カテゴリーアーカイブ:社会の見方

日銀の役割と経済

2018年11月9日   岡本全勝

11月3日の朝日新聞オピニオン欄、白川方明・前日本銀行総裁の「民主主義と中央銀行」から。一部を紹介しているので、原文をお読みください。

「でも多くの人が「デフレが日本経済の最大の問題」と信じこんでしまったのはなぜでしょう」という問に。
・・・多くの国民は物価下落というより、将来の生活不安など現状への不満を表す言葉として使ったのでしょう。他方、エコノミストにとって、デフレは1930年代の大不況を連想させる恐怖感の強い言葉でした。「失われた20年」という言葉のナラティブ(物語)の心理的作用も大きかった。アジェンダ(課題)が正しく設定されなかったように感じます・・・

「正しいアジェンダとは?」には。
・・・最も重要なのは超高齢化への対応と生産性向上です。金融緩和は将来需要を前借りし、時間を買う政策。一時的な経済ショックの際、経済をひどくしないようにすることに意味があります。でもショックが一時的ではない場合、これだけでは問題は解決しません・・・

「政治がその課題に向き合わないのは、なぜでしょうか」
・・・少なからぬ政治家は問題を十分認識していますが、痛みを伴う改革は国民に不人気です。その点、金融政策は選挙と関係なく中銀が決められる。そうなると、誰も異を唱えない金融緩和が好まれがちになります。これは世界的な傾向です。経済状況が不満足でかつ低インフレ状態なら、中銀も何か行動しなければ、という心理状態に陥りやすい。社会全体の集合的圧力に支配され、みな身動きできなくなってきます・・・

「リーマン・ブラザーズを救済すれば、あれほど危機は深刻にならなかったのではないですか」との問には。
・・・難しいところです。たしかに危機が深刻化した直接の引き金は(米国の中銀である)FRBがリーマン救済の融資をしなかったことでした。FRBは担保不足を理由にしましたが、実は議会や国民の反発の声が非常に強かったからではないかと想像します。
対照的なのが1997年、日銀が山一証券の自主廃業の際、無制限の特別融資をしたケースです。日米の置かれた状況はよく似ていた。どちらも業界4位の証券会社、銀行システムはきわめて脆弱、円滑な破綻処理や公的資金の枠組みがない。政府・日銀は日本発の世界金融危機を防ぐことを優先し、日本経済の落ち込みはリーマンの時と比べ小さくできた。だがそれゆえに抜本策の採用は遅れ、問題先送りだと批判されました。
一方、リーマンのケースでは世界経済は大混乱に陥ったが、その結果として米議会もいったんは否決した危機対応の法律の承認に動き、7千億ドルの公的資金投入が可能になった。ただし失業率は大幅に上昇し、トランプ現象に象徴される社会の分断の一因にもなりました。民主主義のもとで、誰が何を、どのように決定すべきか、今も明確な答えはありません・・・

精神的な不調に苦しむアスリート

2018年11月6日   岡本全勝

11月1日の朝日新聞オピニオン欄、バスケットボール元女子日本代表主将・小磯(旧姓・浜口)典子さんの「アスリートと心の病」から。
バスケットボールの女子日本代表選手として5度のオリンピックに挑み、アトランタ(1996年)とアテネ(2004年)の2回、出場を果たした小磯さん。アスリートの心の問題への関心を訴えています。

・・・2010年に引退後、想像もしなかった自己嫌悪や絶望感に襲われ、精神的な不調に長く苦しんだからです。18歳で初めて出た1992年のバルセロナ五輪予選から引退まで、私の毎日はすべて、五輪で戦う準備の日々だったと言っても過言ではありません。ところが、引退後は、心にポッカリと穴が開いたような気がして、何も残っていない自分を痛感しました。
これは私の個人的体験ですが、燃え尽きて心を病んだり、目標をなくし生きがいを失ったりするアスリートは少なからずいる、とも聞きます。自分の経験を語ることで、見過ごされがちな選手たちの心のケアにも社会が関心を持ってくれればと思っています・・・

