カテゴリーアーカイブ:社会の見方

家族法の不平等との戦い

2023年2月9日   岡本全勝

1月28日の朝日新聞オピニオン欄に、元選択的夫婦別姓訴訟弁護団長・榊原富士子さんへのインタビュー「夫婦別姓、闘った40年」が載っていました。

選択的夫婦別姓を求める憲法訴訟を弁護団長として率いた榊原富士子さんが、昨年、団長を退いた。「夫婦別姓」という言葉が人口に膾炙する前から始めた活動は40年近くに及ぶが、いまだに制度は導入されていない。求める声の広がりと変わらない制度の中で、何を思い、何と闘ってきたのか。

――40年、長いですね。
「まさかこんなに長い間このテーマに関わることになるとは、思ってもいませんでした。もう少し簡単に実現すると思っていましたからね」
「今思えば、見通しが甘かったですね。1990年ごろ、法制審議会の中心の委員に『夫婦別姓も審議会で扱ってください』とお願いしたら、1年もたたないうちにとりあげてくださって、『言ってみるものだ』なんて思っていたものです。法制審でもどんどん審議が進んで、96年には選択的夫婦別姓を認める答申が出て――。『いよいよ日本でも』という雰囲気もあり、その時点では訴訟をする必要も感じませんでした」

「私自身も後回しにしていた面があります。私が弁護士になった当時、家族法の中の平等違反の問題として四つあげられていました。婚姻年齢の不平等、再婚禁止期間、婚外子の相続差別、そして夫婦の姓です。私はこの中で、婚外子差別が最も深刻だと思っていました。婚姻年齢と再婚禁止期間は待てば結婚できるし、夫婦の姓も我慢すれば結婚はできる。しかし、子どもにレッテルを貼る婚外子差別は非常に悪質です。弁護士として、まずはそちらの訴訟に力を入れていました」
「ですが、今残っているのは夫婦の姓だけです。婚外子の訴訟も、95年の最初の最高裁での合憲意見には『むしろ婚外子差別は必然』という趣旨のことが書かれ、当時は『裁判官のこの感覚を変えるのは至難の業だ』と絶望的な気持ちになりました。それでも時代が進んで違憲となった。夫婦別姓を認めるかどうかも、もう理論的には出尽くした状態ですので、違憲と書ける材料はそろっています。『もう書きます』という日はいつ来てもおかしくありません」

『グランゼコールの教科書』

2023年2月6日   岡本全勝

グランゼコールの教科書 フランスのエリートが習得する最高峰の知性』(2022年、プレジデント社)を、図書館で借りて見てみました。
グランゼコール(Grandes Écoles)は、フランスの高等教育機関群です。大学より高い地位にあるようです。フランスのエリートは、ほぼここを出ています。

本書は、そこで学ぶ人のための「教養概論」ともいうべき教科書・参考書のようです。フランスのエリートが身につけなければならない、身につけている教養とはどのようなものか。800ページを超える分厚い本です。とても読み通すことはできそうもないので、どのようなことが書いてあるかを見てみました。
まず、次のような、9つの時代区分になっています。ギリシャ、ローマと一神教、中世、ルネサンスおよび近世、17世紀古典主義時代、18世紀啓蒙の時代、19世紀、20世紀、21世紀。
西欧の歴史は、このような時代区分になるのでしょう。

そして、それぞれの時代の中が、次のような6つのテーマに分けて記述されています。歴史、宗教、哲学、文学、芸術、科学。
なるほど、「宗教、哲学、文学、芸術、科学」のように分けて、文化・教養を見るのですね。
と、今回はそこまでで納得し、本文を読むことは、将来の時間つぶしにとっておきましょう。

経団連の存在感の低下

2023年2月2日   岡本全勝

1月27日の日経新聞「私の履歴書」古賀信行・野村ホールディングス名誉顧問の「財界総本山」から。

・・・結局、副会長と審議員会議長をあわせ8年も経団連と関わった。改めて、経団連とは何だろうと思う。官僚組織がしっかりしている時代は、政策を実現する産業界のカウンターパートとして機能していた。個別業界ではなく、広く産業界の代表だった。

今は官の枠組みが大きく揺らぎ、相手側の経団連も存在意義を問われている。政策をきちんと提言できる組織になることが今こそ求められている、私はそう思う・・・

中学校の部活動の地域移行

2023年1月29日   岡本全勝

1月16日の日経新聞オピニオン欄は「部活動「地域移行」の成否」でした。
・・・公立中学の休日の部活動を民間事業者などに委ねる「地域移行」。少子化や教員の働き方改革が背景にあるが、指導者や施設の確保、費用負担など課題は少なくない。国は「2025年度末」としていた達成目標は設定しない方針に転じた。部活動という日本社会の「慣習」を刷新する道はあるのか・・・

