カテゴリー別アーカイブ: 社会の見方

学校の制服

1月17日の読売新聞に「学校の制服 必要?」が載っていました。
・・・中学校や高校で服装について見直す動きが広がっています。従来は学校が指定する制服の着用が一般的でしたが、性的少数者(LGBT)への配慮や自主性を養うために服装の選択肢を増やしたケースもあります。進学を控えた季節、制服のメリットやデメリットを考えてみましょう。

〈A論〉身なり悩まず済む 連帯感や責任感も
茨城県立下妻第一高校(下妻市)は創立125周年を迎えた2022年4月、付属中学設立にあわせて制服を刷新しましたが、伝統の黒色は残し、男子向けの詰め襟も踏襲しました・・・
・・・大手制服メーカー「菅公学生服」(岡山市)が23年7月に全国の中高生1200人を対象に行った調査では、制服が「あった方がよい」との回答が「どちらかと言えば」も含めて84%に上りました。制服の良いと思う点(複数回答)は、「学生らしく見える」59%、「毎日の服装に悩まなくてよい」54%、「どこの学校か一目で分かる」39%、「服装による個人差がでなくてよい(平等である)」33%などの順でした。
同社企画開発部の吉川淳稔部長は「制服は連帯感や学校への帰属意識を生み、服装から家庭の収入格差を感じずに済むメリットもある。制服代は入学時には負担に感じるかもしれないが、3年間着られる耐久性を考えて、エコな服装として愛着をもって着てほしい」と呼びかけています・・・

〈B論〉私服で自主性育む 個性考える機会に
東京都立井草高校(練馬区)は、指定の制服がありません。服装は自由で毛染めやメイク、アクセサリーの着用も認めています。生徒会長の2年中西夏希さん(17)は「いつも好きな洋服を着られて、季節によっての温度調節も楽」と話します。
生徒が同校を進学先に選ぶ際、制服がないことが魅力となっています。私服での登校は少なくとも約50年前から認められていたようで、多くの地域住民に「井草らしさ」として受け入れられています。私服を認めることは、生徒の個性を尊重し、自ら考える自主性を育むメリットがあると考えられています。生徒会担当の中野健教諭(44)は「体育祭や文化祭など、教員が関わらなくても自主的に動く気質の生徒が多い」と胸を張ります・・・

都道府県立高校(全日制)のうち制服や標準服がない学校は、3007校のうち101校で約3%です。詳しくは、記事をお読みください。
私は、奈良女子大学附属高校の生徒会長時代に、制服(男子は詰め襟、女子はセーラー服)を廃止しました。それまでの制服は標準服として残しました。何人かは引き続き標準服を着ていましたが、ほとんどが私服を着るようになりました。家庭の貧富の差も指摘されましたが、友人が「制服の下に着ているものや腕時計で、制服でも差が出ている」と反論しました。自由化して、毎朝何を着ていくか困りました。そんなに服を持っていなかったからです。
大学生や社会人になると、いやおうなく服装を考えなければなりません。その訓練を受けていない若者は、大学時代はとんでもない服装をし、社会人になると「紺のスーツ」という制服を選ぶことになります。「夏服・クールビズ騒動

日本衰退の原因、教育

川北英隆・京都大学教授のブログに「高校と大学教育のあり方」(1月31日)が載っていました。

・・・一言で日本の教育制度の問題点を表現するのなら、詰め込み型教育の弊害に直面している。
詰め込むには過去の知識である。江戸時代以前は中国経由で伝わった知識、明治以降は西洋で生まれた知識である。これらに今、日本で生まれた知識が加わっている。
何が問題かといえば、これらの知識の詰め込みに脳みそが疲れてしまう。だから過去の知識を使って新しいものを生み出そうとの働きが弱くなる。典型的には中学、高校、大学と受験に追われた結果、何とか大学に入った瞬間に開放感に浸ってしまい、20歳前後の一番大切な時期に脳みその発達が停止してしまう・・・
・・・だから自分で考えない大人がたくさん輩出されてしまう。指示待ちであり、過去の踏襲へのこだわりである。だから日本からは新しいアイデアやビジネスが生まれにくい。新しいことを生もうにも、「そんなことは聞いたことがない」と否定される。

