カテゴリーアーカイブ:社会の見方

育児休暇、日本とアメリカ

2022年2月8日   岡本全勝

2月6日の日経新聞「風見鶏」は、山内菜穗子記者(ニューヨーク)の「育休が映す日米の未来」でした。
・・・育児休業法の施行から30年がたつ日本からみれば、驚きかもしれない。
経済協力開発機構(OECD)加盟国で唯一、政府として有給の産休・育休制度がない国がある。米国だ。バイデン大統領は大型歳出・歳入法案の一部として有給の家族休業創設をめざすが、成立のめどは立たない・・・
なぜ、アメリカでは、産休と育休がないのか。その背景は、記事をお読みください。

もう一つ、重要な指摘があります。
国連児童基金(ユニセフ)の調べでは、日本の育休制度は先進国で1位の評価をもらっています。これは意外でした。
ただし、この話には続きがあります。制度は立派なのですが、男性の取得が進まないとも指摘されています。課題は、制度とともに、運用です。

「人手不足で育休取得が進まない」との意見もあります。しかし、育休だけでなく、(家族を含めた)コロナ感染や介護などで、従業員が休まざるを得ない場合が増えています。安心して働き続けるために休暇を取りやすくすることが、人材確保にもなります。

失われた30年からの脱出

2022年2月7日   岡本全勝

1月30日の読売新聞1面コラム「地球を読む」、伊藤元重先生の「「新しい資本主義」「失われた30年」構造不況」から。

・・・1990年代にバブル経済が崩壊してから日本経済はジリ貧が続き、「失われた30年」とも言われる。低成長・低金利・低インフレ(デフレ)の3点セットである。顕著なのは、賃金の低迷、中間所得層の弱体化、所得格差の広がりで、長期停滞と呼ぶこともある。要するに、単に景気が悪化したというよりも、経済全体に構造的な問題があるということだ。
旧来の資本主義経済を擁護する人は、市場経済メカニズムが持つ資源配分機能や成長 牽引力を強調した。こうした考えをもとに日本でも規制緩和が進められ、市場経済をより有効に機能させるために多くの改革が実施された。これらの改革に意味がなかったわけではないが、その結末が「失われた30年」でもある・・・

・・・ただ、1970年代のインフレの経験を通じて、新古典派は、ケインズ的な過剰な政策的介入には好ましくない面も多いと、批判を展開した。そうした論争の中で、新古典派をさらに先鋭化させた市場原理主義の考え方が広がった。
しかし、日本に続いて世界の主要国が構造不況に陥ると、ケインズ的な考え方が復調してきた。日本でも、アベノミクスによる需要喚起策が効果をあげた。コロナ危機に際しては、多くの国がケインズ的な需要喚起策に頼っている。
財政や金融政策による需要喚起は、カンフル剤としての効果は期待できるが、経済の構造を変える力はない。日本の潜在成長率が依然として低迷を続けていることが、それを裏付けている・・・

・・・日本経済の構造を変えないと、人々が望む成果は期待できない。低成長やデフレ状況が続くだけでなく、貧困の広がりや中間層の弱体化などの多くの問題が、抜本改革を迫られよう。
ケインズ政策の基本が、政府や中央銀行による需要刺激策であるとすれば、今求められるのはそれだけではない。経済構造を変えるには供給サイドのテコ入れが必要となる。
ただ市場に委ねればいいという新古典派への批判も多い。供給サイドの構造を変えるには政府による何らかの関与が求められる。
供給サイドの基本は、経済の成長力を示す潜在成長率である。これを高める方策は、労働増加、資本増加、生産性の上昇の三つしかない。高い成長を目指すことに抵抗感を持つ人もいるだろう。しかし、日本経済の成長率を上げないと、賃金上昇も、安心できる社会保障制度も実現できない・・・

