カテゴリーアーカイブ:教育

情報過多の逆効果

2025年5月27日   岡本全勝

紙の教科書、電子の教科書」の続きです。酒井邦嘉・東京大教授の発言に、次のような話があります。
「デジタルの利点は教育において、むしろ裏目に出ることが多い。
最近の教科書にはデジタル教材につながるリンクが多く載っているが、情報過多となり、逆効果だ。リンクがある度にそのまま読み進めるかどうかの判断を迫られる結果、思考を巡らせながら読むことができなくなり、理解の妨げとなる」

納得します。紙の文章でも注が多いと、そのたびに本文の流れが中断してしまいます。私はたいてい、注があってもその時に読まず、後でまとめて読むことが多いです。
インターネットで文章を読んだりすると集中できないのは、酒井先生の指摘されていることが理由なのですね。

新聞とネットニュースの違いに、有限と無限の違いがあります。無限の方がたくさん知ることができると思いますが、そうではありません。無限はキリがないのです。それと、主たる記事を集中して読むことができません。
ネットサーフィンしていると、「あれ、私は何を調べていたんだっけ」と当初の目的を忘れていることが多いです。テレビでも、チャンネルが多いと、一つの番組を集中してみることができません。
「二兎を追う者は一兎をも得ず」ではなく、「多兎を追う者は一兎をも得ず」です。

先生の発言には、次のようなこともあります。
「検索機能や動画の視聴など、様々な機能があるほど便利にはなるが、その一方で思考力や創造力が奪われ、人間は脳を使わなくなってしまう」

これも、大いに納得します。自分で考えない人が増え、学校だけでなく職場でも困ったことが起きるでしょう。他方で、独裁国家はやりやすくなります。情報統制をしておけば、国民はそれを鵜呑みにするのです。強権を発動しなくても、権力が(間違ったことをしても)正しいと思い込むでしょう。

機械によって便利になれば、それまで使っていた機能は退化します。
人類の足は、運動選手を除いて、どんどん退化するでしょう。孫たちには、マッチで火をつける方法や、かまどなどでご飯を炊く方法を教えなければなりません。機械が止まったとき(停電したとき、災害時)に、それが露見します。

紙の教科書、電子の教科書

2025年5月18日   岡本全勝

4月25日の読売新聞「デジタル教科書の拡大」から。
・・・中央教育審議会の作業部会が、紙と同様にデジタル教科書を「正式な教科書」に位置づけることを提起している。作業部会では、国民や教育関係団体からの意見を踏まえ、今秋までに結論をまとめる見通しだ。デジタル教科書の特性について、識者3氏に聞いた・・・

酒井邦嘉・東京大教授の発言
・・・人間の脳の特性を踏まえると、学習に最も適しているのは紙媒体だと言える。
人間の脳は、いつ、どこで、誰が、何をしたかをエピソードとともに覚える。紙の教科書であれば、どのページのどこに書かれていたかの位置関係や、手触りといった様々な手がかりがあり、内容を深く記憶することが可能になる。
NTTデータ経営研究所や日本能率協会マネジメントセンターと行った共同研究では、紙の手帳に予定を書き留めると、スマートフォンなどの電子機器を使う時よりも短時間で記憶できた。手帳に書き込んだ内容を思い出す時の脳の状態は、電子機器より、言語、視覚、記憶に関わる領域の血流が増え、活発に働いている様子が確認された。

海外の研究でも、紙の方が脳の働きを促し、理解度を深めることが判明している。
スウェーデンのカールスタード大学などが行った実験では、大学生を二つのグループに分け、パソコンの画面と紙とで、同じ内容を読んだ際の理解度を比較した。一つのグループは電子ファイルにした文章をパソコンの画面で読み、もう一方は印刷した紙で読んだ。読解テストを実施したところ、紙で読んだグループの方が成績が高かった。紙の方が、与えられた情報を脳の中で関連した記憶と結びつけ、よりよく理解することができていた。
ノルウェーでも高校生を対象とした同様の実験が行われ、こちらでも紙で読んだグループが良い成績を上げた・・・

・・・国は学習用端末を配備し、教育のデジタル化を急ピッチで進めようとしている。だが、デジタルの利点は教育において、むしろ裏目に出ることが多い。
最近の教科書にはデジタル教材につながるリンクが多く載っているが、情報過多となり、逆効果だ。リンクがある度にそのまま読み進めるかどうかの判断を迫られる結果、思考を巡らせながら読むことができなくなり、理解の妨げとなる。
検索機能や動画の視聴など、様々な機能があるほど便利にはなるが、その一方で思考力や創造力が奪われ、人間は脳を使わなくなってしまう。
偉大な科学者たちは紙の本とノートで学び、革新的なアイデアを生み出してきた。子どもたちの脳の成長を促すためには、紙を使用した質の高い教育が欠かせない・・・

アンデルス・アドレルクロイツ、フィンランド教育相の発言
・・・フィンランドの一部の都市では、デジタル教科書から紙の教科書へと回帰する動きが出てきている。紙の本の重要性が再認識されているためだ。
デジタル化社会を見据え、児童生徒一人一人にノートパソコンを配布するなど、教育現場ではICT(情報通信技術)を早いうちから導入してきた。子どもの学習意欲やICTスキルを高めることが期待されていた。
だが残念ながら、世界の15歳の学力を測る「PISA(国際学習到達度調査)」の成績は、低迷傾向にある。初回の2000年にフィンランドの読解力は世界トップとなったが、直近の22年は14位と、この20年間で徐々に順位を下げてきた。数学と科学の分野も、それぞれ同様に下降線をたどっている。

