カテゴリーアーカイブ:社会の見方

家近亮子著『蒋介石』

2026年1月26日   岡本全勝

家近亮子著『蒋介石―「中華の復興」を実現した男』 (2025年、ちくま新書)が、勉強になりました。

「はじめ」にも紹介されていますが、大学生が「ショウカイ石って、どんな石ですか」と質問する時代です。
私の世代にとっては、中国共産党との戦いに敗れ、台湾に拠点を移した中国近代史の政治家です。父の世代にとっては、敗戦で中国大陸に残された日本軍と日本人を平和裏に帰還させた恩ある政治家、賠償金も取らなかった温情ある政治家です。ソ連占領地域の満州に残された日本人の悲惨な扱いと比べると、その差の大きさがわかります。
とはいえ、父の世代も私の世代も、実は蒋介石についてよくは知らないでしょう。戦時中は日中戦争の敵であり、おとしめた記事が広められました。戦後は共産党中国が、国民党と蒋介石の実績を隠しました。私が大学に入った頃は、新聞なども中国共産党と毛沢東を高く評価していました。その後、共産党支配の実態がわかるにつれて、その評価は低下しましたが。他方で、台湾と蒋介石については、十分に知られていたとは言えません。

宣伝文には、次のようにあります。
「蒋介石は、中国の悲願である「中華の復興」を実現しながらも、毛沢東に敗れたために「人民の公敵」として記憶されている。決定版評伝で中国近代化の真相に迫る」

確かに、清朝末期以来、西欧諸国(日本も含む)の侵略を受け、世界の大国の地位どころか国家としての体を失いつつあった国を、国際連合の5大国の一つに引き上げたのは、蒋介石の実績です。彼の願いの第一には、中華の復興があったのです。他方で、国内統一、国民党の支配確立は簡単ではなく、苦悩します。第一の敵は、日本軍でした。党内把握は何度も挫折しつつも維持しますが、共産党との争いには負けてしまいます。苦悩の連続です。政略の離婚と再婚、私生活での悩みも続きます。躁鬱症にも悩んだようです。
日本と日本軍が違った行動を取っていたら、彼と中国の運命は大きく変わっていたでしょう。大きな視野からの戦略を持たず、その場限りの対応や青年将校たちの将来を考えない膨張主義が、とんでもない結果を生んでしまいました。

本書は、彼の内面、行動、そして結果を丁寧に追いかけています。新書ですが、本文だけでも460ページあります。読み応えありますが、読みやすい文章です。
他方で、毛沢東のわかりやすい評伝はあるのでしょうか。報道の自由がない共産党中国では、本書のような客観的な記述はできないのでしょうね。

低い幸福度の理由

2026年1月26日   岡本全勝

2025年12月13日の日経新聞「くらしの数字考」は「幸福度 日本の順位なぜ低い」でした。

・・・日本は今なお世界4位の経済大国で、長寿も世界トップレベル。だが、国や地域別に「幸福度」をはかる国際調査では、順位の低迷が続いている。なぜなのだろうか。

英オックスフォード大などがまとめる「世界幸福度報告書」2025年版で、日本は147カ国・地域のうち55位と、前年の51位から順位を下げた。同調査は各国・地域の約1000人に対し、生活満足度を0から10の範囲で自己評価してもらい、直近3年間の結果を平均して幸福度を測定する。
国・地域間の違いを理解するための項目別データをみると、日本は「健康寿命」は世界2位、「1人あたりの国内総生産(GDP)」は世界28位と高水準。一方で「人生の自由度」(79位)や「寛容さ」(130位)などの順位が低い。
他の調査でも日本の幸福度は低迷している。米ハーバード大学などの研究チームが4月に公表した調査結果では、調査対象の22カ国・地域中で最下位。国際調査会社の仏イプソスが25年に実施した幸福度ランキングでも日本は30カ国中27位だった。

どうして日本の順位は低くなりがちなのか。幸福度の分析をする青山学院大学教授の亀坂安紀子さんは「当然の結果」と言い切る。
賃金の伸びが物価上昇に追いつかず、男性の稼ぎだけで家計を支える生活モデルが厳しくなった。仕事をする女性は増えたが、家事負担は減っておらず、時間に余裕がない人が増えており「時間貧困で、生活満足度が低い」(亀坂さん)。幸福度を上げるには、睡眠時間を長くし趣味や娯楽を楽しむ時間を確保することが有効だとみる。

