「内包と外延、ものの分析」の続きです。肝冷斎が、内包を研究することと外延を研究することの違いを、「深掘り」と「周囲確認」の違いとして絵に描いてくれました。

平原にある砦のようです、モグラ君は、敷地の中を深く掘り下げています。ニワトリ君は、物見櫓から周囲を見渡しています。どうやら、ライオンが岩陰から狙っているようです。内包と外延の違いが、よくわかります。ありがとうございます。
「内包と外延、ものの分析」の続きです。肝冷斎が、内包を研究することと外延を研究することの違いを、「深掘り」と「周囲確認」の違いとして絵に描いてくれました。

平原にある砦のようです、モグラ君は、敷地の中を深く掘り下げています。ニワトリ君は、物見櫓から周囲を見渡しています。どうやら、ライオンが岩陰から狙っているようです。内包と外延の違いが、よくわかります。ありがとうございます。
少々わかりにくい表題です。
あるものごとを解説したり分析する際に、そのものごとの内部を深く分析します。これを内包的分析と呼びましょう。もう一つは、そのものごとが社会でどのような位置を占め、どのような影響を与えたかを分析します。これを外延的分析と呼びましょう。
この2つの区分には、もっと専門的な用語があるのかもしれません。ひとまずここでは、内包と外延という対語を使っておきます。
例えば、キリスト教を学ぶ際に、聖書を読むことは内包的分析です。それに対して、キリスト教が古代ローマ、中世ヨーロッパ、新世界、そして現在社会にどのような影響を与えたかを分析するのが、外延的分析です。
交付税制度を解説する際にも、その算式を説明するのは内包的分析です。交付税制度がなぜ必要なのか、どのような成果を上げているかを説明するのが、外延的分析です。
「四角な座敷を丸く掃く」で、四角の仕事を深掘りするか、その周囲を広げて考えるかを書きました。今日の話は、この話にも通じます。
ところで、古典と言われる自然科学や社会科学の著作も、それだけを読んでいても、その著作がなぜ古典と言われるかは分かりません。後世に意味をもつ古典は、それまでにないことを書いた、あるいはそれまでの常識を打ち破り、社会を変えたのです。後世の者にとっては、その解説が必要です。
良い解説書は、対象とする物事が、どのような社会状況にあって、どのような影響を与えているかを教えてくれるものです。この項続く。
12月24日の日経新聞教育面「連載「挑む」終了 塾講師3氏が座談会(下)」から。
・・・後藤(学習塾講師、代表) 立派な自習室を用意している中学・高校もある。子供たちが塾の自習室に行くのは、家に帰りたくないからではないか。長期休暇中に3泊4日の勉強合宿を開いている。3日目の夜に「明日、家に帰りたくない人」と聞くと、かなりの子供が手を上げる。親もぴりぴりしているし、塾で得られる人間関係もある。塾は子供たちのコミュニティスペースなのだ・・・
・・・平松(塾講師、代表) 高校受験も同じだ。思春期真っ盛りで親子関係が最悪の場合、最高の癒やしは友達と話すこと。親から「塾から帰って来ない」と電話があって、後日、生徒に理由を聞いたら、友達の家の前で遅くまでおしゃべりしていた。塾で友達と話すうちにやる気が出る場面もある。
後藤 ヨーロッパ留学の経験があるが、向こうに塾はない。その代わり社会に何らかコミュニティスペースがある。日本ではその機能の一部を塾が担っている。それはそれで、いかがなものかとは思うが……・・・
担当者(横山晋一郎・編集委員)が、塾の効用について評価したあと、次のように述べています。
・・・一方で「学校は何をしているのか」という思いも募った。受験勉強に特化できる塾と、「知徳体」にまんべんなく重点を置く学校では、背負っているものが違う。それは分かっていても、塾通いの現状を前に、学校のふがいなさを感じてしまう。これでは、学校は「勉強以外のことをする場所」になりかねない・・・
塾が暗いものではなく、生徒たちに居場所、勉強の場所をつくっていることが分かります。しかし、指摘されているように、学校は何をしているのでしょうか。このような座談会に、文科省、教育委員会、学校の先生が参加して欲しいです。
