少し古くなりますが。タイの洪水で工業団地が浸水し、日系企業も操業停止に追い込まれました。企業が生産を続けるために、タイ人従業員を日本に呼び寄せて、部品の生産を始めました。
例えば12月4日の日経新聞は、電子部品会社の例を取り上げています。そこでは、タイから来た熟練工が、日本人従業員を指導していることを書いています。1989年にタイに進出して以来、技術を蓄積していて、「日本人では量産ラインを管理できない」と、日本人社長が述べています。
労働力不足を補うために、外国人労働者の入国を増やすべきか否かの議論がありました。その議論より、現実はもっと先を行っているようです。アジア各国が、経済や技術の面で日本に追いつくことは、「日本は優秀だ」と思っていた人にとっては、少々残念なことでしょう。しかし、日本が世界と共に繁栄するためには、アジア各国と日本の経済格差が縮まることが必要です。
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日本企業はアジアで稼ぐ
12月8日の日本経済新聞に、興味深いデータが載っていました。主要128企業が、どの地域で収益を上げているかのグラフです。2011年上期(4~9月)では、アジア・オセアニアで48%です。半分をアジアで稼いでいます。欧州が19%、アメリカが18%。日本(国内)は、4%でしかありません。国内が4%というのは、驚きです。もちろんこの数値は主要128社ですから、企業全体では国内比率は大きくなるでしょう。
日本の感覚
(日本の感覚)
このページでも時々紹介していた、原研哉さんの連載が、本になりました。『日本のデザイン―美意識がつくる未来』(2011年、岩波新書)です。各紙の書評でも取り上げられているので、読まれた方も多いでしょう。連載時の表題「欲望のエデュケーション」は、私にはわかりにくかったですが、この本になって理解できました。
日本人の持つ日常生活での美意識や感覚を評価し、それを伸ばすとともに世界に輸出しようという主張です。それは、繊細、丁寧、緻密、簡潔といった価値観であり、コンパクトな車や小さくても快適な住まいなどです。
日本文化というと、江戸時代以前の伝統文化、わびさび、茶道、華道、数寄屋造り、和服、日本画などが取り上げられます。この本で取り上げられているのは、「現代日本の生活文化」ともいうべきものです。すなわち芸術文化ではなく、古典文化でもありません。今の日本人の暮らしの中にある生活文化であり、都市の日本人の生活です。それは、経済発展を続ける新興国の中間層にとって、憧れなのです。
ヨーロッパの貴族やアメリカの富豪がつくった生活文化は庶民の憧れですが、それを手に入れることは多くの人にとって困難です。しかし、日本の中流家庭が手に入れた快適な生活は、新興国の人にとって手の届く目標になるでしょう。車でいえば「アメ車」でなく、日本の小型車です。ビバリーヒルズの豪邸でなく、戸建てかマンション(日本の集合住宅)での暮らしです。そこには、こぎれいなキッチン、快適なお風呂とウオッシュレットのトイレ、広くはないが居心地の良い居間(リビングルーム)、省エネの電化製品があります。
これからの日本が世界の中で生きていく際に、ヒントになることがたくさん書かれています。勉強になりました。ご一読をお勧めします。
人材の鎖国
12月3日の日経新聞の特集「ニッポンの企業力」は、日本企業の人材に関して、鎖国状態にあることを取り上げていました。高度な外国人の活用が、先進国の中で最下位なのだそうです。高等教育を受けた居住者のうち、国外から流入した外国人が占める割合は、0.7%。オーストラリアは29%、欧米主要国は10%台です。外から来る外国人に門戸を閉ざすだけでなく、外に向かっても行かない。日本人留学生の減少は、既に指摘されています。
これは、日本が高等教育や研究を、日本人だけでまかなえることができることをも意味しています。明治以来、お雇い外国人を日本人に置き換え、先進技術を輸入し、日本語で教えることができるようになったのです。大学教育、大学院教育を、自国語で行える国は少ないです(英語、フランス語、ドイツ語などを除く)。これは、大したことでしょう。
しかし、20世紀末からのグローバル化で見えたことは、鎖国状態の繁栄は難しくなったということです。技術を輸入・翻訳し、工業製品を輸出して稼ぐとともに豊かな生活を享受する。このモデルが、世界市場で勝ち残れなくなりました。
このページでも書いているように、それは企業だけでなく、政治行政の分野、社会科学系の研究教育分野でも、迫られていることだと思います。自然科学の研究者、いくつかの分野のスポーツ選手は、すでに海外でも活躍しています。そのほかの分野でも、勝負の土俵が国内から世界になったということでしょう。
牛肉自由化でどう変わったか
11月30日の朝日新聞、TPPに関する連載が、「牛肉自由化でどう変わった?」を載せていました。1991年に牛肉の輸入自由化が行われました。それまで、国が輸入枠を決めていましたが、その枠が取り払われ、関税をかけることになりました。初めは70%という高い税率でしたが、現在は38.5%です。
1990年に23万2千戸あった肉牛農家は、2010年には7万4千戸と、3分の1になりました。ところが、牛肉生産量は、55万トンから51万トンへとわずかに減っただけ。占有率も、5割から4割に下がっただけです。
なぜ生き残ったか。それは和牛の特産地のブランド化と、農家の大規模化です。200頭以上の大規模農家は、全国に2千戸あまり。農家数ではたった3%ですが、彼らが全頭数の半分である140万頭を飼っています。
効率化と高付加価値化ですね。