敗戦後、欧米に追いつけ、追い越せと頑張った時代には、真似だけで十分だった。何かを考える必要性に乏しかった。しかし欧米に追いついた瞬間、考えないことには伸びない。現実には日本政府や企業は考えなかった。だから1980年代後半以降、日本にバブルが生まれ、90年代に崩壊した。
そこから30年以上経ってみれば、経済規模ではアメリカの背中が遠くなり、中国に抜かれ、ドイツには抜き返され、インドの足音が近づいている。それだけではなく、日本から世界に誇れる産業が消失した。それに代わる新たな産業が育っていない。
教育として求められるのは知識の詰め込みではなく、考える力の要請である。今や知識はパソコンやスマホから得られる。AIが代替してくれる。いわば人間にとっての外部記憶装置や補助装置をいかに上手に使うのか、考えるための補助とするのか、その方法の訓練が教育の根幹にある・・・

続きもあります。お読みください。

異次元緩和で財政規律「緩む」、経済学者64% 

1月18日の日経新聞に「日経エコノミクスパネル」「異次元緩和で財政規律「緩む」64% 経済学者の警戒強く」が載っていました。

・・・日本経済新聞社と日本経済研究センターは47人の経済学者に政策への評価を問う「エコノミクスパネル」の第2回調査の結果をまとめた。2013年以降の日銀による異次元緩和が財政規律を緩める要因となったとする回答は64%に達した。大規模な国債買い入れと長引く低金利の副作用を警戒する声が多かった。

日銀は昨年末、過去25年の金融政策を検証した「多角的レビュー」を公表した。大規模な金融緩和と財政の関係については「財政規律の弛緩(しかん)につながったとの指摘もみられた」との文言をレビューに盛り込んだ一方、具体的な評価は避けた。
エコノミクスパネルによる経済学者への調査は1月9〜14日に実施し、46人から回答を得た。「日銀による大規模な国債買い入れと低金利の継続は、政府の財政規律が緩む要因となったか」との問いに対し、「強くそう思う」(15%)、「そう思う」(49%)の割合が計64%に達した。

「強くそう思う」と答えた大阪大学の赤井伸郎教授(公共経済学)は「真に効果的な政策を見極めるインセンティブを下げ、費用対効果が低い政策が行われてしまう」と述べ、金融緩和が財政運営に与える弊害を挙げた。
日本の政府債務は1990年に国内総生産(GDP)比で米国と同水準の60%程度だったが、その後の低成長下に景気対策を繰り返したことで拡大した。異次元緩和がスタートした13年は229%だったが、23年には249%に達し、主要国で最高の水準にある。
異次元緩和が財政規律に直接影響したかについては慎重な見方も多かった。東京大学の星岳雄教授(金融)は「政府の財政規律は日銀が大規模な国債買い入れをする前から緩んでいた」と述べた。「財政規律が緩んだかどうかについてデータに基づく学術研究を見たことがない」(東大の渡辺努教授)など、関係を裏付ける具体的な根拠は乏しいとの意見も目立った・・・

日銀の大規模緩和、批判

1月11日の朝日新聞「異次元緩和 残したゆがみ5」は、吉川洋先生の「大規模緩和「全てが間違い」」でした。

約11年に及んだ日本銀行による「異次元」の金融緩和をどう評価するのか。日銀による過去の金融緩和策の検証「多角的レビュー」を講評した有識者の一人で、マクロ経済学者の吉川洋・東京大学名誉教授は「根こそぎ間違っている」と断じ、三つの問題点を指摘した。さらに物価高が続いても利上げを急がない今の日本銀行の姿勢にも、国民との「ずれ」が生じていると主張する。

