カテゴリーアーカイブ:社会の見方

ナホトカ号事件、ボランティアによる重油回収

2022年10月18日   岡本全勝

10月9日の読売新聞「あれから」は「よみがえれ日本海」は、1997年に起きたナホトカ号沈没による重油汚染と、ボランティア活動による重油回収を取り上げていました。
もう25年にもなるのですね。若い人は、知らないでしょう。1995年の阪神・淡路大震災でボランティア活動が社会に認識されましたが、ナホトカ号の重油回収もまたボランティア活動を世の中に知らしめた事件でした。

私は当時、富山県総務部長でした。重油は福井県と石川県沿岸に漂着し、富山湾にはまだ入っていませんでした。重油が能登半島の先を越えると、富山湾に入って、大変なことになると説明を受けました。
沖合では自衛艦が出て、汲み取ってくれました。知事と相談して、自衛艦にバナナなどを差し入れに行きました。吃水が高い自衛艦では、作業は困難だということでした。
県庁内からも、石川県沿岸での重油回収作業に応援に行こうという声が出て、ボランティアを募り、県庁でバスを仕立て、道具などを用意して、派遣しました。私は見送る係でしたが、とても寒かった記憶があります。

過去との対話と未来との対話

2022年10月17日   岡本全勝

「歴史とは、現在と過去のあいだの終わりのない対話です」は、エドワード・カーの『歴史とは何か』第1章の最後に出てくる有名なセリフです。近藤和彦先生の新訳では、「歴史とは、歴史家とその事実のあいだの相互作用の絶えまないプロセスであり、現在と過去のあいだの終わりのない対話なのです。」

私はこれを踏まえて、「官僚の役割は未来との対話である」と書いたことがあります。日経新聞夕刊1面コラム「あすへの話題」2018年4月19日「未来との対話
・・・「歴史とは現在と過去との対話である」は、イギリスの歴史家E・H・カーの有名な言葉である。これを借りると、官僚の仕事は「未来との対話である」とも言える・・・

ところが、『歴史と何か』を読んでいると、次のような文章が出てきました。
・・・第二には、客観的な歴史家は未来に投影した自分のヴィジョンによって、過去への洞察を深く耐久性のあるものにする能力があるということです・・・こうした長もちする歴史家こそ、いわば過去から未来にわたる長期のヴィジョンをもつ歴史家です。過去をあつかう歴史家が客観性に向かって接近できるのは、唯一、未来の理解に向かってアプローチするときだけです。
したがって、私は第一講で、歴史は過去と現在のあいだの対話であると申しましたが、むしろこれは、過去の事象とようやく姿を現しつつある未来の目的のあいだの対話であるとすべきでした・・・近藤訳208ページ

そうだったんですね。カーも、過去だけでなく、未来との対話を言っていたのです。でも「過去との対話」というセリフが、それまでの歴史学が事実を並べれば歴史になると主張したことに対しての反論であり、分かりやすかったので有名になり、未来との対話は引用されなかったのでしょう。あるいは、第1章を読んでこの言葉が出てきたところで納得し、その後ろの章は少々難解なので読み飛ばしたとか。

自転車の取り締まり強化

2022年10月15日   岡本全勝

警視庁が、自転車の交通違反の取り締まりを強化するとのことです(10月14日のNHKニュース)。
・・・自転車の悪質な交通違反について警視庁は、これまで「警告」にとどめていた違反にも刑事罰の対象となる交通切符、いわゆる「赤切符」を交付して検挙する方針を固めました。信号無視など自転車の交通違反による事故が相次いでいることを受けたもので今月下旬にも取り締まりの強化に乗り出すことにしています・・・
・・・具体的には、
▽信号無視
▽一時不停止
▽右側通行
▽徐行せずに歩道を通行の
4項目のうち悪質な違反については、これまで「警告」にとどめていたケースでも今後は交通切符を交付して検挙するということです。
交通切符を交付されると検察庁に送られて刑事罰の対象として扱われるうえ、一定の期間内に繰り返し検挙された場合は、講習の受講が義務づけられています・・・

信号無視した自転車が危険なことは、最近このホームページに書いたばかりです「魔の交差点?」。数日前にも、冷やっとすることがありました。「危ない」と叫んでも、自転車は通り過ぎたあとです。
新高円寺駅前交差点での取り締まりも、よろしくお願いします。

中国の新幹線車両を埋める日本の油圧ショベル

2022年10月12日   岡本全勝

9月27日の朝日新聞夕刊「新幹線と日中半世紀5」は、「「大躍進」そしてあの事故」でした。
日本の技術移転を受けて発展した中国の新幹線。2011年7月に大事故を起こします。それも問題でしたが、その後始末がびっくりでした。事故を起こした先頭車両を、近くの畑に埋めてしまったのです。覚えておられる方も多いでしょう。

ここで紹介するのは、その際の写真です。車両を埋める作業をしている油圧ショベルが6台ほど写っています。手前から、日立、小松、住友、神戸製鋼の文字が読めます。当時は、中国で使われる重機が日本製だったのですね。まだ10年前の話です。

情報は爆発しても、人が咀嚼できる量には限りがある

2022年10月11日   岡本全勝

9月24日の朝日新聞「はじまりを歩く」は、「日本初のホームページ」でした。今や誰もが利用する、しかも毎日何度も使うホームページですが、日本初は1992年だそうです。まだ30年なのですね。
私がこのホームページをつくったのが、20年前です。いろいろな組織のホームページを閲覧するだけでなく、素人でも簡単につくることができます。
記事に、次のような話が載っています。

膨大な情報の海から、どうすれば必要なものを効率よく見つけられるかも難題だ。05〜10年度に文部科学省の「情報爆発プロジェクト」という研究事業があった。世界中でやりとりされる情報の爆発的な増大にどう対応するかを多面的に研究した。
まとめ役だった喜連川優(きつれがわまさる)さん(67)はいま、東京都千代田区にある国立情報学研究所の所長を務める。
情報爆発に私たちはどう向き合えばいいのか。そう尋ねると、「それが分かれば苦労はありませんよ」と笑いながら、こう話してくれた。
「どれだけ情報が増えても、一人の人間が咀嚼できる量には限りがある。私たちは、より優れた検索の仕組みを開発しようとしています。情報の供給者も、話題のトピックについて様々な視点を整理し、分かりやすく伝えるキュレーション(情報の収集・整理)の役割がますます重要になるのではないでしょうか」