カテゴリーアーカイブ:社会の見方

商店街の変遷

2019年8月19日   岡本全勝

家の蛍光器具を取り替えてもらった電気屋さんは、近くの商店街にあります。私より干支で一回り上の「高齢者」(本人の談)です。
お父さんの代から90年間、店を開いているとのこと。昭和の初めですね。その店も、ゆかりの人の店を引き継いだので、初めは大正時代とのこと。
この近所のことを、いろいろと教えてくれました。

わが家の近く、高円寺駅から新高円寺駅まで、ほぼ1キロの商店街が続いています。そこに、電気屋さんが2軒あります。
おじさんに聞くと、かつては12軒の電気屋があったそうです。「量販店ができて、町の電気屋さんは少なくなりましたね」と言うと、「いえ、後継者いないからです」とのこと。おじさんの家も、跡継ぎはいないようです。

薬屋さんも近くに数軒あるのですが、なじみの薬屋の親父さんに聞くと、「かつてはもっとたくさんあった」とのことです。

歴史の見方、思想が動かすか情念が動かすか

2019年8月16日   岡本全勝

歴史の見方、指導者の歴史と民衆の歴史」の続きです。
もう一つの区分に、歴史は理念で動くとみるのか、情念が動かすとみるのか、があります。
思想の歴史といった書物を読むと、哲学者の思想が並んでいます。確かに、彼らの思想が社会を動かしたこともありますが、大衆はそれを知らなかったことも多いです。
江戸時代の思想とか、昭和時代の思想といった場合、大学で講義されていた思想や書物に表されていた思想は、それぞれの時代の思想の一部でしかありません。というより、大衆からは離れ、ごく一部の人の思想だったでしょう。本屋に並んでいるのは、(ヨーロッパから輸入した)最先端の思想書です。

確かに、ルソーやモンテスキューの思想が、近代市民革命の思想的基盤になったのでしょう。しかし、フランス革命とナポレオンを支えた民衆は、そのような思想ではなく、情念で動いていたと思います。また、フィレンツェで、サボナローラの神権政治を支えた市民も、たぶん情念で動いていたのでしょう。
民衆だけでなく、指導者にあっても、鹿島茂さんが『ナポレオン フーシェ タレーラン 情念戦争1789-1815』で描いたように、情念で動いているようです
情念が時代を動かす

歴史の見方、指導者の歴史と民衆の歴史

2019年8月15日   岡本全勝

歴史を語るときに、エリートや指導者を見るのか、民衆を見るのかの違いがあります。前者は、王様や英雄を語ることで、歴史を書きます。後者は、社会の変化を見ます。
これまでの歴史学は政治史が中心で、前者に偏っていました。年表は支配者の交代で時代が区切られ、記述も戦争や支配形態が主でした。読み物も、英雄の伝記が多かったです。

それはそれで面白いのですが。政治史では、民衆がどのような暮らしをしていたのか、どのような変化があったのかわかりません。
王様が交代しても、民衆はほとんど変わらない生活をしていたのでしょうね。他方で、生産技術の向上、思想や信仰の変化、生活はどのように変わったのか。そのようなことを知りたいです。社会史や文化史の視点が必要です。
この項続く

歴史の見方の変化」「加藤秀俊著『社会学』」「覇権国家イギリスを作った仕組み、10。エリート文化と民衆文化

採点の難しさ

2019年8月4日   岡本全勝

東京大学出版会のPR誌『UP』8月号、松原望先生の「テスト・リテラシー 教育にテスト結果を生かそう」に、次のような話が載っています。

アメリカの例(1912年-13年)ですが、6年生の人文地理の記述式答案に対する、557人の教師による採点結果です。
同一の答案なのに、89点をつけた先生から、38点をつけた先生まで、開きがあります。この2人だけが極端なのではなく、この間に555人の先生が分布しています。これにはびっくりです。生徒はもっとびっくり、がっかりしたでしょう。
評価の基準を明らかにしておかないと、このようなことも起こるのでしょうね。

「ヒトラーの時代」

2019年8月2日   岡本全勝

池内紀著『ヒトラーの時代 ドイツ国民はなぜ独裁者に熱狂したのか』(2019年、中公新書)を読みました。帯にあるように、政界デビューから人気絶頂期まで、1925年から1939年までの15年間です。

第2次世界大戦を引き起こし、ユダヤ人の大虐殺を行った「希代の悪人」です。それが、20世紀のドイツに、そして当時最も民主的と言われたワイマール憲法の下に現れます。政治と行政の大した経験もなく、「民主的手続き」で独裁者になります。そして驚くべき蛮行を実行します。
どうして、ドイツ国民は彼を選び、熱狂的に支持し、蛮行に手を汚したか。これまでに、多くの研究や書物が出ています。この本は、新書版という小さな、だから読みやすい形で、分析しています。

なんと言っても、第1次世界大戦後の、ドイツの天文学的インフレ、社会の混乱、そして秩序をもたらさない政府が、ヒトラーの出現を許した背景でしょう。
彼が政権に就いてから、次々と良い政策を行います。インフレの沈静、大量の失業者の解消、社会保障、労働者保護などなど。労働者への旅行の提供、フォルクスワーゲン・アウトバーン・国民ラジオ、そして(格好良い)制服などなど。国民に取り入る政策や文化の数々が紹介されます。それらがなくては、独裁だけでは政権は長持ちしなかったでしょう。
国民への宣伝にも、これまでにない新機軸を打ち出しましたが、宣伝だけで国民の支持を得て、そしてつなぎ止めることは難しいでしょう。
4年で政権を退いていたら(死んでいたら)、ドイツ史上最も偉大な人物として歴史に残っただろう、という意見もあります。

しかし、それら新政策と同時に、異論を許さない全体主義国家、ナチス以外を認めない一党独裁、収容所建設を進めていたのです。彼が発案した、あるいは指導したとしても、それを受け入れ実行した多くの国民がいたからこそ、実現したものです。
それらに手を貸した人たち、また見て見ぬふりをした人たち。残念ながら新書版の大きさでは、それらを望むのは、無い物ねだりですね。