「その頃、息抜きとか気分転換になるような趣味は?」という問に。
・・・ありませんでした。姉の影響で小学4年からバスケを始め、高校は県内一の名門に特待生で入学し、18歳で実業団チームに。バスケで自分の生活をたてたいという必死な思いだけで、社会や会社のことなど何もわからないまま成長しました。
忘れもしない出来事があります。引退間際の欧州遠征で、生まれて初めて先輩の指示に「それは違います」と口答えしました。思いをはっきり伝えたその翌日、移動する空港の貴金属店でピンクのジュエリーが驚くほど輝いて見えたんです。ピンクがピンクに、草木の緑が鮮やかな緑に見えた。世界にはこんなに色があふれているんだと驚きました。目上の人の言うことは絶対という世界にいて、色もきちんと見えないほど、感覚が摩耗していたのかもしれません・・・

「東京五輪が2年後に迫りました。現在の盛り上がり方をどうみていますか」について。
・・・マスコミも含め、国全体で盛り上げようとするのはわかります。ただ『感動物語』があふれ過ぎていないでしょうか。諦めず努力して挫折を乗り越え、栄光をつかむ、そんな話が多くないですか。だれもが努力次第で成功者になれるというのは幻想で、現実には努力では越えられない壁が多くあります。若いアスリートが自分の努力不足が原因ととらえ、自分を追い込み、痛めつける方向へ向かうことを心配しています・・・
原文をお読みください。

時代を体現する指導者

2018年11月5日   岡本全勝

10月25日の日経新聞オピニオン欄、ギデオン・ラックマン、フォーリンア・フェアーズ・コメンテイターの「歴史に名残す? トランプ氏」から。
歴史に名を残す人物は、時代を動かした英雄の他に、時代を体現した人物もあるとの主張です。そして、トランプ大統領は後者に当たる可能性があるのです。

・・・ヘーゲルが生きていた時代の典型的な世界史的人物はナポレオンだ。ヘーゲルはナポレオンのことを「馬に乗った世界精神」と表現した。ヘーゲルの世界精神について筆者がこれまで読んだ定義の中で最もよかったのは、奇妙なことにフランスのマクロン大統領による説明だ。マクロン氏は独シュピーゲル誌によるインタビューでこう語っている。「ヘーゲルは『偉人』をその人物よりもずっと偉大な何かを実現する道具にすぎないとみていた……彼は、ある人物がしばらくの間、時代精神(世界精神)を体現することはできるものの、当人がその時必ずしもそれを明確に自覚しているわけではない、と考えていた」と。
トランプ氏がヘーゲルについて一家言あるとは思えない。だが、同氏は本能的に、ヘーゲルがまさに指摘したような自分でさえよく理解していないその時代の流れや力を体現し、それらを自分に有利に使える直観的な政治家なのかもしれない。対照的にマクロン氏は今のところ、教養はあるが、滅びつつある今の秩序を体現する存在のように見える。

では、もし将来の歴史家たちがトランプ氏を歴史的人物だと認めるとしたら、どういう意味で評価するだろうか。
まず、米国の外交方針について、エリート層の間で合意されてきた過去のやり方とは完全に決別した点が挙げられるだろう。歴代の米大統領は、米国の力が弱体化しつつあることを否定するか、ひそかに対処しようとするかのどちらかだった。だがトランプ氏は米国の凋落(ちょうらく)を認め、その流れを逆転させようとしている。手遅れにならないうちに世界秩序のルールを米国有利に書き換えようと努力する中で、米国の力を容赦なくあからさまに振るった、と、未来の歴史家は書くだろう、そして以下のように続ける。
特に、歴代大統領がみな信奉してきたグローバル化は実はひどい考え方で、それが米国の力を相対的に低下させ、国民の生活水準を押し下げてきたと同氏は断じた。30年以上にわたる実質賃金の伸び悩みや目減りを経験してきた米国民は、同氏のメッセージを受け入れた・・・

・・・一方、内政面では、未来の歴史家は、トランプ氏が米国のエリート層の見解と一般大衆の意見の間に、大きな隔たりがあることに最初に目を向けた大統領だったと記すかもしれない。移民や貿易、アイデンティティー政治(編集注、民族、宗教、社会階級など構成員のアイデンティティーに基づく社会集団の利益のために政治活動すること)などの幅広い問題を巡る考え方の違いに、だ。
同氏はこの分断を、最初は大統領候補として、その後は大統領として徹底的かつ効果的に活用した。トランプ氏は、従来の常識では政治家としては致命的といえるような言動をとってきたが、彼の本能の方が専門家の分析より優れていた。高齢(72歳)にもかかわらずニューメディアを「理解」し、ほかの政治家には及びもつかないほど見事に使いこなした――。こう記されるかもしれない・・・・

