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解雇、金銭解決制度で透明性向上

11月1日の日経新聞経済教室、川口大司・東京大学教授の「解雇、金銭解決制度で透明性向上」から。

・・・9月の自民党総裁選では有力候補であった小泉進次郎氏が解雇規制改革を公約に掲げ、賛否両論を巻き起こした。河野太郎氏も解雇の金銭解決を訴えるなど、解雇法制の改革が国民的な関心を呼ぶに至っている。
9月半ばの日本経済新聞の世論調査では、正社員の解雇規制の緩和について「現状の規制は厳しいので緩和すべきだ」との回答は45%で「現状のままでよい」が43%と賛否が相半ばしている。本稿では解雇規制改革が必要な理由を整理し、どのような改革が望ましいのかを提案したい。

解雇法制の改革が提案される背景には、日本の解雇規制が厳しすぎるという認識がある。経済協力開発機構(OECD)が数値化した解雇規制の厳しさの指数でみると日本は平均よりも緩く、厳しくはないという指摘があるが、その指摘は必ずしも正しくない。
日本では不当解雇の救済手段として金銭解決が認められていないため、解雇の際の解決金がないとOECD指標では取り扱われている。そのため金銭解決が「月給の数カ月分」という形で定義されている大多数のOECD諸国と比べると、解雇費用が低く見える。

現実はどうかというと、金銭解決が認められていないため不当解雇に対する救済手段は原職復帰に限られる。しかし裁判を争った企業のもとに労働者が戻るケースはまれで、最終的には金銭的な解決が図られることが多い。その際の解決金の水準が不透明であり、紛争になるケースが多い。
紛争が起こる可能性自体をレピュテーションリスクと考える企業にとっては、解雇はリスクの高い選択だといえる。つまり日本の解雇規制が厳しいという認識は、解雇をしてトラブルになった際に何が起こるかわからないという不透明性に起因しているといえる。

日本における解雇規制の不透明性が、企業内での職種転換による環境適応を多くの企業に強制しているならば、制度の透明性を向上させ、各企業の事情に合わせた選択ができるような環境を整える必要がある。
日本の解雇規制の透明性を高めるためには、不当解雇が起こった時の救済手段として金銭解決を認め、その解決金の水準をあらかじめ設定する必要がある。

筆者と東京大学の川田恵介准教授はその水準を、労働者が今の企業で働き続けたら得られたであろう生涯所得と、転職した際に得られる生涯所得の差とする「完全補償ルール」を提案する。その水準が退職時の月給の何カ月分にあたるかを計算した(表参照)。
この大きさは勤続年数に応じた賃金増加に依存するため、勤続年数が長いほど大きくなる。また勤続に伴う賃金増加は大企業のほうが大きいため、大企業ほど解決金も大きくなる。
日本の多くの正社員は、雇用保障と将来の賃金上昇を見越して長時間労働に耐え、全国転勤にも応じ、スキル向上に励んできた。
これをご破算にしようというような解雇規制の緩和は公正性を欠くし、政治的にも困難だ。日本の雇用慣行を踏まえた現状の解雇法制の大枠には手を付けず、金銭解決制度を導入して制度の透明性を向上させるのが現実的だ。
この制度を採用したうえで、勤続年数と賃金の関係の変化など客観的な指標に基づきつつ、解決金の水準を調整していく仕組みを導入することが望ましい・・・

政治家の「経済オンチ」?

11月15日の日経新聞夕刊に、「「経済オンチ」は一体誰か?」が載っていました。
・・・第2次石破茂内閣が11日、30年ぶりの少数与党として発足した。自民党が10月の衆院選で大敗した理由として政治資金問題ばかりに目を向けては本質を見誤る。もう一つの要因は「経済無策」という野党の批判に抗しきれなかったことにある・・・
・・・野党2党首が選挙戦で批判したように石破政権の経済政策方針は矛盾に満ちている。石破首相(自民党総裁)は衆院選で「最優先すべきはデフレからの完全脱却だ」と主張した。一方でそのために掲げたのは「物価高を克服するための経済対策」だった。
デフレなのか物価高なのか。消費者物価指数の上昇率は、インフレ目標である2%を2年半にわたって上回り続けている。生活者の物価感をデフレかインフレかの二択で示せば、今はインフレだろう。

