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経済

日本経済停滞の原因、大企業の保守化と起業の低調

8月28日の日経新聞1面は、「設備投資、ルーキー不在 企業の新陳代謝鈍く成長停滞」でした。
・・・日本企業の設備投資が低迷している。過去最高水準の利益の下でピークに届かず、米欧と比べても伸び悩む。金額のトップ10を集計すると、通信や電力、鉄道などインフラ系が目立つ。エレクトロニクス関連企業は順位を下げた。次の成長をけん引するルーキーは見当たらず、日本経済の活力の低下を印象づける・・・

経済協力開発機構の調べでは、過去30年間の企業の設備投資は、アメリカが3.7倍、イギリスが1.7倍、ドイツが1.4倍ですが、日本は1%増と横ばいです。日本企業は儲けていても、新規投資に慎重なのです。

他方で、開業率と廃業率を足し合わせた「代謝率」は、アメリカ、イギリス、ドイツが20%前後で推移しているのに対し、日本は5%程度です。新しい企業が出てこないのです(他方で廃業も少ないのですが)。
アメリカの大企業ではGAFAが有名ですが、これらも新しい企業です。老舗大企業は伸び悩むか、つぶれています。すると、日本の経済活性化に必要なのは、経団連加盟企業のような老舗大手企業の頑張りではなく、新しい企業の出現でしょう。
ここには、日本の若者が就職に際して大企業を目指す風潮、親も社会もそれを良しとする風潮も寄与していると思います。

経済が生みだす敗者を支える仕組みが必要

8月21日の読売新聞、岩井克人・東大名誉教授の「「敗者」支える仕組みを」から。

経済のグローバル化は世界に大きな恩恵をもたらした。各国が得意なものを輸出し、不得意なものは輸入することで、平均所得が急増し、途上国の貧困率は大幅に下がった。
だが、それは各国の中に「勝者」と「敗者」を生む。得意な産業は栄えるが、工場の海外流出や製品の流入によって打撃を受ける労働者が生じる。この「敗者」を支える仕組みが欠けていると、グローバル化は破綻する。
1820年からの1世紀はまさにその例だ。交通機関や通信技術の発達によって世界の貿易量や資本取引が飛躍的に増えた。だが、各国内の「敗者」の不満が政治を不安定化させ、1914年に第1次世界大戦を引き起こした。さらにファシズムの台頭、世界大恐慌、第2次世界大戦という暗黒の時代を招いた。

第2次大戦後、現在のWTO(世界貿易機関)の前身となるGATT(関税・貿易一般協定)のもと、再びグローバル化が進んだ。
その様相が変わるのは、米国主導の自由放任主義が前面に出る1980年以降だ。その結果、たとえば米国では、一握りの富裕層がますます富を増やす一方で、多数の「敗者」が生まれた。その不満がトランプ大統領の誕生につながった。
今なお米国の分断は深刻で、民主主義それ自体を危うくしている。自ら進めたグローバル化が跳ね返ったのだ。

GATTやWTOが進めた貿易自由化の背後には、各国が経済的な結びつきを強めれば、民主主義や法の支配という普遍的な理念が共有されるはずだという期待があった。
だが、グローバル化が自由放任主義の名で加速すると、中露はその動きを米国の覇権主義と同一視して敵対する立場をとった。中国は強権的な姿勢を強めた。ロシアはウクライナを侵略し、経済的な相互依存を「人質」にさえした。期待は幻想となった。
また、コロナ禍やウクライナ戦争をきっかけとして、経済安全保障が重視されるようになった。これまでのグローバル化は、生産コストを下げることのみが優先された。だが、疫病の伝播は人々の移動を止め、国際的な対立は供給網の断絶や技術情報の漏えいなどのリスクを生む。このようなグローバル化の本当のコストを考慮するために、経済安全保障という概念が不可欠となった。

それでも、グローバル化を否定するわけにはいかない。実は、グローバル化はモノやおカネだけでなく、アイデアの交換も促す。地球温暖化など人類全体の課題の解決には、さらなるグローバル化が必要ですらある。それは「敗者」を支え、本当のコストを考慮していく「修正されたグローバル化」でなければいけない。
これが軌道に乗ってはじめて、民主主義などの普遍的な理念が世界で共有されるという期待が、単なる幻想ではなくなるはずだ。

日本の競争力低下、経営の効率性の悪さ

8月11日の日経新聞経済教室、一條和生・IMD教授の「人的資本投資拡大に向けて 人材抱え込みの発想転換を」から。それによると、63カ国中、日本の競争力は総合で34位、政府の効率性で39位、ビジネスの効率性で51位です。

スイスのビジネススクールIMDが6月に発表した2022年の世界競争力ランキングでは、日本の競争力は前年から3ランク落ちて34位となった。
競争力低下の原因は明らかだ。上位3カ国のデンマーク、スイス、シンガポールと比べると、日本はビジネスの効率性が著しく低い(表参照)。その最大の要因は、ビジネスの効率性を左右する経営実務に関する評価が調査対象の世界63カ国・地域中最下位と極めて低いことだ。