「中国 改革開放政策40年」の続きです。
10月23日の朝日新聞「鄧小平氏40年前にみた日本経済」に、次のような記述も載っています。
・・・東京から京都まで新幹線に乗車した際は「まるで首の後ろから金づちで打たれているようなすごいスピードを感じる」と感嘆。後に田島さん(当時の外務省中国課長)が中国側同行者から聞いたところでは、鄧氏はここでも「これは現在我々に求められているスピードだ。近代化が何であるかわかった」と述べた・・・
この話から、夏目漱石と比べました。
・・・汽車程二十世紀の文明を代表するものはあるまい。何百と云ふ人間を同じ箱へ詰めて轟と通る。情け容赦はない。詰め込まれた人間は皆同程度の速力で、同一の停車場へとまつてさうして、同様に蒸気の恩沢に浴さねばならぬ。人は汽車へ乗ると云ふ。余は積み込まれると云ふ。人は汽車で行くと云ふ。余は運搬されると云ふ。汽車程個性を軽蔑したものはない。文明はあらゆる限りの手段をつくして、個性を発達せしめたる後、あらゆる限りの方法によつて此個性を踏み付け様とする・・・(夏目漱石『草枕』1906年)
19世紀半ばに開国し、近代国家への脱皮を急いだ明治日本。漱石の記述は、それから半世紀が経ち、日露戦争に勝利した時期です。近代文明の本質を喝破しています。
さらにそれから70年、近代国家への発展に遅れた中国指導者が、日本を見て、「30年遅れた」と発言します。その際に、新幹線が象徴になっています。漱石とは違い「まるで首の後ろから金づちで打たれているようなすごいスピードを感じる」と思い、「スピード」を取り上げます。
鄧小平は若き日にフランスに留学していますから、西欧文明、汽車は十分に知っています。
漱石の近代文明は、人の個性を抑え、みんなを一緒に運んでいきます。鄧小平の現代文明は、みんなを後ろから金づちで打って、急がせます。
漱石の記述は、どこに書いてあったか思い出せず。『私の個人主義』かと思ってページを繰りましたが、見つからず。インターネットで検索したら、すぐにでてきました。便利なものです。「百年で読み直す漱石の文明批評」
「中国改革開放の40年」はさらに次へ。
中国が、改革開放政策に転じてから40年です。各紙が、この間の発展ぶりを伝えています。
「中国では、40年前の12月18日から始まった共産党の重要会議で改革開放政策の実施を決定し、計画経済から市場経済への移行を進め、GDP=国内総生産が人民元建てで200倍以上に増加する飛躍的な発展を実現しました」(NHKニュース)。
12月19日の朝日新聞によると、1978年から2017年の間に、国内総生産は225倍、世界経済に占める割合は1.8%から15.2%になりました。一人当たり可処分所得は、152倍に、平均年齢は67.8歳から76.7歳に約9歳伸びました。
鄧小平が、歴史的な大転換を決断しました。1978年10月に日本を訪問し、1週間にわたって日本を視察しました。東海道新幹線に乗り、新日鉄や松下電機の工場を視察したことは有名です。
10月23日の朝日新聞国際面に、「鄧小平氏40年前にみた日本経済」という印象的な記事が載っていました。10月25日に日本記者クラブで記者会見をしました。「日本は歴史上多くのことを中国から学んできた」との記者の問いかけに、鄧氏は次のように答えます。
「いまは逆だ。30年の遅れを取った」。人差し指でこめかみ辺りをトントンとたたき、「ここが足りないんですよ。お国も含めて教育してもらわないといけない」。
確かに、大成功の40年でした。もっとも、後進国の驚異的な経済発展、その第一号は日本です。韓国を初めとする東南アジア各国が続き、そして中国が続きました。下に付けた図をご覧ください。私が著作や講演で使っている、一人当たり国内総生産の伸びの比較です。日本が、アメリカやフランスに追いついた過程と、韓国と中国が20年から40年遅れで日本と同じような過程をたどっていることがよくわかります(この図については、「経済成長の軌跡」)。この項続く。