――日銀の大規模緩和をどう評価しますか。
「私は初めから反対だったし、10年以上が経って失敗だったことが明らかになったと考えている。日銀による検証(多角的レビュー)でも、物価2%目標は達成されなかったと認めている。しかし一定の効果があったとして、副作用を考慮してもネット(差し引き)ではプラスだとしている。その結論には、全く同意できない」

――どこが間違っていたのでしょうか。
「何から何まで、根こそぎ間違っているっていうのが私の立場だ。問題は大きく三つある。第一に、(物価が下がり続ける)デフレが一番の問題であるという2013年の出発点の認識だ」
「デフレには2種類ある。1930年代のように物価が2分の1になるような急激なデフレと、非常にマイルドなマイナス0・5%といったデフレだ。両者を区別する必要があり、日本の場合は後者にあたる。19世紀の英国を見ても、最近の研究を見ても、マイルドなデフレが実体経済に悪い影響を顕著に与えるということはない」
「次に、デフレは貨幣的な現象だから、市中に流すマネーの量を増やせば、簡単に直せるという主張も間違っていた。最後に、マネーの量を増やして人々の『期待』に働きかけるという考え方だ。国民は日銀がどんな金融政策をしているか知らない人が多い。その人たちの『期待』に働きかけるなどあり得ない」

日本企業復活の道

1月7日の日経新聞経済教室は、ウリケ・シェーデ、カリフォルニア大サンディエゴ校教授の「「ニッポン入ってる」に企業の活路」でした。

・・・過去30年、日本は他国が克服できないような難題に直面してきた。経済の低迷、少子高齢化、韓国・台湾・中国との競争激化といった要因が、衰退する国家というナラティブ(物語)を形成してきたのである。
これらのマイナス要因があっても日本は今も経済大国であり、多くの技術で先頭を走っている。なぜそんなことが可能なのか。マクロデータの背後には、企業の力強い再発明の物語を読み取ることができる。その物語は不確実性の時代を乗り切る指針になるだろう。

20世紀の大半を通じて日本経済の特徴は、高品質の最終製品の大量生産と同義だった。家電から自動車に至るまで「メード・イン・ジャパン」のラベルは日本の卓越性を世界に証明していた。だが1990年代後半になると北東アジアの新興国が日本の製造技術を習得し、低コストを武器に日本の利益を侵食し始める。
上昇気流に乗る相手との正面衝突は無益だと気づいた日本のトップ企業は、ペースは遅くとも計画的に戦略を転換した。グローバルなバリューチェーンの川上に軸足を移し、先端材料、先進的な部品、製造機械、工場自動化に力を入れるべきだと見抜いたのである。
こうした分野なら、日本が蓄積してきた知識や能力を、他国が必要とする材料・部品・装置の発明や改良に生かすことができる。
筆者が「ジャパン・インサイド(ニッポン入ってる)」と名付けたこの戦略転換の意味は、いわゆるスマイルカーブから読み取ることができる(図参照)。

スマイルカーブは製品のバリューチェーンにおける収益性の変化を示すグラフだ。最も利益率が高いのは設計や先端的な研究開発を行う川上部門と物流・販売を担当する川下部門である。かつて日本が得意とした中流部門の組み立て工程は中国など新興勢力の台頭で利益率が低下している。
そこで日本企業はコモディティ化した製品から撤退し、川上や川下へシフトした。半導体分野を例にとると、いまや日本企業は先端材料と製造装置で競争力を発揮している。これらはグローバルなバリューチェーンに根を下ろし、日本に価格決定力をもたらした。
新しい優位性はメード・イン・ジャパンほど目立たない。「Japan Inside」と書かれたラベルが携帯電話やノートPC、自動車あるいは世界各地の建築物に貼られているわけではないのだ。それでも日本製の材料や部品はあらゆるところに埋め込まれている。ここに挙げた製品の製造に不可欠な部品の中には、日本企業だけで世界シェアの100%を占めるものもある・・・