5月20日に、頼清徳氏が台湾総統い就任しました。読売新聞は就任演説の要旨を載せていました。ウェッブでは、全文を載せています。
アメリカ大統領の就任演説は、日本の報道機関も取り上げますが、アジアの近隣各国の大統領などの就任演説は、あまり取り上げないのではないでしょうか。もっと、近隣各国に目を向けるべきでしょう。
5月20日に、頼清徳氏が台湾総統い就任しました。読売新聞は就任演説の要旨を載せていました。ウェッブでは、全文を載せています。
アメリカ大統領の就任演説は、日本の報道機関も取り上げますが、アジアの近隣各国の大統領などの就任演説は、あまり取り上げないのではないでしょうか。もっと、近隣各国に目を向けるべきでしょう。
5月17日の朝日新聞オピニオン欄に、藤村厚夫さんが「価値ある1面記事、非購読者にも」を書いておられました。意見に賛成です。
・・・メディアから得る情報は、私たちを取り囲む社会や世界を深く理解する出発点として重要な役割を果たしている。だが、その一方で、ニュースの流通量は増えるばかりだ。膨大な情報の山に囲まれていては、その対処に疲労を覚えることもしばしばだろう。
「これは本当に起きたことか?」「この解説は正しいか?」などと、つねに情報の吟味を繰り返さなければならないのは、時に苦痛でもある。となれば、信頼のおける第三者にこの対処を委ねたくなるのも当然だ。多すぎる情報をその重要性や信頼度から絞り込めるなら、読者の負担は軽減する。信頼に足るメディアが求められるゆえんだ。
筆者が携わるスマートニュース メディア研究所が2023年に実施した「メディア価値観全国調査」(第1回、QRコード参照)では、そんな情報の価値判断をめぐって、人々の期待値が明らかとなった。
調査では、メディアをめぐって多数の問いを設けたが、端的に「新聞の1面に掲載されるニュース」を重要なニュースと見るか否かも尋ねた。「重要だ(かなり重要である+やや重要である)」と回答したのは全体で76%と高い評価を見せた・・・
・・・両調査を通じて見えてくるのは、新聞に求められる役割は、正確で信頼性の高い情報発信だけではなく、情報を重要性で絞り込む(新聞社の)“価値判断そのもの”でもあるということだ。新聞1面への高評価はその最たる例だろうし、「安心できる」の高スコアにも対応する。
どの記事を1面に掲載するかは流動的で、新聞社内ではつねに侃侃諤諤(かんかんがくがく)の議論が戦わされていると、筆者の取材に応じた朝日新聞の春日芳晃・編集局長兼ゼネラルエディターは答えてくれた。掲載の基準には定式があるわけではなく、鮮度や重要性の高さ、あるいは時間をかけて取材してきた企画などの記事が、日々、1面の座を占めるべく競いあっている。
だが、新聞が持つこの重要な価値を、新聞に日常的に触れていない人々が体験できているかといえば、心もとない。インターネットメディアの時代では、朝日新聞ならば、「朝日新聞デジタル(アプリ)」や「朝日新聞紙面ビューアー」に新聞1面に相当する機能を求めることになる。だが、有料購読者限定という壁がある。多くの非購読者は、「厳しい取捨選択を経て絞り込まれた日々の重要な情報の提供」という価値の醍醐味を体験しないままだ。その接し方は、朝日新聞の記事であったとしても、ネットに広がる「多すぎる情報」の一部として体験するにすぎない。
その意味で、紙面ビューアーや、重要なニュースを3本に絞って解説する「ニュースの要点」を(一部機能を制限するなどして)広く無償で提供できないものか。「朝日が考える今日の重要なニュース」という指針を広く示すのだ。あわせて他のメディアの価値ある情報も選別して紹介すれば、朝日新聞の持つ取捨選択力を独立の価値として示せる・・・
5月15日の日経新聞スポーツ欄に、北川和徳・編集委員の「大リーグ蜂騒動から学ぶ、おおらかさと臨機応変な発想」が載っていました。
・・・大谷翔平(ドジャース)を目当てに大リーグ中継を見ていて、トラブルが起きた時のスタジアムの雰囲気と臨機応変な対応に感心した。蜂の大群の襲来で試合開始が約2時間遅れた4月30日のアリゾナ州フェニックスでのダイヤモンドバックス戦。球場に駆けつけて蜂を取り除いた業者のマット・ヒルトンさんが、試合を救ったヒーローとして始球式の大役も務めた。
ヒルトンさんが到着したのは試合開始予定時刻から1時間以上過ぎていた。正直に言うと、中継を見ながら対応が遅いなと思っていたのだが、現地の様子は違った。蜂(bee)にかけてビートルズの「Let It Be」(なるがままにしなさい)が流れ、ヒルトンさんは待ちに待った救世主として迎えられた。
