Web日本評論、有吉尚哉さんの「どういうルールを創ったら、人はどう行動するか」(2021年1月25日掲載)から。この記事は、池田真朗著「行動立法学序説―民法改正を検証する新時代の民法学の提唱」についての紹介です。
・・・法律を制定する権限は国会に帰属するものであるが、行政がその企画立案に大きな役割を果たしているほか、政令・省令などの下位法令は行政が制定権を有する。このように立法作業を担うのは主に行政の役割であるが、実務上、民間の法律実務家が立法過程に関与することも少なくなく、その影響も高まっている。
例えば、近年、私法の領域においても規制法の領域においても、取引実務に影響を与えるような法令改正等が頻繁に実施されているが、業務への影響が生じる法令改正が行われる場合には、パブリックコメントの手続において意見提出をすることが想定される・・・特に各取引分野の専門化が進む中、法制度の制定・改正を行うために実務経験を有する民間の意見の重要性が高まっている。このような場面では、民間の法律実務家にも立法のための思考法が求められることになる。
ここで、新規法令の制定や既存法令の改正などの立法作業は、法令を扱う業務という点では法律実務家が実務の課題に取り組むために法令の解釈を検討することと共通している。もっとも、後者は制度趣旨を考慮することは必要であるとしても、存在する法令の枠組みの中での解釈論が求められるものであるのに対して、前者は(既存の規律や実務との整合性が考慮要素となるとしても)価値判断を前提に新たなルールを策定するものであり、求められる発想は大きく異なる。
また、法令が存在せず、取引が発達していない状況で新たに法令を制定する場合には、出来上がった法令の内容が適切なものであればそれでよいことになろう。しかしながら、既に法制度が存在し、取引が複雑化している中で、新規の立法を行ったり、既存の法令の改正を行う場合には、立法後の法令の内容だけでなく、規律が変動することによる実務への影響にも十分に配慮することが必要となる。
本稿は民法の権威であり武蔵野大学大学院法学研究科の池田真朗教授が2020年に施行された民法改正(いわゆる債権法改正)を題材に「行動立法学」という考え方を説くものである。「行動立法学」は確立した学問分野ではなく、社会的に最適な立法をするための理念や方法論を考察しようとするものとして池田教授が提唱する新しい考え方であり、「もともと不合理な行動をする人間の存在は当然の前提としたうえで、新しい立法をする際には、どういうルールを創ったら、人はどう行動するかという、その法律の対象となる人々の事前の行動予測の観点から法律というルールを創るべきとするもの」と説明される。この考え方から、池田教授は、「法律は、作ってから解釈を工夫して運用するものではなく、作る前に効果を想定しシミュレーションをして作るもの」であると強調する・・・
池田論文は、次のページで読むことができます。「法学研究(慶應義塾大学)93巻7号(2020年)57頁~113頁」