原文をお読みください。

瀧澤弘和著『現代経済学』

2018年10月31日   岡本全勝

瀧澤弘和著『現代経済学』(2018年、中公新書)が勉強になりました。帯に「20世紀半ば以降に多様化した潮流の現在とこれから」とあります。

私が大学で学んだ経済学は、近代経済学と呼ばれた、サミュエルソンであり新古典派経済学でした。ミクロとマクロです。最初は、グラフと算式が取っつきにくく、なじめませんでしたが。わかると、これはこれで面白かったです。財政学は、貝塚啓明先生の授業が、わかりやすかったです。
マルクス経済学も少しかじりましたが、早々と放棄しました。これは現実世界を分析する経済学でなく、政治だと思ったので。

ところが、本書にあるように、20世紀後半から、様々な経済学が出てきました。ゲーム理論、行動経済学、制度学派・・・。「そんなのも、経済学なんだ」と思いましたが。近年のノーベル経済学賞は、様々な理論や分析が受賞しています。
しかし、これら新しい経済学派は、新古典派に取って代わるのではなく、それを基礎としつつ範囲を広げたように見えます。それら発展した経済学派が、どのような関係にあるのか。それを知りたかったのです。p27に大まかな見取り図が書かれています。門外漢には、このような地図が欲しかったのです。

近代経済学は、理論としてはかなり完成度が高いものですが、余りに抽象化されていて、現実からは遠くなっていました。その道を進めば、算式ばかりが高度になります。しかし、それは現実経済を説明するものではなくなります。
「合理的経済人が、コストや時間がかからないという条件の下で、判断と交換を行う」という前提は抽象的すぎます。20世紀後半から始まった経済学の多様化は、その前提を取り外し、現実世界に引き戻したと考えたらよいのでしょう。

筆者が述べておられるように、本書は現在の経済学をすべて網羅してはいません。金融論、国際経済、国際金融、財政学、労働経済など、取り上げられていない経済学もあります。また、実学に近い応用経済学も、対象外です。しかし、それは欲張りというべきでしょう。

追記
ジャン・ティロール『良き社会のための経済学』(2018年、日本経済新聞出版社)も良い内容ですが、この本は分厚いですね。(2018年11月11日)

円高になっても、企業の業績は落ちない

2018年10月28日   岡本全勝

10月3日の日経新聞に、「通説を疑え」「「円高だと減益」本当? 11年で減益3回のみ」が載っていました。

・・・輸出で稼ぐ企業が多い日本。「為替が円高だと業績は減益になる」とのイメージは根強い。確かに個々の企業や事業は影響を受けるが、日本企業全体でも本当にそうなのか。
1998~2017年度の過去20年のうち、為替の年度平均が前年度に比べて円高・ドル安に振れたのは11年あった。この期間の上場企業の業績を調べてみると、意外にも「最終減益」となったのは1999、2008、11年度の3年のみにとどまった。様々な企業努力で円高のマイナス要因を吸収している姿が浮かび上がる・・・

・・・背景にあるのは、第1に海外への生産移転や原材料の現地調達だ。日本の自動車メーカーの米国での生産台数は17年で約380万台と30年前の10倍に増え、海外移転が進んでいる。
第2に、決済の工夫など為替対策の進展だ。ソニーは輸出で得た外貨収入と、輸入で生じる外貨の支払いを同じ通貨で相殺する「マリー(marry)」と呼ぶ手法を2000年以降、本格化。グループ内の為替・資金管理を一元化する会社をロンドンに設立した。
第3に、通信や建設など、為替の変動に左右されにくい非製造業が成長していることも影響していそうだ。非製造業の経常利益(金融含む)は19年3月期は26兆円の見通しで、製造業(24兆円)より多い。09年3月期以降は製造業を上回る状態が続く・・・

なるほど。「日本の経済は輸出依存」は、誤解ですね。個別企業に聞くと、業績の悪い企業は円高を理由に「困った」と主張するでしょうが、業績の良い企業は「黙っている」でしょう。原文をお読みください。