経営実務に関する評価の細目で、ビジネスのアジリティー(機敏さ)、ビジネスの環境変化の認識、環境変化への対応、意思決定におけるビッグデータとアナリティクス(分析)の活用、マネジャーのアントレプレナーシップ(起業家精神)など14項目中、実に5項目で日本は最下位だ。
経営実務を担うマネジャーに対する評価も芳しくない。シニアマネジャーの国際経験に関する重要性の認識や優秀さでも日本は最下位だ。新しい資本主義の担い手として重要なこの層のレベルアップは喫緊の課題だ。こうした日本の弱点が改善され、せめて世界平均に並べば、日本の世界競争力ランキングは34位から20位に上がるとみられる。

次々と予想もしない変化が起きる中で、ビジネスリーダーにはデジタルスキル以外にも新しいスキルが求められる。英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)の22年調査によれば、調査対象企業の56%が教育投資を今まで以上に増やすと回答しているのもそのためだ。
常態化する危機のマネジメント、スピーディーな変化対応を実現するプロセスと組織能力の構築に並び、サステナビリティー(持続可能性)に関する教育への関心が高い。サステナビリティーの観点から、企業活動のあらゆる側面を変革しなければならないとの意識が世界的に高まっている。
日本企業も時代が要請する新しいスキルの教育に力を入れねばならない。18年の厚生労働省の「労働経済の分析」によれば、日本はスキルや学歴のミスマッチが経済協力開発機構(OECD)諸国の中で最も高い水準となっている。

そもそも日本企業の従業員教育に対する優先度は高くない。「労働経済の分析」によれば、国内総生産(GDP)に占める企業の能力開発費の割合を比べると、米国が2.1%、フランスが1.8%のほか、ドイツ、イタリア、英国が1%を超えるのに対し、日本は0.1%と突出して低い。
ただしそこにはもう一つ大きな発想の転換が必要になる。それは教育投資がもたらす可能性のある人材の流動化に関する発想だ。
バブル崩壊から約30年を経た今、日本がシニアマネジャーの国際経験で世界最下位になったという事実から目を背けてはならない。

成長できず格差是正ができない日本

8月3日の朝日新聞オピニオン欄、吉川洋・元東大教授の「新しい資本主義の行方」から。

――岸田政権は「新しい資本主義」を模索しています。今の日本経済は何が問題で、これからどうしていくべきなのでしょうか。
「議論の前提として、資本主義について考えましょう。資本主義経済は、約200年前に誕生してから避けがたい『弱み』を持ち続けてきました。それは、資本主義が人や企業など担い手同士の自由競争を前提とすることから、それに勝って成功した集団と、不十分な成果しか得られなかった集団に分かれざるを得ないという問題、すなわち『格差』の発生がついて回らざるを得ないことです」
「そのため資本主義経済は、その格差を是正する解決策を常に模索してきました。競争が生み出す問題を、政府の力で解消したり極小化したりする手立てを取ってきました。その最たるものが、さまざまな税や社会保障制度で、負け組・持たざるものを救済することで弱みを克服してきたのです」

――しかし、今の日本経済は、富む者とそうでない者との差が広がるばかりに見えます。
「格差を是正するには、分配のための元手が必要で、その原資は経済成長から得られます。ところが日本は、バブル経済の崩壊後に金融危機が起き、非正規雇用が拡大。先行きを悲観した自殺者も増えました。阪神淡路大震災や東日本大震災の対処にも追われ、気がついたらGDP(国内総生産)は中国に、賃金は韓国にも追い抜かれてしまった。成長できなかった結果、格差を是正する元手も足りなくなったわけです」
「国際通貨基金(IMF)による1人あたりGDPでみると顕著です。日本は2000年にはルクセンブルクに次いで世界2位でしたが、10年には18位、21年は28位に落ち込んだ。これだけ稼ぐ力が下がれば、賃金は上がらない。よくぞ、こうした窮状に耐えてきたと思わざるを得ません」
「いま多くの日本人が考えているのは、他の先進国とは違う日本固有の問題である、こうした窮状を反映した閉塞(へいそく)感ではないでしょうか。この閉塞感の打開を抜きに『新しい資本主義』は語れないと思います。では、どうしたらいいのか。その前提は、何でジリ貧になってしまったのか、を考えることから始めなければなりません。一言で言えば、この間、成長するためにやるべきことをやらなかったことに尽きると思います」

