カテゴリーアーカイブ:身の回りのこと

本の片付け、その後

2007年8月18日   岡本全勝

また、書類整理=書類や雑誌捨てをしています。そういえば、昨年夏に、実家から本を引き取り、書斎の棚に並べました。あれから1年が経つなあと、思い出しました。早いものです。
久しぶりに、本棚を見渡してみました。縦に5段、横に6つあるので、合計30区画になります。そのうち、よく使っているのは、次の通り。
1 書類整理棚(原稿や講義の資料、封筒に入れてファイルボックスに整理。これが一区画で満杯になっています)1つ。
2 原稿執筆用の本や、読もうとしている本の棚、2つ。
3 拙著や拙稿の切り抜き(これも、原稿などに利用するので)、1棚。
4 辞書類の棚(といっても、他の本が並んでいる前に並べてある)、1つ。
5 コピー用紙などを置いてある棚(これはよく使いますね)、1つ。
6 文房具が並んでいる棚、1つ。
こうしてみると、使っている棚は7つ、しかも、本棚として使っているのは、少しです。あとは、物置です。残りの本棚は、ほとんど触ることがありません。時々、捜し物をするくらいですね。そして、本は並べたものの、整理は進んでいません。
読みかけの本や買ってきた本は、例によってテーブルの上に、積ん読になってます。読み終えた本は、本棚に空きがないので、床の上に平積みになってます。
息子が大学に進んだので、法律関係の本を少しずつ、引き取ってもらっています。少し空きができるのではないかと、密かに期待しています。ところが、今春に大学を卒業した娘が、読んだ本を私の書斎に「捨てに」来るのです。上には上がいます。

夏椿

2007年5月27日   岡本全勝

昨春、玄関脇に夏椿を植えました。しかし、昨夏は、咲きませんでした。今年は、たくさんつぼみを付け、昨日今日と一輪ずつ咲き始めました。インターネットで探すと、立派な木にたくさんの花が咲いた写真がいくつも載っています。それに比べ、わが家の木は小さいですし、花もまだ一輪ずつでさみしいです。でも、清楚できれいです。一日花なのが惜しいですが、それが生き物なのでしょうね。

椿の若葉と毛虫

2007年4月14日   岡本全勝

庭の椿は花が終わり、若葉が元気よく伸びてきました。すると、早くもチャドクガの幼虫も。変に黒くなっている葉っぱがあるな、と思ってよく見たら、小さな毛虫が密集して葉の裏をかじっていました。その生命力には感心しますが、そうも言っておられないので、早速葉っぱごと取って安楽死してもらいました。
いろいろ教えてもらっている、物知りのご近所の奥さんに、早速報告。「エー、もう来ましたか。岡本さんとこの椿は、風通しも良く日当たりも良いから、あまりつかないはずなんですがねえ」。

経験の空間

2007年1月29日   岡本全勝

読みたいと思いつつ、放ってあった「空間の経験」(イーフー・トゥアン著、ちくま学芸文庫)を、読みました。例によって、布団の中でです。
アメリカの本らしく、結構な分量があって、また、これでもかこれでもかといろんな話が出てきて、私には読みにくかったです。私の関心は、場所や風景がどうして個人と結びつくか、すなわち思い出深い場所となったり、住みやすい場所になるかです。私には、生まれ育った家の細部、家の周囲の景色、小学校からの帰り道などが、いまだに懐かしい「価値ある」場所です。それは、世間から比べると、ありふれた細々とした風景ですが、なぜか安心感をもたらします。そこを離れてもう30年以上が経つのですが。
谷村新司さんと加山雄三さんの歌「サライ」の3番の歌詞に、次のようなくだりがあります。
「若い日の父と母に 包まれて過ぎた やわらかな日々の暮らしを なぞりながら生きる。まぶた閉じれば 浮かぶ景色が 迷いながらいつか帰る愛のふるさと」。これなども、同じだと思います。ただしこれは暮らしぶりであって、場所と景色だけではありませんが。
風景や場所は、客観的な事実です。写真に撮れば、みんなに同じように見えます。しかし、そこに生きる人・生きた人にとっては、観光客や第三者とは違った意味を持ちます。経験を通じて、その空間は「意味ある場所」に変化するのです。
また、それは住民一般に広がると、住みやすい地域、あこがれの場所ともなります。もちろん、ある個人の体験や感覚と、住民一般の思いや考えとの間には、違いはありますが。桑子敏雄著「環境の哲学」(1999年、講談社学術文庫)なども、参考になります。
東京に家を建てて暮らしているのですが、ここはまだ、子どもの時のあの場所のような「親密さ」は生まれません。まあ、まだ日が浅いと言うこともありますが、人格形成期と熟年との感受性の差もあるのでしょう。

2007.1.28

2007年1月28日   岡本全勝
家のツバキが、花を開かせ始めました。つぼみはたくさんついているのですが、咲くのは今のところ一輪ずつです。ところが、先日咲いた1輪目は、花びらの先が汚くなって、きれいに咲き切りませんでした。そこで、第2輪目は、毎朝出がけに注意して見ていました。すると、つぼみのうちはきれいなのに、花びらが開き始めると黒いシミのようなものが出て、きれいに咲きそうにないのです。病気にでもかかっているのかなと、心配していました。昨秋には、チャドクガの毛虫の集団に襲われたので、その影響かとも。実家のツバキなんて、放っておいてもきれいな花を咲かせていたのに。
今日、原因が分かりました。メジロが来て、花をついばんでいるのです。たぶん、蜜を吸いに来ているのでしょうが。よく見ると、朝より午後の方が、花びらが小さく、短くなっているのです。輝くような黄緑色のメジロのつがいですから、仕方ないですね。こんな都会に、よく住んでいるものです。