カテゴリー別アーカイブ: 経済

経済

個人加盟の労働組合

7月17日の朝日新聞くらし欄に「初の「非正規春闘」、どうなった パートらユニオンに加入、一律10%の賃上げ要求」が載っていました。

価高や人手不足を背景に、30年ぶりの高い賃上げ率となった今年の春闘。労働組合がない会社のパートやアルバイトらが、個人加盟型の労働組合(ユニオン)に入って一律10%の賃上げを求める「非正規春闘」も初めて行われた。会社側とどう交渉し、どんな成果を得られたのか。舞台裏を取材した。

「ウソでしょ」。靴小売り大手ABCマートの千葉県内の店舗で働くパート女性(47)は昨年12月、耳を疑った。物価高の中、時給が1月から下がるというのだ。会社が従業員の評価方法を見直したためだった。
女性の時給は基本給1千円と能力に応じた加算給30円の計1030円だったが、見直しで加算給が20円減った。まわりのパートも軒並み下がった。

「あり得ない」。社内に労働組合はなく、相談した労働基準監督署の担当者が教えてくれたのが「ユニオン」だった。一人でも入れる企業横断型の労働組合のことで、企業別の組合と同じように労使交渉できる。
その一つ、総合サポートユニオン(東京)に相談すると、青木耕太郎共同代表(33)から「賃下げ撤回だけでなく、10%の賃上げを求めてみませんか」と提案された。2月、同社の全てのパート・アルバイト(約5千人)について提案通りの要求をしたが、会社からは書面で拒否された。
3月9日、ユニオンはストライキを14日に行うことを会社側に通告し、本社前で抗議活動をした。するとその夜、会社側は女性の賃下げを撤回すると電話で伝えてきた。ただ、賃上げには応じなかった。
スト前日。会社側と初めての労使交渉が開かれた。女性は机の下で足を震わせながらも、言った。
「いくら売っても給料で認めてくれない。人として見てくれているんですか」
業績を考えても、時給アップはできるはずだ。2023年2月期は増収増益の見通しだった。それでも会社側は、「賃金はまわりの相場に比べ低いとは考えていない」と譲らなかった。

翌日、女性は一人でストを決行した。15分早帰りしただけだ。職場の仲間には迷惑をかけたくなかった。それでも、会社側へのプレッシャーになった。
3月30日の2回目の団体交渉で、会社側は5%賃上げをすると回答した。なぜあと5%できないのか。会社側は「今後、新店舗や設備の導入で、大型投資もあり得る」と主張した。
だが、投資は銀行からの借り入れもできるはずだ。「あと半分、まだ妥結はできない」。4月21日に2度目のストをすると予告し、その前日に3回目の団体交渉が開かれた。
そこで指摘したのが、創業家が同社の株の約6割を持ち、年間約80億円の配当を得ていたことだ。一方、パートら約5千人の人件費は組合側の推計で約40億円。女性らはこう訴えた。
「10%の賃上げは5億円でできる。労働者の生活を守るべきではないですか」
交渉開始から90分が過ぎ、相手の弁護士が休憩を取りたいと席を立った。戻ると、6%の賃上げでの妥結を提案した。
女性は「納得はいかないけれど、早く賃上げしないとみんなの生活も苦しい。業界トップ企業として来年も賃上げをしてほしい」と求め、提案を受け入れた。

人工知能は労働者の競争相手ではない

7月20日の日経新聞経済教室、カール・フレイ、オックスフォード大学准教授の「低スキル労働者こそ恩恵 生成AIと経済社会」から。詳しくは原文をお読みください。

・・・これまで中流層が引き受けていた肉体労働の多くをロボットが肩代わりするようになったら、平凡な労働者は不要になるというのがここ数十年の通説だった。
一方で、高度なスキルを持つ専門職は、デジタル技術を活用して仕事の生産性を高めるだけでなく、インターネットを介してより広い市場に進出し、専門サービスを世界に輸出できるようになるとみられていた。だが生成人工知能(AI)の出現によりこの通説は覆され、平均的な労働者に復活の可能性が出てきた・・・

・・・AI導入に伴う労働市場の変化を理解するには、この技術が実際にどう働くかを詳しく見る必要がある。第1に知っておくべきは、AIが生成するコンテンツには、トレーニングに使われたデータの質がそっくり反映されることだ。つまりダメなデータを入れれば、ダメなものが出てくる・・・いわゆるビッグデータに依存すると、LLMのアウトプットはインターネット上で見られる平均的な質と同等になりがちで、卓越した質は期待できない・・・当面はLLM(大規模言語モデル)の制約は解決されず、平均的なコンテンツしか生成できない状況が常態化するだろう・・・