続きは原文をお読みください。

コロナとワープロが加速する日本語の乱れ

2022年2月6日   岡本全勝

1月29日の朝日新聞夕刊、石川九楊さんのインタビュー「日本語の乱れ、コロナで加速?」から。

石川さんは、新型コロナウイルスの感染拡大によって、「日本語の乱れが加速し、それがあらわになりつつある」と語る。
「和製英語のウィズコロナとか、旅に行くという意味のtravelという単語に、行くという意味のgoをさらにくっつけたGoToトラベルとか、今までなら考えられなかったような言葉が使われるようになりました。エビデンスやファクトもよく聞きますが、どうして証拠や事実と言えないのか。業界の中でやりとりする分にはそれでいいのかもしれませんが、一般の人に向けて話す際は、言葉を置き換えるのがこれまでの常識でした。なぜ、そこまで日本語を傷めつけるのでしょう」

石川さんはこうした日本語の崩壊や乖離は「私たちが文字を書かなくなったことと密接な関係がある」と指摘する。
「今回の感染拡大に際して、欧米などにマスクを嫌う人たちが相当数いるのが明らかになりましたが、あれほどマスクを拒絶するのは、彼らの意思疎通が話し言葉を中心としているため、口が動いているのを見ないと、言葉の真意が伝わって来ないと感じるからなのです。これに対し、中国や日本などの東アジア世界では、言葉は書くことによって根拠づけられている。『口約束』という言葉があるように、話し言葉だけでは軽んじられてしまうのです」
「キリスト教世界の人々は話す際に神を意識している。一方、東アジアではタテに書くという行為を通じて初めて天を意識する。だから、書くことが行われなくなると、言葉の信憑性は失われ、言葉は崩壊してしまう。まさに今の状況です」

現代社会では手で書く機会が減り、活字などがとって代わっているが、石川さんは「声が肉声であるように、『肉文字』こそが文字であり、活字は文字ではありません」と話す。そこには一点一画を書くという膨大な思考と創造がないからだ。
「文字は点画を連ねて書いていくから文字になる。『愛』と自ら書くのと、アルファベットでaiと打ち込み、それを何回か変換して『愛』という言葉を選択するのはまったく違う」
変換で想定と違う言葉が出てきた場合、「そちらに意識が引っ張られる可能性があるのも問題」という。たとえば「海」をイメージしてumiと打ち込み、変換を行った際、「膿」という文字が出てきてしまったら、「それまで抱いていたイメージの連続性が消えてしまってもおかしくない」と語る。
「ぼくはワープロやパソコンを使うようになって日本の文学が変質してきたと感じています。先人は手で書くことによって、数々の文学作品を生み出してきた。スポーツとeスポーツは別物。今の文学が従来とは異質な『e文学』になっていないと誰が言えるでしょう」

スマホを机に置くだけで勉強を阻害する

2022年2月5日   岡本全勝

1月30日の読売新聞「ONLINEシンポジウム 教育の急激なデジタル化の問題を考える」の続きです。認識神経科学研究家のミシェル・デミュルジェさんの発言から。

・・・子どもたちがデジタル画面を前向きなことに使うなら、問題はありません。(研究から)わかったのは、大半を「娯楽」に費やし、12歳以下は90%以上でゲームや動画、13歳から次第にSNSを使うようになるということです。
デジタル画面に費やす時間が長いと、学業成績は落ちます。睡眠時間が短くなり、睡眠の質も悪くなります。授業中に居眠りして、衝動的で攻撃的になり、家庭学習の時間も減ります。

もちろん、コンピューターの使い方は教えなくてはいけません。しかし、「デジタル・ネイティブ」は幻想です。子どもたちが動画・写真共有といったシンプルなアプリを使えるだけで、高度な情報技術や計算能力を持つユーザーと思われていますが、違います。研究によると、高度なソフトを使う能力は極めて低いのです。
「子ども1人に1台の端末を」という国際的プログラムがあります。スペイン・カタルーニャ地方の最新の研究では、驚くことに、端末を受け取った子どもは、そうでない子どもより全科目で成績が低い。
子どもたちは端末を学ぶために使わず、授業中にSNSや動画を見ており、授業を聞いていない時間は全体の40~80%。費用がかかる一方、あまり効率的でないと証明されたのです。