山口香・筑波大学教授の「「強制」脱して個人に委ねる」から。
・・・部活動が日本のスポーツの一つの柱を担ってきたのは間違いない。その意味では地域移行は明治以来の大改革であり、相応の覚悟が求められる。国や自治体は予算を含めた環境整備に努め、生徒・保護者側も一定の受益者負担を理解したうえで、国民全体で新しい仕組みを整えていく丁寧な合意形成が必要だ・・・

・・・学校という空間は逃げ場が少ないところだ。部活を外に出すことで、閉鎖的な環境が生み出しやすい体罰やいじめ、ハラスメントといった弊害をなくすきっかけにもなりうる。

私は筑波大で柔道部に入るまで、部活ではなく町道場で柔道をやっていた。感覚では、そろばんや書道、学習塾と並んで「習い事」に近く、自ら望んでやるものだから対価を払うのも当たり前だと思っていた。部活動はこれまで教員の無償奉仕に頼ってきた面が大きく、その根拠として教育の一環と位置づけられてきたわけだが、地域移行を機にスポーツ本来の姿も問い直すべきだろう・・・ 

官庁エコノミストの縮小

2023年1月28日   岡本全勝

1月18日の朝日新聞オピニオン欄、原真人・編集委員の「岸田政権の巨額予算 司令塔なき政策の矛盾と欺瞞」から。

・・・財政や金融政策は本来は理論やデータ分析の規律が働く分野だ。にもかかわらず、これほど矛盾や欺瞞に満ちた政策がまかり通るのはなぜか。政策決定に最低限の良識とまともな論理を回復させる必要がある。
かつてマクロ政策の総合司令塔として政府内や日銀との調整役を担ったのは経済企画庁(現内閣府)だった。官庁エコノミストと呼ばれる学者顔負けの専門家たちが集い、経済白書(現在の経済財政白書)に大きな国家構想を描いた。1947年に出た初の経済白書の筆者である都留重人、池田内閣の所得倍増計画にかかわった宮崎勇、のちに外相を務めた大来佐武郎。さらに金森久雄、香西泰、吉冨勝ら戦後を代表する著名エコノミストたちがひしめいていた。
経企庁は22年前、省庁再編で総理府などと統合し内閣府になる。男女共同参画や沖縄振興など諸部門を抱える巨大組織のなかでマクロ経済調整は一部門にすぎなくなった。次第に官庁エコノミストは重きをおかれなくなり、今や絶滅危惧種だ。
経企庁の物価局には50人規模が配置されていたが、再び物価に焦点があたる現在、内閣府の物価担当はわずか2人である。

旧経企庁OBで経済白書の執筆者だった小峰隆夫・大正大教授(75)は「官庁エコノミストの重要性は今も変わらない」と言う。「ビッグデータや行動経済学など最新の道具が増え、これを政策立案のために使いこなすスペシャリストが必要です」
とはいえ、それも結局は政権に都合のいいデータ集めに利用されるだけではないのか。小峰氏にその疑問をぶつけてみた。

――あなたがいま官庁エコノミストだったらおかしな政権方針を批判できますか?
「いや無理でしょう。私も財政はいつか破綻するのではないかと心配だし日銀の政策もどうかと思う点が多い。でも官僚は表だって時の政権の方針を批判できません」
どうやら問題の本質は官庁エコノミストの減少だけにあらず。政権が都合のいい結論を持ち出す意思決定のブラックボックス化、官僚たちが率直な意見をあげにくい風通しの悪さにこそ、理が通らぬ政策が横行する原因がある。ならば政権の良識に期待するより抜本的な制度改革が必要だろう。

小峰氏が提案するのは省庁再編に伴って廃止された「経済審議会」の復活である。学界や産業界、労組、消費者団体などから分科会も含め100人超の識者を集めた首相の諮問機関だ。首相が示す政策理念に沿って、計量モデルにも整合的で、かつ現実的な経済計画を4~5年ごとにまとめた。
「全会一致が原則だからかんかんがくがくの議論の末、結論はマイルドになった。でも、論理的に説明できない結論にはなりません」。これも一案かもしれない・・・

この記事は、朝日新聞デジタル版では「「決める岸田政権」政策迷走の裏に 官庁エコノミストの絶滅危惧状態」という題です。こちらの方が、わかりやすいですね。