一方で「日本人は世界一幸福だが、その幸せに気付けていない」ことが低迷の原因と分析するのは、幸福やストレスについて詳しい精神科医の樺沢紫苑(しおん)さん。感謝の気持ちを持つとセロトニンという脳内物質が出て幸福感を感じられるが、日々の生活に不自由しないことが当たり前になり、感謝の気持ちを持ちづらくなっているとみる。
調査方法が一因との見方もある。幸福度の調査に詳しい武蔵野大学教授の前野隆司さんは、幸福度を聞く調査だと「謙虚」に回答しがちな日本人は順位が低くなりがちだと指摘する。
「個人主義的な国は(自分の幸福度を)高めに答えて(アジアなど)集団主義的な国の人は低めに答える傾向がある。その点は差し引いて考えた方がよい」(前野さん)

一方で前野さんは、日本人が孤独を深めていることが幸福度を下げている側面もあるとみている。「もともと日本人は誰かと一緒に過ごすと幸福を感じやすい傾向にあるが、欧米的な個人主義の広がりと共に幸せを感じにくくなっているのではないか」
世界幸福度報告書は「若年成人の孤独感は日本が突出している」と指摘する。報告書中の調査では、日本の若年成人の30%以上が、家族や友人など親しいと感じられる人が「いない」と回答した。
高齢化や晩婚化により、一人暮らしをする単独世帯も増えている。日本は誰かと一緒に食事をする頻度のランキングで、142カ国・地域のうち133位だった。
誰かと一緒に食事をする割合が高い国の人は、社会的に強く支えられていると感じ、孤独感が弱い傾向にあるという。日本では主体的に「おひとりさま」を選び単身生活を楽しんでいる人もいるが、社会的に孤立し困りごとを一人で抱える人も少なくない・・・

冷めた風呂現象?

2026年1月21日   岡本全勝

ゆでガエル現象」ということは、聞かれたことがあるでしょう。
カエルを水に入れてゆっくりと温度を上げると、カエルは気がつかずに、そのまま茹でられて死ぬという話です。実際は、逃げ出すでしょうが。緩やかな変化は気づかずに、致命的な状況に陥るという警告に使われます。

この30年間の日本経済の停滞は、これに当てはまりますが、温度が下がるので逆だと思います。徐々に経済力が落ちて、国際的には先進国と言えない状況にまでなりました。国内では給与は上がらず、非正規が増え、貧しい国になりました。しかし、徐々に変化した、というか変化しないうちに世界は成長していたので、危機感を持ちませんでした。

この状況は水温が上がったのではなく、暖かいと思って浸かっていたお風呂が、徐々に冷めて冷水になったと言った方がよいでしょう。どこかで風呂から出なければならなかった、そして追い焚きをしなければならなかったのですが、外も寒いので「もうしばらく浸かっていよう」と考えたのです。「冷めた風呂」とでも呼びましょうか。
「ゆでガエル」という表現に対比するなら、どんどん冷たくなって、ついには凍ってしまう「冷凍ガエル」でしょうか。

と書いたら、肝冷斎が、「まあまだいいか」という言葉を使っていました。
そうですね。気づかないうちに危機になる場合と、気づいていても対策を先送りする場合とがあります。もう一つ、間違った対策を打ち続ける場合もあります。この30年間の日本は、二番目と三番目だったようです。

「パートは低待遇」当たり前ではない

2026年1月21日   岡本全勝

2025年12月7日の朝日新聞「「パートは低待遇」当たり前ではない 日独の経済史研究、田中洋子さんに聞く」から。

フルで働けないのなら、転勤ができないのなら、非正規雇用で低賃金――。日本社会で長くまかり通ってきたこの常識が、働く人を貧しく、忙しくしてきたと、日本とドイツの経済史を研究する田中洋子さんは指摘します。名目GDP(国内総生産)で日本を抜いたドイツの働き方から学べることとは。

―パートなどの非正規雇用の待遇が異なるのは「当たり前」という感覚があります。
パートやアルバイトは、「男性が大黒柱として働く」という日本的な雇用が安定化した1970~80年代までに、「女・子どもの賃金は安くていい」という補助的な働き方として広がりました。バブル崩壊後には正規雇用を非正規雇用に置き換える人事政策が多くの産業に拡大します。人件費削減は「善」となり、リストラすると株価が上がる。この流れが30年続き、完全に社会に定着し、もはや疑うことすらできなくなっています。私がおかしさに気付けたのは、たまたまドイツの研究をしていたからです。

―どんな違いがあるのですか。
ドイツのパートは「非正規」ではなく、「正規のパート」です。「働く時間が短い正社員」とも言えます。パートであっても、仕事が同じなら同じ給与表にもとづいて、働いた時間分の賃金が支払われ、無期雇用です。
日本のパートの賃金は「最低賃金プラスアルファ」程度で、基本的にはずっとそのままでたいした昇給もない。そのかたわらで、2、3年で異動していく正規の人は、同じ仕事をしていても全く異なる賃金体系で、昇給も昇格もある。現場について誰よりも詳しくても資格があっても、働く時間が短いというだけの理由で「非正規」となり、低待遇が正当化されています。

