのかを判断すること。

私は、「必要な場合に新しいことに挑戦しない官僚は存在理由がない」と考えていました。従来通りなら上級職は不要で、中級職や初級職の職員に任せておけば良いのです。で、しばしば職場内で「前例通りの壁」にぶつかりました。それを頭とからだを使って突破するのも、官僚の「技」です。
東日本大震災の際は、これまでにない大災害で、これまでにない政策を次々と打ち出しました。それらは私が考えたことより、部下や関係者が考えて持ち込んできたものです。それを実現するのが、私の役割でした。大震災という非常時だからできたのでしょう。政治家から「霞が関の治外法権」と呼ばれたときは、「ああ、そのような見方もあるのだ」と感心し、うれしかったです。

政策失敗の検証

5月10日の日経新聞に「デジタル「230万人」の虚実 田園都市構想で「大胆な仮説」いつか来た道か」が載っていました。詳しくは本文を読んでいただくとして。

・・・経済協力開発機構(OECD)の教育統計で、加盟38カ国のうち日本とコスタリカだけデータが空欄になっている項目がある。大学でICT(情報通信技術)を学んで卒業した人材の人数だ。2019年のデータをみると、米国は前の年に比べて10%増の9万3810人、英国は同5%増の1万8706人。日本も増えていると想像されるが、国際比較できる定量的データがない。
これは文部科学省の「学校基本調査」が十分に機能していないためだ。工学分野は「機械」「電気」「鉱山」といった旧態依然の分類になっている。
デジタル人材にかかわる「データサイエンス」「コンピューターサイエンス」を履修する学部は分類がバラバラだ。「数学」「電気」「その他」などに数えられ、デジタル分野として切り取れない。同じ国公立のデータサイエンス学部でも、横浜市立大学は「数学」、滋賀大学は「その他」に入れられている・・・

・・・経済産業省はどうか。過去には「ソフトウエア人材が足りない」と危機を叫んで動かした政策が空回りしてきた。1985年からの官民共同プロジェクト「シグマ計画」ではシステム開発の標準化を目指した。5年間で約250億円を投じたが、ソフトウエア開発ツールもシグマ仕様の専用コンピューターも迷走したあげく実用レベルに至らなかった。
89年には地方のソフトウエア人材を育てる目的で地域ソフト法が施行された。各地に第三セクター方式で設立された「地域ソフトウエアセンター」はバブル崩壊もたたって研修生が集まらず、相次ぎ廃止されている。
これらの失敗は十分に検証されていない。同省は19年、「IT人材不足は30年に最大79万人」との試算を出した。それがデジタル田園都市では「230万人」と数字ばかり塗り替えられてきた。

PwCジャパングループの21年調査によると、日本はテクノロジーの進展に対して「絶えず新しいスキルを学んでいる」と回答した人の割合が7%と最下位だ。年功序列の終身雇用の下で長らくスキルが賃金に反映されにくく、新しいスキルを身につける意欲がわかない実態がある。
デジタル人材をめぐる省庁縦割りの政策を寄せ集めても、国民の意識変革は望みにくい。地に足のついた人材育成ビジョンがなければ、デジタル田園都市国家構想そのものが「大胆な仮説」のまま消えてしまいかねない・・・

余裕がなくなった霞が関

霞が関官僚の地位の低下が言われてから、久しくなります。しかし、嘆きの声は聞かれても、対策が打たれてはいません。官僚機構が不要、あるいは現在の状況がよいというならそれまでですが。世界と社会で次々と起こる課題の対策のために、政治家だけで対処できず、官僚の役割も重要です。
日本が経済発展を遂げたことで、かつての官僚の役割(先進国をお手本にした産業振興と公共サービス充実)は終わりました。また、政治主導が進みました。すると、過去への復帰は考えられません。官僚が機能するためには、官僚に何を期待するのか、そしてそのためには何を変えるべきなのかを議論すべきです。

私は、現在の官僚の機能不全は、大きく2つの理由があると思います。一つは、目標が不明確になっていることです。もう一つは、余裕がなくなっていることです。前者についてはしばしば書いているので、省略します。余裕がなくなっているとは、次のようなことです。

