カテゴリー別アーカイブ: 官僚論

行政-官僚論

東京労働局長、自ら出演

東京の地下鉄の車内広告動画(液晶画面)で、最低賃金の広報が載っています。そこに、美濃芳郎・東京労働局長が出演しています。
かつて一緒に働き、苦労をかけました。役所の広報に、管理職が出てきて訴えることは、少ないのではないでしょうか。新体操の演技とともに、印象に残りますね。
恥ずかしがり屋の美濃君が出ているとは、部下に担がれたかな。担ぎ出した部下もえらい。
東京都最低賃金・業務改善助成金のお知らせ ~応援します!TOKYO 1113~

共通の知人である官僚から、次のような指摘がありました。
「ビデオみて感動しました。純粋にいいじゃないですか。ちゃんとこうやって、自分たちのやっていることを外に向かって発信する方法を考えてこなかったことに、今更ながら反省しています。」

公務員本の分析

季刊『行政管理研究』2023年9月号には、参考になる論考がたくさん載っていますが、すこし趣の異なる研究を紹介します。小林悠太・東海大学講師の「知識労働としての公務:出版市場からの接近」です。

本屋には、公務員を読者と想定した書籍がたくさん並んでいます。それらを「公務員本」と呼び、 その機能や出版状況を分析したものです。
公務員は研究者とは違いますが、業務に専門知識が必要な知識労働者です。そのような専門知識から見ると、知識創造、知識移転、知識共有の場面があり、公務員本は移転と共有に機能を発揮しています。
また、専門分野別知識だけでなく、職場での作法、管理職の知識などもあります。
そして、この研究では、1970年代以降の公務員本の変遷を追っています。

対象として、公務員本の出版点数が多い次の5社を選んでいます。ぎょうせい、学陽書房、第一法規、公人の友社、公職研です。
類例のない研究だと思います。ご関心ある方は、お読みください。

「首相補佐官・岡本行夫の記録」

朝日新聞に「首相補佐官・岡本行夫の記録」が連載されています。第2回「サミット誘致、移設前進にらみ 官房長官の名護訪問「是非実現」」(10月5日掲載)が、興味深いです。沖縄の地元の人たちと官邸との両方に信頼関係を作り、難しい問題を望ましい着地点に持って行く。その脚本を書くのです。

・・・ところが11月の知事選で保守系新顔の稲嶺恵一氏が大田氏を破ると、岡本氏は12月7日付の文書で「サミット誘致を取り付ければ再来年の夏までは沖縄が燃え上がる。完全に稲嶺時代を築ける」と強調。2000年に日本で開かれる主要8カ国首脳会議(G8サミット)の沖縄開催を稲嶺氏が率先して政府に要請するべきだと説いた。
文書の送り先は外務省から県庁の知事公室参事に出向していた山田文比古・名古屋外国語大学教授(69)。沖縄サミットは岡本氏の持論で、山田氏も大田県政の頃から誘致責任者を務め、ともに稲嶺県政誕生を転機とみていた。
岡本氏の提案で「サミット誘致県民会議」が実現。
99年4月に小渕内閣がサミット開催地を沖縄に決定。稲嶺氏は11月に普天間飛行場の県内移設を条件付きで認め、政府の方針に沿って候補地を名護市の辺野古沿岸と表明した・・・

・・・政府は12月17日、名護市を含む県北部振興や、普天間飛行場の代替施設の使用協定を名護市と結ぶ方針を表明。岡本氏はその夜、市内のホテルで岸本建男市長と約3時間懇談した。就任2年近くの岸本氏は移設問題への態度をまだ明確にしていなかった。
この懇談の概要を記す岡本氏の文書がある。12月20日付で古川貞二郎官房副長官宛て。岸本氏は「本日の決定には心から感謝。特に使用協定締結の約束には感激した」と述べ、「反対派の巻き返しの力は侮れない。市民を一つにまとめなければいけない」とし、青木幹雄官房長官が名護市を訪れ政府方針を説明するよう求めた。
岡本氏は文書の最後で「普天間移設問題は最も重要な場面を迎えている」と指摘。「(沖縄への根回しが不十分だった)普天間移設の出発点でのボタンのかけ違えを始め、こじれた例は数知れない。『官房長官の(県)北部訪問を受けての市長受け入れ声明』の形は是非(ぜひ)とも実現させていただきたい」と求めた。
岡本、岸本両氏の懇談から9日後に青木氏は名護に入り、岸本氏は翌日に条件付きで移設容認を表明。懇談に市企画部長として同席した末松文信県議(75)は「市長の表明に至るまで、岡本さんと丁寧にスケジュールを組んだ」と話す・・・

NHK時論公論に取り上げられました

9月26日深夜の「時論公論」「どうなる「キャリア官僚」 国家公務員は確保できるか」。10分番組の8分頃に、私の顔と意見が出ています。
成澤良・解説委員の「国家公務員の志望者が減少傾向にあり、人事院は、国家公務員の人事管理の抜本的な見直しに向けて有識者会議を立ち上げました。現状や課題を解説します。」

再放送は、27日14:35からです。NHKの見逃し配信でも見ることができます。ウエッブでも概要を見ることができます。

取材ではいろいろ説明したのですが、「行き過ぎた官邸主導が官僚のやりがいを失わせた」の部分だけが取り上げられました。
私は官邸主導は良いことだと考えています。しかし現状では、総理が扱う政策、大臣が扱う政策、官僚が扱う政策の分類がうまくいっておらず、「なんでも官邸に集約する」ことが、指示待ち人間を生んでいると考えています。

惰眠官僚

9月16日の朝日新聞投書欄に、昭和20年9月25日の投書「惰眠官僚」が載っていました。恥ずかしいです。

◇商工省の庁舎が連合軍兵舎に提供され立退かねばならなかつた時のこと。「手が足りぬから是非」との商工省某燃料関係課よりの要請に応じ、某会社の社員たる吾々(われわれ)も応援を買つて出た。役所に出て当の官庁側の出席者が余りに少いのに一驚を喫した。少数の下級課員とともに、五階の旧事務室から一丁程離れた新庁舎の二階迄(まで)テーブルや書類を人力のみで上げ下げせねばならなかつた。

◇その際割り切れぬ感情があつた。当の責任者たる課長の態度である。彼は自分の道具、棚等を部下や応援者に運搬させて置きながら、回転椅子に座り込み、昼食後は恥かし気もなく昼寝を始めたのである。我々の目の前で靴のまゝの両足をテーブルの上に投げ出し作業の終るまで眠り続けてゐた。

◇この象徴的事実が戦後の我国を暗示するものでなければ幸である。新日本の黎明(れいめい)とともに此種(このしゅ)の一部官僚が惰眠より覚醒せん事を切望して止(や)まない。(一国民寄)