――政策が担うべき役割とは。
「地球温暖化という世界的難題を考えたとき、カーボンニュートラルなどのグリーン分野は、これからの中核産業に育っていくでしょう。しかし、先行しているのは欧州です。ここに日本が切り込んで、自らグローバルスタンダードとなるような製品や規格を創造していくことが成長力の鍵でしょうし、格差解消の前提にもなるでしょう。そのためにはイノベーションが不可欠であり、イノベーションを支える人材、人材を育てる教育の拡充が大前提です。これらを担うのは、財政を含めた公的部門の力になります」「ただし、公的部門の仕事というと、お金をつけるだけと考えがちな従来の日本的思考はやめるべきです。たとえばコロナ禍では国内のワクチン開発に多額の公的資金が積まれましたが、いまだに成功していません。ここで問われたのは人材であり、そうした人材を短期間に糾合するネットワークづくりであり、開発を阻害する規制を打破する力であって、カネではない」
「逆に、うまくいった例がインバウンドです。ビザの緩和など、時代遅れの規制が見直される一方で、おもてなしの工夫や努力が民間サイドで積み重ねられました。宿の仲居さんが、簡単ながらも中国語や韓国語のあいさつを勉強する。そうした一つ一つの取り組みが功を奏したのです」
「介護の人手不足も、財政投入による賃金アップだけが解決策のようにいわれていますが、それだけでは解決できず、システムを物理的に変えねばなりません。かつて土木作業は人力でしたが、ブルドーザーという機械力が加わって一変しました。介護もテクノロジー、つまり、AIやロボットなどをもっと導入し人力頼りから脱する方向に向かわないと、成長できません」

事前分配で機会の平等重視

7月27日の日経新聞経済教室「新しい資本主義の視点」、スティーブン・ヴォーゲル、カリフォルニア大学バークレー校教授の「事前分配で機会の平等重視」から。

・・・日本型資本主義を改革し成長と平等の両方の実現を目指すという首相の考えは正しい。だが問題はいかに実現するかだ。政府が不平等に根本から取り組むつもりなら、再分配よりも「事前分配」を優先すべきだ。
両者の違いを少し説明しよう。再分配は、市場での利益配分を所与のものとして受け入れたうえで、事後的に社会福祉支出や累進課税などの政策手段により不平等の緩和を図る。これに対し事前分配は、経済活動から利益を得る人にまず、公共投資や市場改革を通じて影響を与えようとする・・・
・・・事前分配政策と再分配政策は実行面では境界が曖昧になりがちだが、日本の評価では両者を区別することが望ましい。日本が戦後期の大半を通じて成長と平等の両方を実現できたのは、事前分配戦略が奏功した結果だと考えられるからだ。
日本は福祉国家戦略ではなく、企業慣行、労使関係、社会規範など事前分配に当たる要因を通じて、おおむね平等な所得分布を実現した。不平等拡大と低成長に直面している今こそ、日本は改めて事前分配という解決策を優先させるべきだ。
事前分配と再分配の区別は、機会の平等と結果の平等を巡る永遠の議論を巻き起こしている。事前分配が目指すのは機会の不平等をなくすことであり、不平等になってから埋め合わせることではない。人々の能力向上を図り、労働者と起業家に市場競争力を持たせるような事前分配であるべきだ。事前分配が目指すのは市場メカニズムを排除することではなく、市場をよりよく機能させることだ。
リバタリアン(自由至上主義者)は、政府は市場の自由な働きに介入すべきではないと反論するだろう。だが現実には自由市場などというものは存在しない。どんな市場も政府の規則や企業の商慣習、社会規範の中に根付いているうえ、現実の市場には雇用主対労働者、生産者対消費者などの力関係が反映されている。だから市場のルールの作成や修正と言っても、まっさらな市場になじみのない介入をするわけではない。
むしろ市場の適切な機能にはルールが不可欠だ。例えば労働者の賃金が労働の対価として少なすぎたり、消費者が高すぎる値段を払わされたりしていたら、不公正を正すために市場のルールを変えるべきだろう。
再分配に反対するわけではないが、最初に分配を正すことが大前提だ。機会の不平等を後で埋め合わせるよりも、まずは機会の不平等の排除を試みるべきだ。公平で平等な市場社会を十分に実現できなかった場合に、再分配で補えばよい。

成長と平等の両方を実現した戦後日本の成功は、事前分配の視点から再解釈できる。政府は経済成長とヒト・モノの移動を支える輸送・通信インフラに投資し、成長と平等の維持に欠かせない質の高い普通教育と医療を提供した。大企業はステークホルダー(利害関係者)型統治により、労働者と会社の一体化を図り、正社員には雇用保障と正当な福利厚生を提供した。
戦後期の日本のシステムはいくつか深刻な構造的不平等を抱えていた。大企業と中小企業、都会と地方、男性と女性の格差などだ。それでも日本は成長と平等の両方を実現できた。
日本が誇ってきた強みの一部は1990年代から損なわれてきた。教育制度は以前ほど平等ではなくなった。雇用制度は、非正規労働者の比率が高まり、より不安定で不平等になった。
事前分配の視点に立つと改革の優先課題を決定づける枠組みが見えてくる。事前分配政策で優先すべきは教育、職業訓練、研究開発などへの公共投資やスタートアップへの財政支援だ。幼児教育、出産休暇・父親の育児休暇・介護休暇などを含めた家族政策も優先すべきだ。これらの政策は子供への支援であるとともに親のスキル開発と就業支援でもある点で、事前分配と再分配の性格を併せ持つ・・・