読解力が低下した背景には、紙の本を以前に比べて読まなくなったことがある。社会や教育の場でデジタル化が進み、子どもたちの読書量が減った。それにより、集中力を維持できず、長文の内容がつかめないなどの悪影響を及ぼすようになったとみられる。
読解力は他の教科の成績と強い相関関係があり、全ての学びにつながる最も重要な力だ。政府は子どもたちの基礎学力を向上させるため、7歳~12歳を対象に「読む」「書く」の授業時間を増やすことを決めた。
子どもには、紙の本を読んでゆっくりと考えさせる教育的アプローチの方が有効だと考える。完全に教材をデジタルに移行した学校もあるが、今後は全ての子どもたちが紙の教材を使えるようにしたい・・・

ネット時代に教養は成り立つか

2025年5月6日   岡本全勝

4月5日の朝日新聞オピニオン欄「「教養」はどこへ」、大澤聡さんの「知の対話へ、いまこそ読書」から。

・・・本を読むことで教養を形成するという価値観は、近代だからこそ成り立っていたのかもしれません。
インターネットによってあらゆるものが可視化された現代では、世界は無限に広がっていて、全てを把握するなんて無理だと事前にわかってしまっています。
しかし手に入る情報が限られていた時代には、必読リストを読破すれば世界の全てがわかるはずと思い込めました。冊数が限られ、頑張ればゴールまで行けそうな気がするからこそ挑む気になれたのでしょうね。
本には目次があります。1章、2章と番号を振って情報に序列を付け、スタートからゴールまで一直線に構築された体系性があります。前へ前へ、より高く、と駆り立てるその構造は、人格を高めたい、賢くなりたいという「教養主義」の上昇欲に合致していました。

一方、目次のないネットの世界はすべてがバラバラで、序列も体系もあいまいです。情報が無限にあってゴールが見えないため目指そうともしなくなります。
そもそも、誰もが共有すべき知識や価値観があるという考え方は、権威を崩してみんな対等だとみなす20世紀後半からのポストモダンの時代に、力を失いました。多様性が重視される時代を背景に「この本は読んで当たり前」という同調圧力は働きにくくなり、教養は雑学や趣味のようなものに変わってきています。

気になるのは、多様化の中でむしろ権威主義化が進んでいることです。専門の島宇宙それぞれに小さな王様がいて、よその島から口を出すなという雰囲気がある。これでは全体の見取り図は描けません。教養主義が内包する「他者を知りたい」という知的欲求は手放すべきではないでしょう。
いま必要なのは島と島をつなぐ対話的教養です。自分の島の知を元手に、他の島の知への推測を働かせ、共通点を探る。そんな「比喩」や「要約」の力を磨くことが大切になります・・・

小中学生が使う情報端末

2025年4月21日   岡本全勝

3月23日の朝日新聞「「1人1台」はいま 上」「学校端末でゲーム、戸惑う現場」から。
・・・小中学生が学校で使う1人1台の情報端末で、授業中や休み時間にゲームをする子がいる――。朝日新聞教育班にそんなメールが届きました。実態と対処法について、2回に分けて報告します。まずは実態から。

メールの送り主は、さいたま市で学習塾を経営する吉田雅人さん(74)。塾生の小学生から、学校で使う端末で児童が自由に使えるプログラミング学習ソフトを開くと、本格的なゲームが体験できるようになっていると聞いたという。
「使用が長時間になり、端末への『依存度』が高まっている。最近、子どもの読解力や表現力が落ちていると感じており、関係がないか、心配している」
この小学生たちに話を聞かせてもらった。
さいたま市立小4年の女子児童(10)によると、クラスの担任の若手教員は余裕がなさそうな様子で、休み時間は不在にすることが多かった。児童らは、休み時間に果物を用いたパズルに似たゲームなどをするようになり、やがて、端末を使う授業の際にこっそりやる子が出てきた。このソフトは教材として使用を推奨しているものだけに、担任は発見しても強く注意できなかったようで、歯止めはかからなかった。
担任は授業にこなくなった。その後、別の教員が授業を担当するようになり、プログラミングソフトでのゲームは禁止に。ただ、自習が多くなる日もあり、漢字や計算などゲーム形式のドリルに夢中になる子もいるという・・・

・・・さらに、別の小学校の6年の女子児童(12)によると、端末の利用を制限するフィルターを解除する方法が児童の間で広がっている。なかには解除したうえでオンラインゲームをする子がいるという。
文章を書く宿題をする際、多くの子が生成AIを利用しており、でてきた文章をほとんど変えずに提出する子もいる・・・

小学校の教科書ページ数が3倍に

2025年4月19日   岡本全勝

3月23日の日経新聞1面に「分厚い教科書 理想手探り 20年で3倍」が載っていました。
・・・小中高で使用する教科書が厚みを増している。小学校の教科書のページ数は20年で3倍近く、中学校は2倍近くに膨れ上がった。「脱ゆとり教育」以降、児童生徒が学ぶ量は増えたが、学習指導要領が掲げる主体的な学びをサポートする教員の育成は追いついていない・・・
・・・学習範囲が広くなるとともに、近年は考えを手助けするヒント付きの解説や、ケーススタディーのような発展的な問題が盛り込まれ、厚みが増した。2020年度の学習指導要領で「主体的・対話的で深い学び(アクティブラーニング)」が導入され、さらに流れは強まった。
授業時間も増えた。小学校6年間の標準授業時数はゆとり教育時の02~10年度は5367コマ。20年度には418コマ増の5785コマになった。文科省の24年度調査では、年間の標準授業時数を超える公立学校は、小学5年で89%、中学2年で84%に上る・・・