一つは、時間的な余裕です。
長年の職員数削減、他方で心の病を抱える者の増加、働き方改革。長時間残業が当たり前だったところに、これらが重なりました。
そして、業務は増えこそすれ減っていません。新しい法律がつくられ、調査統計なども増えています。企業なら儲からない業務はやめるのですが、行政は法律に基づき業務を行っているので、簡単には廃止できません。
人員や予算は総数が示され、その範囲内でやりくりします。すなわち、どこかを増やせばどこかを減らすしかないのです。しかし業務は総量を示すことはできず、総量規制が効かないのです。法律の数は一つの指標ですが、それで霞が関の業務量を表すことはできません。で、法律の数は増えこそすれ減っていません。国会対応も変わっていません。

もう一つは、政策を考える余裕です。
その原因の一つは、官邸主導が進んだことです。かつては、官邸は大きな政策の方向を示したり、外交において主導権を持っていましたが、最近ではより下位の政策もたくさん官邸から指示が出ます。かつては、官僚が新しい政策を考え、予算に盛り込んだり与党に持ち込んで、実現しました。しかし、官邸の意向をおもんぱかることが増えて、官僚が自由に政策を考えることが少なくなっているようです。
その一つの表れが、新聞の一面に、大臣が出なくなりました。各省が新しい政策を提示することがなくなったのです。新しい政策は、官邸が提示することになりました。
官邸の指示を待ち、官邸の意向に沿った政策をつくることになると、「自分で考えなくてもよいから楽だ」とはなりません。指示待ち職員には、楽な状況ですが。多くの官僚にとって、自由に政策を考えることが少なくなります。しかし、世の中の課題は数多く、官邸がすべて把握し対策を考えることができるようなものではありません。
官邸と各省の役割分担、政策の分別ができていないことが、この原因です。

官僚意識調査「現代官僚制の解剖」

北村亘編『現代官僚制の解剖 意識調査から見た省庁再編20年後の行政』(2022年、有斐閣)が出版されました。宣伝文には、次のように書かれています。
「政治主導の強化の中で、現代日本の官僚たちは、日常業務や組織運営、そして政治や政策課題に対してどのような認識を抱いているのか。約20年ぶりに実施された包括的な官僚意識調査から多面的に分析する。」
このホームページでも紹介した、北村亘先生を代表とする2019年に実施された官僚意識調査に基づく官僚分析です。調査については、先生の論文「2019年官僚意識調査基礎集計」(「阪大法学」2020年3月)をご覧ください。

かつては「日本の官僚は優秀」との評価があり、官僚たちも自信を持って仕事をしていました。しかし1990年代以降、政治主導が進み、政治家との関係が変わりました。省庁再編も行われました。それからもう20年も経ちます。他方で官僚の評価が下がって志望者が減るなど、官僚の生態も大きく変わりました。
官僚を取り巻く環境の変化(社会の課題、政治家との関係など)とともに、官僚たちがどのように考えているかは、官僚制を機能させるために重要です。

調査自体も貴重なのですが、この本は調査結果を集計するのではなく、次のような切り口で、現在の官僚たちの考え方を分析します。政治家との関係、官邸主導、政策実施手法、国地方関係、新しい技術、組織内リーダーシップ、やる気、仕事と生活の両立などです。目次を見てください。何が官僚制の機能不全を生んでいるのか、また再生を阻んでいるのか。大きな足がかりとなります。
この調査と本の価値は大きいです。官僚だけでなく、政府の幹部、政治家、マスメディア(政治部)にも読んでほしい論文集です。
このような調査を雇い主である内閣が行わず、研究者に委ねていることが問題です。次回は、内閣人事局と一緒に実施してほしいです。(これは、「誰が官僚制を再生させるか、その所在が不明だ」という問題につながります。この点については、別途書きましょう。)「官僚意識調査」「北村亘先生「2019年官僚意識調査基礎集計」

本の「はじめに」で、私のことも紹介していただきました。
「テレビコマーシャルよろしく『24時間働けますか』と言いながら『5時から男』として夕方に宴席に行っていた不思議」という私の発言が、「働き方を具体的に考える際には実は大きなヒントを与えていただいた」とです。苦笑。
小西砂千夫著『地方財政学』でも、私との対談がきっかけだったと、書いてもらいました。そのような「触媒」になったとするなら、うれしいです。