首相は「経済オンチ」というより確信犯的な政治レトリックを使っているとみるべきだ。インフレ対策なら、金融・財政とも不人気な引き締め策に向かわざるをえない。
ところがデフレという単語は曖昧に解釈できる。「デフレ=経済停滞」と広義にとらえれば、ガソリン補助金のような物価高対策に大義名分が生まれ、有権者にアピールする財政出動に道が開ける。

野党の勇ましい主張も曖昧な経済用語を逆手にとった確信犯的なレトリックに満ちている。国民民主の玉木代表は「賃金デフレ」という言葉を使う。それが指すのは「1996年をピークに下がり続けている実質賃金」だという。
実質賃金は、実際に生活者が受け取る賃金(名目賃金)から物価上昇分を差し引いて計算する。2023年の実質賃金は前年から2.5%も下落した。生活者の不満が与党の大敗の根底にあり「手取りを増やす」という国民民主の躍進につながった。
ただ、実質賃金が下がった最大の理由は手取りが減ったからではなく、消費者物価(持ち家の帰属家賃を除く総合)が3.8%も上がったからだ・・・

・・・本来なら引き締め的な円安対策を講じるのが王道だ。玉木氏はそれを「賃金デフレ」と言い換えることで、所得税の非課税枠拡大といった大幅減税案で有権者の歓心を買うことに成功した。
衆院選で議席を増やしたれいわの山本代表は「30年不況」という厳しい言葉を繰り返す。経済論議の中で「不況」とは通常、景気循環上の悪化局面を指す。
実際の日本経済は、1993年から2020年までの5回の景気循環の中で拡張期は245カ月、後退期は74カ月と成長期の方が大幅に長い。長期トレンドとして「低成長」の状態にあるが、マイナス成長を続けているわけではない。
不況期であれば、失業者の増加を防ぐ即効性のある財政出動と金融緩和が必要になる。山本氏がいう「消費税減税」も検討対象の一つになるかもしれない。
経済状態が不況でなく低成長であれば処方箋は変わる。成長企業に働き手を移す労働市場改革や国際競争力の高いハイテク産業の育成など、複雑な構造改革こそ求められる。野党のように「減税」の一言で政策を語ることはできなくなる・・・

回復していない日本経済

このホームページでしばしば紹介している川北英隆・京都大学教授のブログ。世界の山歩きから近場の小さな山まで、その記録を楽しみに読んでいます。
でも、先生の本業は、株式市場や債券市場です。最近も「賃上げへの期待と現実」(11月4日)と「株価も失われた30年」(11月11日)を書いておられます。

・・・図表を2つ示す。製造業と非製造業(銀行や保険を除く)の労働分配率である。
つまり企業が生み出した付加価値(営業利益+人件費+減価償却費≒名目国内総生産=名目GDP)のうち、人件費として支払った比率の推移である。ついでに企業が営業利益として支払った、というか懐に入れた「利益分配率」も同じ図に示した。期間は1960年度から2023年度までである。
この2つの図から、製造業も非製造業も、足元で労働分配率を低下させ、それによって利益分配率を高めていることが判明する。つまり「賃上げ」はできるだけ抑制し、それによって企業自身の取り分を増やす行動である。1990年代以降を見れば確認できるだろう。
この傾向が著しいのが非製造業の大企業(資本金10億円以上の企業)である。製造業の大企業でも、コロナ禍が収束し円安が進んだ2021年以降、この傾向が急速に進んでいる・・・
・・・言い換えれば、2000年初頭まで、非製造業の大企業は設備投資に力を注いでいた。通信会社の携帯電話事業、コンビニの店舗網拡大が典型例だろう。しかしこれらの事業も成熟段階を迎え、設備投資がピークアウトし、それにともなって減価償却費の比率も低下したのである。付け加えれば、日本の場合、アメリカのIT関連企業のようなプラットフォーマー的事業展開は乏しいから、設備投資も大きくない。

まとめれば、大企業は政府の要請に応えるように、渋々ながら賃上げをしている。利益が増えていることも背景にあろう。一方、高い人件費を支払い、優れた人材を多く集め、世界的な競争に打って出よう、事業や産業を革新しようとの気概に乏しい。
ということで、賃上げと景気の好循環に入るのはまだまだ不足が目立つ。ということで、日本の景気は、依然としてアメリカなどの海外経済次第である。2024年度に入っても、状況はそれほど変わっていないだろう・・・