興味深い研究があります。授業でスマホをオフにして机の上に置いた場合と、手元にスマホがない場合を比較しました。すると、机に置くだけで、テストの間違いが増え、授業の理解度も低くなったのです。
SNS運営会社の元幹部らによると、「見逃しの恐怖(Fearof missing out)」で、脳は「スマホを確認するべきだ」と指令し続けます。脳の働きに時間を奪われ、精神的に消耗するのです。

自分の頭で考えなくするインターネット

2022年2月4日   岡本全勝

1月30日の読売新聞「ONLINEシンポジウム 教育の急激なデジタル化の問題を考える」が、勉強になりました。東大教授の酒井邦嘉さん(言語脳科学)と国際ジャーナリストの堤未果さんです。

――昨年6月に当時の文科相が「デジタル教科書と紙の併用」を表明しました。紙とデジタルで、脳の働きに差はありますか。
酒井 受容の仕方で脳の反応が変わります。日常的なスケジュール管理を再現して、〈1〉スマホに打つ場合〈2〉タブレットにペンで書く場合〈3〉紙の手帳に書く場合――を比べました。〈3〉が最も速く、簡単な内容なら、紙の手帳に書いた方がほぼ完璧に思い出せました。一方、〈1〉〈2〉のデジタル機器は個人差が大きくなりました。脳の活動は、記憶に関係する海馬だけでなく、視覚野や言語野の反応にも差が出ました。脳に記憶した内容を思い出す時は色々な手がかりを使いますが、言葉だけで覚えているわけではなく、どこに書いてあったか脳の中で空間的に再現し、それを頼りに探したりできるのです。

――電子書籍を読んだ後、どこで読んだ内容か、すぐに探せなかったり、明確に思い出せなかったりした時がありました。
酒井 紙の方が手がかりが多く、場所を自然と記憶できます。小説を文庫本で読み、登場人物が最初に出てきた所を探す時、ページの位置で大体の見当がつくでしょう。デジタルのスクロールバーでたどり着くのは大変です。紙の本は形状記憶もでき、じっくり読んだ所がすぐ出てくる。各ページに個性がない電子書籍は不利です。デジタル教科書も、どこに何が書いてあったか思い出せないようでは、大問題です。学習はわからない所を見返し、読み直すことが大切で、紙の効果は大きいのです。

――タブレットのアプリが子どもの理解に沿って次の学習を示す「個別最適化学習」については。
堤 「タブレットはすぐ答えをくれるし、自分の頭で考えなくていい」。ある小学生の言葉です。スピードには中毒性があり、慣れてしまうと答えが出ない時にイライラし、「なぜ」と立ち止まって考えられなくなる。個別最適化にすることで、教室で先生や速い子が遅い子に教える相互学習の機会も失われるでしょう。教育の質とスピードは、決してパラレルではないことを忘れてはなりません。

――情報があふれ、考えなくても答えを得られることが確かにあります。
酒井 機械やAI(人工知能)を安易に使うことは「考えなくていい」と教えているようなものです。教育は決して効率ではない。「無駄こそ命」です。同じ状況が繰り返し来た時、初めて脳は学習し、「そうか、同じ状況だ」と前の知識を活用しようとします。だから、学習プログラムは、現場に精通した人が作らなければいけません。理解度によって進度は大きく違い、一人ひとり、必要な繰り返し学習の頻度や回数も違います。最適化は困難です。

堤 検索サイトやSNSは退屈しないよう、常に刺激を与えて長時間見させることで利益を得るビジネスモデルです。でも実は、刺激がなく退屈した時にこそ、子どもは創造性を使って面白い遊びを始めるのです。低学年、初等教育ほど「退屈な時間」は大切ではないでしょうか。