カテゴリーアーカイブ:社会の見方

データ量、エクサバイト、ゼタバイト

2019年8月20日   岡本全勝

8月15日の読売新聞解説欄「データ爆発時代に生きる」に、データの量を量る単位が載っていました。1単位は、バイト(B)です(もっとも、一番小さな単位はビットで、1バイトは8ビットです)。忘れないように、引用しておきます。

1000バイト=1キロバイトKB 400字詰め原稿(0.8KB)
1000キロバイト=1メガバイトMB=100万バイト シェークスピア全著作(5MB)
1000メガバイト=1ギガバイトGB=10億バイト CD(0.7GB)
1000ギガバイト=1テラバイトTB=1兆バイト ノートパソコンのハードディスク(1TB)
1000テラバイト=1ペタバイトPB=1000兆バイト 3D映画アバターに使われた記憶装置(1PB)
1000ペタバイト=1エクサバイトEB=100京バイト 巨大IT企業が保管しているデータ量
1000エクサバイト=1ゼタバイトZB=10垓バイト 地球をすっぽり覆う1ミリ方眼紙のマス目すべてに全角文字を書いたデータ量

デフレの原因、経験に基づいて将来を予測する

2019年8月20日   岡本全勝

8月9日の日経新聞経済教室、渡辺努・東京大学教授物の「物価停滞の実相 若年層のデフレ経験が増幅」から。

・・・物価は幾分上昇の兆しがみえるものの、消費者物価が毎年2%上昇する状態を実現するとの日銀の物価目標は未達であり、めども立っていない。日銀の見込み違いはどこにあったのか。
異次元緩和の初期には、日銀がインフレを起こすと宣言しさえすれば、人々は将来物価が上がると予想し始め、そうなれば消費者はある程度の物価上昇を受容し、企業も値上げに踏み切ると考えられていた。筆者も含め学界主流派もその考えを支持していた。だが実際には「言葉」ではデフレ脱却を果たせなかった。
日銀の言葉は市場参加者には確かに伝わった。実際、異次元緩和の開始直後には将来のインフレを織り込む形で市場金利が急上昇した。しかしデフレ脱却に必要なのは企業や消費者が行動を変えることであり、日銀が言葉を届けるべきは企業経営者や消費者だった・・・

・・・どこに勘違いがあるのか。筆者がジェス・ダイヤモンド法政大准教授、渡辺広太キヤノングローバル戦略研究所研究員と立てた仮説は、言葉でも事実でもなく「経験」がインフレ期待を決めるというものだ。
ある人のインフレ期待はその人がこれまで経験してきたインフレに左右されるという仮説だ。例えば50代の人は1970年代の石油危機時のインフレを経験している。さらにその上の世代は戦後まもなくのハイパーインフレを実体験した。前述のアンケート調査によれば、これら世代のインフレ期待は異次元緩和に反応してしっかり上昇した。
一方、80~90年代生まれの世代は、インフレ期待が上がっていない。なぜか。生まれてこの方、デフレしか経験していないからだ・・・

原文をお読みください。

人類進化の理由

2019年8月19日   岡本全勝

人類が、どのようにサルから分かれて進化したか。興味がありますよね。さらには、生物の進化、日本人がどこから来たかも。私も、これまで何冊かの本を読みました。
8月10日の日経新聞夕刊、親子スクール「人類はいつ生まれたの」に、近年の研究成果を踏まえて、簡単に整理されていました。

一番のなぞは、二本足歩行、脳の発達、言語の習得でしょう。一番と言いながら、三つもありますが。
かつては、私たちのご先祖様は、他のサルとの争いに負けて森から追い出され、草原で生きていくようになった。その際、立っていると遠くが見えたとか、逃げるのに速かったから二本足になったと言われました。
その説もそれなりに納得したのですが、二本足で逃げるのと四本足で逃げるのには、そんな差がありませんよね。どちらにしても、すぐに疲れるし。直立したから、脳が大きくなったのではないでしょう。

最近有力な説は、オスがメスにあげる食料を、手に持って運んだからだそうです。チンパンジーは、メスをめぐってオス同士が争います。人類は、オスとメスが一組のペアになりました。そこで、オス同士の争いより、メスの気を引く方が重要になったのだそうです。
取っ組み合いより、貢ぎ物と挨拶です。気に入られるために、知恵も必要になります。

草原が人類を生んだという環境原因説より、オスがメスの気を引くためという社会原因説の方が、面白いですよね。
おかげで、700万年後の子孫である私たちオスも、メスのためにせっせと働いて、気に入られようとしています。男女は同権だと主張しても、生物的社会的に、オスは弱いものですわ。続く。

商店街の変遷

2019年8月19日   岡本全勝

家の蛍光器具を取り替えてもらった電気屋さんは、近くの商店街にあります。私より干支で一回り上の「高齢者」(本人の談)です。
お父さんの代から90年間、店を開いているとのこと。昭和の初めですね。その店も、ゆかりの人の店を引き継いだので、初めは大正時代とのこと。
この近所のことを、いろいろと教えてくれました。

わが家の近く、高円寺駅から新高円寺駅まで、ほぼ1キロの商店街が続いています。そこに、電気屋さんが2軒あります。
おじさんに聞くと、かつては12軒の電気屋があったそうです。「量販店ができて、町の電気屋さんは少なくなりましたね」と言うと、「いえ、後継者いないからです」とのこと。おじさんの家も、跡継ぎはいないようです。

薬屋さんも近くに数軒あるのですが、なじみの薬屋の親父さんに聞くと、「かつてはもっとたくさんあった」とのことです。

歴史の見方、思想が動かすか情念が動かすか

2019年8月16日   岡本全勝

歴史の見方、指導者の歴史と民衆の歴史」の続きです。
もう一つの区分に、歴史は理念で動くとみるのか、情念が動かすとみるのか、があります。
思想の歴史といった書物を読むと、哲学者の思想が並んでいます。確かに、彼らの思想が社会を動かしたこともありますが、大衆はそれを知らなかったことも多いです。
江戸時代の思想とか、昭和時代の思想といった場合、大学で講義されていた思想や書物に表されていた思想は、それぞれの時代の思想の一部でしかありません。というより、大衆からは離れ、ごく一部の人の思想だったでしょう。本屋に並んでいるのは、(ヨーロッパから輸入した)最先端の思想書です。

確かに、ルソーやモンテスキューの思想が、近代市民革命の思想的基盤になったのでしょう。しかし、フランス革命とナポレオンを支えた民衆は、そのような思想ではなく、情念で動いていたと思います。また、フィレンツェで、サボナローラの神権政治を支えた市民も、たぶん情念で動いていたのでしょう。
民衆だけでなく、指導者にあっても、鹿島茂さんが『ナポレオン フーシェ タレーラン 情念戦争1789-1815』で描いたように、情念で動いているようです
情念が時代を動かす