―なぜドイツではそんなことが可能なのでしょうか。
90年代まではドイツも日本と似ていました。パートは「主婦の補助的な仕事」というイメージがあり、給料の低い仕事が与えられていました。
大きく変わったきっかけは、2001年の「パートタイム法」です。この法律によって、短く働くことは、労働者の権利になりました。男性も女性も、管理職でも裁判官でも、誰でもです。経営者は労働者の希望を実現する責務を負います。「パートは低賃金」というイメージはどんどん崩れていきました。
日本はドイツと正反対に、「現場労働者を安く使う」ことが広がり、正規と非正規の分断や処遇の格差が大きく広がってしまいました。でも、これは企業が勝手に始めたことです。だから、企業は「勝手にやめる」こともできる。変える気になれば変えられるのです。

―日本がドイツのようになったら、経営がたちゆかなくなるのでは。
日本は既成の仕組みを「絶対」と考え、その仕組みの中でなんとかしようとする人が多いですね。その結果、社会に不可欠な「エッセンシャルワーカー」とされる人たちは、構造的に過重労働と低賃金に追い込まれてしまっています。例えば訪問介護は人手不足で、スケジュールのやりくりも厳しく、賃金は上がらず、辞めていく人も増える。事業者は高い紹介料を払って人材会社から人を調達せざるを得ない。するとその分、元々働いている人にお金をまわせず、賃金は低いまま。うるおうのは人材会社だけです。
このままでは、現場で働く人が足りなくなり、サービスを受けたくても質量ともに十分に提供されなくなります。家族がやるしかなくなれば、仕事を辞めざるを得なくなるかもしれない。この悪循環を断ち切るには、人々の暮らしを現場で支える人たちの生活と仕事を守っていく必要があります。きちんとした水準の報酬のもとで、働く人が自らの希望に合わせて働く時間を選べる働き方へと、変わっていくべきです。

―「働く時間を自由に選べる正社員」で、現場が回るのでしょうか。
パートが多ければ、その分多くの人数を雇ってやりくりする。日本企業が非正規雇用を使ってやっていることと同じです。日本では長時間労働が難しい人の多くが非正規になってきましたが、非正規ではなくて「短時間働く正社員」でいいじゃないですか。「ワーク・ライフ・バランスが重要」と言っておきながら、バランスを取ろうとすると非正規になるしかないとは、おかしな話です。

池本大輔著『サッチャー』

2026年1月20日   岡本全勝

池本大輔著『サッチャー「鉄の女」の実像』(2025年、中公新書)を紹介します。
宣伝文には、次のように書かれています。
「サッチャーは、20世紀後半を代表する政治家だ。1975年に保守党党首となり、79年にはイギリス初の女性首相に就任。「鉄の女」の異名をとり、10年以上在任した。サッチャリズムと呼ばれた政策は、「英国病」を克服したと言われる一方、レーガン米大統領とともに新自由主義の急先鋒だとして批判も招いた。本書は、激動の生涯を追い、経済から外交までの政策を俯瞰したうえで、彼女の「遺産」を浮き彫りにする。」

サッチャー首相は、私にとっては同時代人でしたが、すでに歴史になりました。新書なので、若い人には適切な入門書です。
政治家の場合は、どのようにして上り詰めたかという過程もありますが、伝記として取り上げられるのは、困難なことを成し遂げたからでしょう。彼や彼女は何に対して戦ったか、どのようにして困難を乗り越えていったか、そして何を成し遂げたかです。
サッチャー首相の評価はさまざまありますが(最近も見直しがされているようです)、英国病と戦い、新自由主義的改革を進めた点では、一致しているでしょう。フォークランド紛争までは、支持率も高くなく、政権運営に苦労していたのです。労働組合との対決も、困難なことでした。それらを乗り切ることで、支持を固め、改革に進みます。

伝記について考えてみました。
伝記は、その人の一生を描くのですが、その対象に行動と内面があります。どのような環境で育ったのか、また大きな仕事を成し遂げる人格はどのようにできたかです。その際に、行動は外から見てわかりますが、内面は他者にはわかりません。本人が執筆する回顧録には書かれる場合がありますが、それも「後付け理屈」となることもあります。そして政治家の場合は、難しい判断をしなければならない場合に、どのように考えて、また周囲との関係を考えて、そのような結論に至ったか。それも重要です。
もう一つは、その人の行動を描くだけでは、評価になりません。どのような課題に対してどのような判断をしたのか、それがどのような変化を社会にもたらしたかです。本人の行動を描くだけでなく、外部への影響を描かなければなりません。ここにも「内包と外延」があります。

サッチャー首相に関しては、次のような記事も書きました。「サッチャー改革の見直し」「サッチャー首相の評価、敵は身内に