5月18日の読売新聞「あすへの考」は、猪熊律子・編集委員の「多死社会 「最期の質」高めたい」でした。いずれ誰もが直面する問題です。詳しくは記事をお読みください。
・・・高齢化の進展で2040年の年間死亡者数は160万人超と、かつて経験したことのない多死社会の到来が見込まれている。たとえ意識を失っても、判断・認知能力が衰えても、尊厳ある最期、苦痛のない最期を迎える準備を私たちはできているのだろうか。より良い死への過程を意味するQOD(Quality of Death/Dying、直訳は死の質)を高める医療のあり方を考える・・・
・・・こんなはずではなかった――。 その代表例が、人工呼吸器装着の選択を急に迫られ、つけた後も回復が見込めないケースだろう。
つけても望んだ治療効果が得られなければ、患者は管や、管を抜かないための抑制帯などにつながれ、苦しい思いをする。一方、一度つけたら外せないからと人工呼吸器をつけなければ、救命の可能性を奪う危険性がある。「つける・つけない」の二者択一に患者、家族も医療者も悩む中、今、注目されているのがTLT(Time‐Limited Trial)と呼ばれる期限付きの治療の方法だ。
まずは治療を始め、患者が望む状態まで回復することが困難だと明らかになった段階で治療を終了し、緩和ケアに移行する。米国で普及しており、日本でも実践する病院が現れ始めた。東京ベイ・浦安市川医療センター(千葉県浦安市)はその代表格だ。
気管切開や人工栄養で不本意な最期を遂げた患者らがいた教訓から、患者の意思決定を最優先に据え、延命治療をやめることができるマニュアルを16年に作成した。参考にしたのが、厚生労働省が07年に出した指針だ。医師が人工呼吸器を外し、患者が亡くなった事件が起きたのを機に、終末期医療への考え方を国が示した。積極的安楽死は対象外とした上で延命治療の終了も事実上認めた。ただし指針は法律ではないため、医師が殺人罪などで訴えられる可能性が少しでもある限り、治療の終了に慎重な医療機関も少なくない・・・
・・・QODの観点からTLTとともに注目されるのが「緩和ケア」だ。
帝京大医学部の伊藤香准教授は約20年前、米国で救急・集中治療に携わった際、ICU(集中治療室)に緩和ケア医が現れて驚いた経験を持つ。早い段階からの緩和ケアの介入は患者の望みをかなえやすくし、QODを高めることにもつながる。反対に、死と常に隣り合わせの救急・集中治療現場で鎮痛、鎮静など症状緩和の医療がなければ患者は苦痛の中に放り出され、治療の終了も難しくなる。
「日本で緩和ケアというと、がん末期の患者さん対象のイメージが強いが、本来、緩和ケアはどの患者も選択できるべきだ。高齢化が進み、必ずしも積極的な治療を望む人ばかりでない日本の現状を思うと、緩和ケアも含めた治療の提案が重要性を増す」と伊藤さんは言う。日本救急医学会などは終末期医療の新しい指針の公表を夏に予定する。指針の策定委員長も務める伊藤さんは「緩和ケアやTLTの有用性を盛り込む方向で検討が進んでいる」と語る・・・
・・・では、個々のQODを高めるためにはどんなことが必要か。
緩和ケアは診療科横断的に捉え、診療報酬を柔軟に見直すとともに、対応できる人材を育てていくことが必要だ。患者に寄り添う医療の実現や、病院でなく在宅で亡くなる人も増える中、困った時に気軽に相談できる地域の医療体制の構築が欠かせない。
一方、患者の側も「お任せ医療」から脱却し、死の過程を学び、自らの希望を周囲と共有する努力が求められる。日本尊厳死協会が運営するウェブサイト「小さな灯台プロジェクト」には、遺族から寄せられた会員の最期の様子が掲載されている。長く門外不出だったが「一足先に医療の厳しい選択を迫られた人たちの体験談は、これから逝く人にとって『灯台』の役割を果たせるはず」と21年から公開した。人工呼吸器に関する解説サイトもあり、参考になる・・・