蜂の除去に成功すると大歓声。さらに始球式に登場して喝采を浴びた。テレビの前で試合が始まらないことにイライラしていたこっちが恥ずかしくなるような雰囲気だった・・・
・・・現地の報道などによると、ヒルトンさんは6歳の息子のティーボール(子ども向けの野球)の応援中に呼ばれ、急きょ駆けつけたそうだ。裏方として表舞台を支える人々への感謝と敬意を示す文化も感じた。ちなみに、掃除機のような装置に吸引した蜂は殺処分したわけではなく、別の安全な場所で放されたという。
日本ではこうはいかないだろう。自分も試合の遅延にいらだっていたが、2時間も開始が遅れれば、蜂のせいだから仕方ないとはならず、もっと適切に対応できないのかとあら探しが始まる。誰かの責任にしないとおさまらない。蜂を取り除くやり方についても、苦情や文句が寄せられるだろう。運営側はそのすべてに真面目に対応しようとする。
そんな状況では試合を救った功労者による始球式などという発想も出てこない。「上の了解は」「問題が起きたら誰が責任を取るのか」。前例のないことや予定外の試みを実行するには、多大なエネルギーを要する・・・
・・・深刻な事態でないのなら「Let It Be」と受け流すおおらかさと、現場の自由な判断による臨機応変で柔軟な対応。それは今のこの国の社会に最も欠けているものかもしれない・・・
5月9日の日経新聞に「円安にもほどがある1 年収300万円じゃ働けない」が載っていました。
・・・1ドル=160円まで進んだ円安が話題になっている。円安は輸出に強い大手企業の業績を引き上げ、賃上げに一役買った面があるものの、食料やエネルギーの多くを輸入に頼る日本にとっては物価上昇が心配される。足元は「過度な円安」ともいわれ、マイナス面が色濃くなりつつある。
「年収300万円台で暮らせるの?」。採用支援会社の「ASIA to JAPAN」(東京・台東)の三瓶雅人社長は4月、中国・上海で現地の大学生から真顔で聞かれた。ある日本企業の1年目の年収や東京都内での生活費を説明するうちに学生の顔は曇った。
10年ほど前は日本企業の年収を紹介するたびに、中国人学生が「おー」と歓声を上げた。いまは反応がない。三瓶社長は「最近の円安でとどめを刺された。中国沿岸部、台湾、韓国の優秀な学生はとれない」と語る・・・
5月6日の読売新聞「竹森俊平の世界潮流 インド 貧困・格差生む「結託」 持続的成長へ 悪弊断つ必要」から。
・・・インドの総選挙が始まった。14億人の巨大市場や2025年に経済規模で日本を抜く見通しになるといった話題で脚光を浴びる反面、貧困や格差など深刻な問題も山積する。持続的な経済成長に必要なのは何か・・・
<戦後の国民会議派政府の政策は社会主義を標榜し、非効率な産業を保護するため経済全体に規制の網を張り巡らした。これで輸出競争力が弱まり91年に経常収支危機が招かれると、政府はようやく規制撤廃に乗り出し、近年の成長率向上を生んだ>
この2008年当時は国民会議派のシン首相の政権下だが、規制撤廃を進めた政権下の04~13年を通じてインドは6・8%の平均成長率を達成する。
<しかし今や政府の介入を減らすだけで成長率が上がる時代は終わり、今後は〈1〉貧困層の失業〈2〉貧困層にとっての公共財の不足〈3〉富裕層による国有資産の収奪――というインド経済の三つの根本問題に政府が真正面から取り組まなければ、さらなる成長は望めない>
戦後、韓国、台湾、中国などアジア新興国・地域は初等教育という「公共財」を政府が充実させて労働力の質を高め、低技術で労働集約的な「繊維」などから高技術で資本集約的な「電機」「自動車」などに徐々に輸出の主軸を移す日本型経済モデルを採用し成功した。これに対しインドは、初等教育を疎かにして高等専門教育に力を入れ、重工業に投資を集中して一気に経済発展を目指す戦略を取り失敗する。
人口の多いインドでの雇用吸収力が弱い重工業への傾斜は、今日まで続く慢性的失業と貧困を生み、中国とインドとの経済格差をもたらした。購買力平価で換算した1990年の中国とインドの1人当たり国内総生産(GDP)はほぼ同じだったが、2023年の中国の1人当たりGDPはインドの2・6倍になった。初等教育という公共財を向上させ、国民の多くを労働集約型産業に吸収して失業と貧困を減らすことこそがインドの重要課題なのだ。