・・・この状況は将来の労働市場にとって何を意味するのだろうか。簡単に言うと、能力の低い労働者が大きな恩恵を受けることになる。現時点のAIのおかげで彼らは平均的な基準に到達できるようになったからだ。
例えば米マイクロソフト傘下のギットハブが提供する、ソフトウエアのコード作成を自動化するサービス「Copilot(コパイロット)」の出現でソフトウエア開発は様変わりし、作業時間が56%も短縮された。だがこの革命的な出来事で真に重要なのは、誰がその恩恵を受けたかということだ。意外にも最大の受益者はベテランではなく、作業効率が飛躍的に高まった未熟練の労働者だった。
オープンAIのChatGPTも文章作成の生産性向上に寄与するが、米マサチューセッツ工科大学(MIT)の調査によると、恩恵を特に受けるのは文章力の乏しい書き手だという。
カスタマーサービスもAIが大きな違いをもたらす分野の一つだ。エリック・ブリニョルフソン米スタンフォード大教授らの研究によると、平凡なタスク(業務)の自動化と支援の提供によりAIは生産性を14%押し上げたが、その最大のメリットを得たのは新人や低スキルの労働者だった・・・

・・・ただしこの変化が労働市場に破壊を引き起こさないとは言えない。米ウーバーテクノロジーズがタクシー業界に与えた衝撃が良い例だ。全地球測位システム(GPS)の登場で、かつてはタクシー運転手に必須だった都市部の道路事情に関する知識の重要性が薄れた。さらにウーバーの国際事業展開に伴い、平均的なドライバーに活路が開けた。
ウーバーは雇用機会を減らしてはいないが、競争を激化させて既存のタクシー運転手の収入を減らした。筆者の調査によると、ウーバーが新しく進出した都市ではタクシー運転手の1時間あたり収入が約10%減少している。生成AIは多くの職業で参入障壁を引き下げる役割を果たし、同様の効果をもたらすだろう・・・

産業政策の復活

7月16日の読売新聞1面、伊藤元重・東大名誉教授の「産業政策の復活「市場の失敗」是正し成長」から。

・・・主要国が先端技術分野の支援や気候変動対応の促進など、大規模な産業政策を展開している。
米国は、半導体の国内開発・生産を推進する「CHIPS・科学法」による7兆円超の投資支援を実施しつつある。さらに、インフレ抑制法に基づいて、気候変動対応などに10年間で60兆円規模の補助を行おうとしている。
 一方、欧州連合(EU)も新型コロナウイルス禍で打撃を受けた経済の「復興パッケージ」として、グリーン化やデジタル化などに300兆円規模の予算を準備している。
こうした大規模な産業政策の背景には、ポストコロナ時代に経済成長を実現することへの意気込みと、地政学的リスクへの対応があるのは明らかだ・・・

・・・主要国では少し前まで、民間の活動に政府は関与すべきではないとする考え方が主流のように見えた。しかし近年は、政府が財政や税制などを使って民間の経済活動を支援する「産業政策」の復活が目に付く。なぜ、こうした流れになったのだろうか。
気候変動対応で、政府による市場への介入が必要であることは論をまたない。地球温暖化は壮大な規模の「市場の失敗」だ。政府が何らかの介入を行わない限り、正しい資源配分を実現するのは難しい・・・

・・・気候変動対応のための産業政策は良いとしても、半導体のような先端分野で同様の政策を行う正当性はあるのだろうか・・・
・・・政府の介入は、気候変動対応では正当化できそうだが、半導体の場合は意見が分かれる。日本企業、あるいは日本国内での開発・生産を拡大させなくても、米韓台から輸入すればいいとの見方もあるからだ。かつての日米半導体摩擦で、米国は、日本政府による過度な国内支援が公正な競争を妨げていると批判した。
ただ、最近はそうした見方に変化が起きている。半導体そのものの重要性がこれまで以上に高まっていることに加え、地政学的な理由から国内で半導体産業を維持する必要性が増しているためである。
さらに、半導体分野で国境を超えたグローバルな分業が広がっていることも、産業政策のあり方を変化させた。日本の産業政策によって日本国内での活動を拡大できるのは、日本企業にとどまらない。米国や台湾の企業も産業政策の恩恵を受けるのだ。
いずれにせよ、技術革新や「規模の経済」が強く働く半導体のような産業で、どこまで産業政策によるテコ入れが正当化できるか、古くから議論の対象となってきた。産業政策はうまく機能するとは限らない。市場の失敗と同じように、政府の失敗もある。

とはいえ、技術革新の動向や半導体の重要性、地政学的な問題などを考え合わせると、政策的な関与による失敗よりも、市場に委ねることによる失敗の方が、可能性は高そうだ。
すでに述べた通り、日本経済が30年停滞した大きな要因は、民間投資の弱さである。これがマクロ経済の需要不足を生み、デフレの原因となった。金融緩和策で需要を作ろうとしたものの、投資を増やすことはできなかった。
投資の貧弱さは供給サイドにも影響した。生産性の伸びは緩やかで、生産能力の拡大も鈍かった。規制緩和や成長戦略は力不足で、コロナ禍での財政出動も、危機対応の一時的なカンフル剤にとどまった。
政府による財政出動が必要だとしても、それは最終的に民間投資を促す政策でなくてはならない。政府の産業政策には、そうした効果が期待できる・・・