「株式市場は10年前に回復したが、経済は依然として回復しておらず、「失われた40年」になりかねない」という主張について。
・・・論点は2012年後半から上昇してきた株価を「蘇った」と見るのか、そうではなく「単に元に戻っただけ」と見るのかである。依然として上場企業の半分前後のPBR(株価純資産倍率)が1倍を割れている現在(言い換えれば解散価値を下回っている現在)、「失われた時代を乗り切った」と断じるのは言い過ぎだろう。もちろん、素晴らしい企業が日本にあることを否定しはしないので、曇天の中に青空が見え始めたと言うのが正しいのかもしれない。
そもそも先進国の経済は企業活動と一心同体であり、その企業群の中心に上場企業が位置する。とすれば、経済と上場企業が、片や失われた30年に陥り、片や失われた30年から抜け出したというのは変な論理である。

株価と株価の裏側にある企業業績が回復したように見えるのは、企業が人件費を節約しまくり、古い設備を使いまわしたからであり、大人しい従業員が文句を言わずに生活費を削って対応したからである。さらに足元では円安が急速に進み、その結果として企業業績が伸びたように見えている。しかし世界基準(たとえばドルベース)で日本の企業業績を評価するのなら、見掛け倒しでしかない。
付け加えれば、過去に活躍した企業のうち、今も世界で活躍し、注目され続けている企業が日本にどれだけ残っているのか。多くの日本企業は名前さえ忘れ去られようとしている。逆に新しく登場し、世界的に注目を浴びつつある企業が日本にどれだけあるのか。これも少ないだろう・・・

日本の稲作反収、世界で16位

10月23日の日経新聞経済教室は、荒幡克己・日本国際学園大学教授の「稲作農政の課題、単位収量増で競争力強化を」でした。詳しくは記事を読んでいただくとして、びっくりしたことがあります。

面積当たり収量(反収)が、世界第16位だそうです。アメリカにも中国にも負けているそうです。
日本は10アール当たり536キログラム、オーストラリアは800キロを超え、アメリカも700キロに近いです。
日本は、1969年には第3位でした。
日本の農業は生育方法の改良や品種改良、それに人手をかけて丁寧に作業しているので、粗放な農業と比べはるかに反収が良いと思い込んでいました。その後、各国は努力して、日本は発展しなかったということですね。

不安定な政治が生む経済の低下

10月11日の日経新聞オピニオン欄、森川正之・一橋大学特任教授の「不安定な政治が生む不確実性ショック」から」

・・・不確実性は古くから経済学の重要な研究テーマだったが、世界金融危機を契機に研究が加速した。そして不確実性の高まりが企業の投資や雇用、家計の消費に対してネガティブな影響を持つことが明らかにされてきた。出生率へのマイナス効果を示す研究もある。有力なのが「リアルオプション効果」といわれるメカニズムである。企業も家計も将来見通しを前提に現在の行動を決定するので、経済成長、物価、所得などの先行き不確実性が高まると、それが解消されるまで動かずに様子見をするという理論である。
大規模災害など予期せぬ出来事は、不確実性を高めるきっかけになる。「コロナ危機」も先行きが見通せない不確実性ショックという性格が強かった。経済活動の制限に伴う直接的なマイナス効果だけでなく、不確実性の高まりが追加的な影響を与えた。
「政策の不確実性」も実体経済活動を下押しすることを多くの研究が示している。予算、税制、法律改正、金融政策などの見通しが不透明だと、政策の影響を受ける企業や家計が積極的な行動を控えるからである。結果として政策効果が減殺されたり、意図せざる副作用を持ったりする。つまり政府が不必要な不確実性をつくらないことが経済政策としても重要である・・・

・・・日本経済は長期デフレからほぼ脱却し、人手不足が深刻になっている。こうした状況の下、生産性向上を通じた潜在成長率引き上げが経済政策の中心になるのは当然だ。ただ、研究開発、人的資本投資、規制改革などの成長政策は、その効果が現れるまでに時間がかかる。このため給付金や減税など短期の景気対策と比べ、政治的訴求力に欠ける面がある。
選挙では政治的にアピールしやすい「支援」がキーワードとして使われることが多く、財源論を度外視した様々な政策が提案される。しかし、コロナ危機で一段と膨らんだ政府債務は不確実性ショックの潜在的な源泉である。将来にわたる政策の予測可能性を高めて不安を払拭することが、企業や家計の前向きの行動を引き出す上で重要だ・・・