カテゴリーアーカイブ:社会の見方

市場と情報化が追い立てる競争と不安

2019年3月7日   岡本全勝

3月1日の朝日新聞オピニオン欄、佐伯啓思さんの「平成の終わりに思う にぎやかさの裏、漂う不安」から。

・・・この数年間で、市場競争はますますグローバルな規模へと拡張し、情報関係のイノベーションはさらに加速した。つまり、世界の国や人々の間の空間的な距離は縮まり、新しい技術開発はいっそう短時間になっている。その結果、一方では人々にグローバルな舞台が用意されると同時に、そのためにかつてない競争圧力にさらされ、イノベーションの加速は、これも人々に新たな可能性を開くと同時に、たえず時間との闘いを強いている。社会の流れについていけない者は多大なストレスを受けざるを得ないし、この変化と競争の真ん中にいる者も、もはや抜けだすことのできないメカニズムの自動運動のなかで疲れはててゆく・・・

・・・グローバリズムとイノベーションが一気に加速し、人々の自由は拡大し、カネもモノもあふれるなかで、人々が生きにくさを感じるのも当然だろう。自然に寄りかかれた価値や道徳観の崩壊、家族や地域や信用できる仲間集団の衰退、数値化できない人格的なものや教養的なものへの信頼の失墜、言論の自由の真っただ中でのPC(ポリティカル・コレクトネス=政治的正しさ)的正義による言論圧迫、それに対抗するかのような言いたい放題のSNS。「バベルの塔」に似せて言えば、神が人々に自由(好きな言葉をしゃべる自由)を与えた結果、言葉はもはや通じず(共通の規律や規範がなくなり)、バベルの塔はそのまま放置された、とでも言いたくなる・・・

人口減少への対応

2019年3月5日   岡本全勝

2月25日の日経新聞経済教室は、浦上拓也・近畿大学教授の「老朽化するインフラ 水道、広域・官民連携に活路」でした。

・・・厚生労働省は経営基盤強化を目的に水道法を改正した。主なポイントは、(1)法律の目的を水道の計画的な整備から水道の基盤強化に変更(2)国・都道府県・事業者の責務の明確化(3)広域連携・官民連携の推進の明示――の3つだ。
(1)については、水道が普及・拡大の時代から維持・管理の時代に移行したと宣言したといえる。20世紀は水道をつくるための技術が問われた時代だった。21世紀は水道を維持するためのマネジメント力がより一層重要となる・・・

日本の行政が、明治以来歩んできた「普及・発展」から、「維持・管理」の時代に変わったことが、よくわかります。人口は、2010年から減少し始めました。
さらに、「縮小・撤退」の分野も出てきます。これは、あまり楽しい話ではありませんが、避けて通ることはできません。
普及・発展は、研究者や企業が参入します。しかし、縮小・撤退は企業は「参入しない」ので、行政が責任を持って行わなければなりません。

山奥を訪れる外国人

2019年3月5日   岡本全勝

2月25日の福島民友新聞に「奥会津に訪日客急増」という記事が載っていました。
昨年1年間に奥会津7町村の宿泊施設に泊まった外国人は、延べ2153人で、前年比1.7倍だそうです。
7町村は、柳津、三島、金山、昭和、只見、南会津、檜枝岐です。
2015年には459人だったのが、3年で5倍近くに増えています。
JR只見線から眺める絶景や、情緒あふれる温泉を目当てに、訪れるのだそうです。
会津若松へは行った人もあるでしょうが、そこからさらに山奥です。日本人もあまり行かないところです。

奥会津に押し寄せる外国人、只見線はラッシュ状態」という記事を見つけました。

居心地良い「日本人どうし」を抜け出す

2019年3月3日   岡本全勝

2月28日の読売新聞解説欄、エマニュエル・トッドさん(フランスの歴史人口学者)の「「日本人どうし」抜け出せ」から。

・・・日本はなぜ移民を拒むのでしょう。人種差別主義、あるいは外国人嫌いなのでしょうか。やがて私は問題の核心を理解します。外国人を敵視するのではなく、日本人どうしでいる状態を失うことが怖いのです。日本人どうしの居心地は申し分なく、幸せなのです。日本社会は自己完結の域に達していると言えます。
それは極めて特殊です。フランスの場合、誰もが身勝手で不作法。フランス人どうしでいると不愉快になります。だから移民受け入れに特段の不安はなかった・・・
・・・人口危機は数十年の潜伏期を経て発現し、一気に激化します。合計特殊出生率の極めて低い状態が何十年も続く日本は今や危機に瀕しています。私見では「日本人どうし」に固執する先には衰退しかない・・・

・・・第三に、多文化主義は採用しない方がいい。
欧州ではかつて英国やドイツが多文化主義を唱えていましたが、いずれも「共存」に失敗し、もはや旗を振っていない。ある国で主流の言語・文化は主流であり続ける必要があります。日本は日本語・日本文化を主流として、どうか主義を取るべきです・・
原文をお読みください。

山崎正和さん「平成と日本人」

2019年2月27日   岡本全勝

2月24日の読売新聞1面コラム「平成と日本人 激動期経て生き方に変化」で、山崎正和さんが、鋭い分析をしておられます。

・・・他方、平成の30年は自然災害と経済低迷によって、いわば両手打ちを食らって手荒く始まった。災害と経済には似たところがあって、どちらも人為の力で対処できない面がある。人が自分の生き方を変え、環境と運命に適合していく知恵が必要になるのである。
その点、平成の日本人は災害について素晴らしい反応を見せた。阪神淡路、東日本、熊本などの大震災、中国地方の水害を含めて、平成の災害では全国規模の市民の自発的支援活動が一般化した。年齢や階層を問わぬ市民が私費で参加し、それを周旋、組織する専門家の民間活動団体(NPO)も結成された。明治以来の近代社会の中で、血縁地縁によらない相互扶助が習慣化したのは最初ではないだろうか。

これに対して経済の方は、不況、低成長を長らく嘆かれながら、それにしてはよく安定しているというのが、庶民の実感だと言えそうである。失業者数も少なく、倒産社数も突出せず、住宅や高額商品のローン負債者の群れも目立たない。何と言っても、アメリカや中国のような所得格差の天文学的な開きは日本には認められないのである。

明らかに経済の面でも、日本人は平成の直前頃から生き方を変え、大量生産、効率主義からの自発的な転換を図っていた。物質の消費よりは情報の享受に関心を持ち、趣味、観光、スポーツなど、文化活動により多くの時間を費やす傾向を強めてきた・・・

・・・平成の30年を見渡したとき、GDPを比較すると日本の国力が相対的に低下したことは疑いない。日米中の3国の動向を比較しても、そのことははっきりしている。GDP至上主義者は落胆するだろうが、その代わり、今日の日本には明治以来のいつの時代にもなかった、誇るべき国威が新しく芽生えているように思われてならない。
ほかでもなく、日本人が今風に言えば「生きざま」を変えて、生活の文化を磨き、他人への配慮を強め、社会関係の質を高めようとしてきたことの結実である・・・

山崎先生の評論は、いつものことですが、視野の広いそして鋭い分析に脱帽します。原文をお読みください。