経済への政府の介入の変化は、連載「公共を創る」第132回、133回で取り上げました。

日立の改革

日立製作所、私たちの世代には家電製品の印象が強いですが、大きく転換しました。きっかけは2008年、当時最高の赤字を出したことです。そこからの改革と復活は有名です。本にもなっています。
NHKウエッブニュースが、「日立製作所 採用・人事担当者に聞く「モノづくり」から「社会課題の解決」へ 大赤字からの大変革」(7月5日掲載)を載せています。詳しくは記事を読んでもらうとして。

会社が潰れるという危機感から、扱う事業と商品を絞り込みました。記事では、それを3つに整理しています。
1 社会課題解決型ビジネス
2 データ・アナリティクス(データ分析)
3 ジョブ型人事

1については、次のように説明しています。
・・・先ほどの2008年度の赤字をきっかけに、大きくビジネスを見直し、 「モノづくり」から「社会課題の解決」にかじを切ったからです。
少し前まではお客様が自分たちが何を欲しいのか分かっていました。この時速で走る電車が欲しいとか、それに耐えうるモーターが欲しいとか、日立に限らず、どのメーカーも品質の高い製品を競って作るという時代でした。
けれど、いまの時代は何かを作って欲しいではなく、例えば利用者が減って困っているという状況に対して、何ができるかが問われています。
そうです。そのため「単に良いものを作ったら買ってくれる」ではなく、社会が何を求めているかを踏まえたうえでビジネスを展開していくようになったんです・・・

2は情報通信技術の発達によるものですが、1と3は経済成長期になじんだ仕組みからの脱却です。拙稿「公共を創る」で議論している、日本社会の転換に通じます。

幸福度指標

5月26日の読売新聞が「G7 政策立案の指標見直し 脱経済偏重「幸福を追求」」を載せていました。

・・・今月11〜13日に新潟市で開かれた先進7か国(G7)財務相・中央銀行総裁会議で、「幸福の追求」が議論された。経済成長に限らず、様々な側面から幸福度を捉え、政策に生かそうとする動きが広がっている。
G7で話し合う議題は、議長国の日本が設定した。金融システムの安定やウクライナへの支援といった喫緊の課題に加え、幸せを実現するための政策をテーマにしたのは、国内総生産(GDP)の成長が重要であることに変わりはないものの、それだけでは限界があるとの問題意識からだ。
GDPは経済の大きさを測る指標として各国が重視しているが、無料のデジタルサービスや無償のボランティアなどは反映されない。経済規模が大きくなっても環境が悪化したり格差が拡大したりすれば、人々の幸せにはつながらない。
G7では、GDPでは表すことのできない、多様な価値を重視した政策のあり方を巡って意見が交わされた。13日に採択された共同声明では、「幸福をよりよく評価するための指標を、いかに実用的かつ効果的な方法で政策立案に組み込むか、検討する必要がある」との文言が盛り込まれた・・・

・・・他方、すでに多くの先進国や国際機関は、幸福度を表す指標を作っている。幸せの程度は主観的な感情であるため、「最近の生活にどの程度満足していますか」といったアンケート調査で測定。失業率や平均賃金など、幸福度と関係の深い統計データを組み合わせ、指標群(ダッシュボード)として示すのが一般的だ。
政策現場での動きは、2008年のリーマン・ショックの後に目立つようになった。過度な利益の追求が経済危機を招いたとの反省から、「豊かさ」を見直す機運が高まった。
経済協力開発機構(OECD)は11年、各国の生活の豊かさを示す「より良い暮らし指標」を作成した。国民生活に密接に関わる住居や仕事、健康など11項目で構成する。
また、国連の研究組織は12年以降、14年を除いて国ごとの幸福度を測定し、結果を「世界幸福度報告書」として公表している。
測定では、米ギャロップ社の世論調査をベースに「人生選択の自由さ」などを評価し、1人当たりGDPや健康寿命など六つの要素をもとに数値化する。
今年のランキングで、日本は137の国・地域のうち47位だった。これまでの順位を見ても40〜60位台で推移しており、先進国では下位にある。上位に北欧諸国が目立つのは、毎年の傾向だ。
もっとも、このランキングには批判が多い。日本をはじめアジア諸国では、人生に対する評価を聞かれて「普通」といった中間的な回答をすることが多く、個人主義的な傾向の強い欧米諸国に比べ、数値が高くなりにくいとされる。幸福度の捉え方は、社会や文化によって異なるのが実情だ・・・