「明るい課長講座」カテゴリーアーカイブ

生き様-明るい課長講座

「任せるけど任せない」矢内広・ぴあ社長

11月29日の日経新聞夕刊「私のリーダー論」、矢内広・ぴあ社長の「先を見て自身で決断する 」から。

・・・――チケット参入は吉と出たわけですが、その足をすくわれるような試練もありました。2008年3月期にチケットのシステム障害に伴う売り上げの急減で最終赤字を計上しました。
「経営の難しさを本当に実感した出来事でした。改修作業で取り扱うチケットの削減を余儀なくされ資金繰りが悪化。債務超過になりかねないと、先回りをしてリストラを実施しました。財務面では凸版印刷やセブン&アイ・ホールディングスへの第三者割当増資を決断しました」
「最も歯がゆかったのは結局、私はシステムは何も知らず、どうしたらいいのかわからなかったということです。権限委譲も必要なことで任せていたのですが、チケットが収益の柱のぴあにとってITは根幹になってきているから避けて通れない。私がシステムを勉強しても限りがありますから基本的には任せるんですが、任せきりにしてはいけなかった」・・・

・・・――「任せるけど任せない」というのはどういうことでしょうか。
「松下幸之助さんが残した言葉『任せて任せず』がオリジナルです。当時、社外取締役として招いた元松下電器産業副社長の佐久間昇二さんから教わりました。自分の専門外でわからないこともありますが、ビジネスには例えばコストがどのぐらいで、どんな効果があり、いつまでにやるべきで、顧客にどんなメリットがあるのかなど、基本的な考えの枠組みがある。その枠組みのところまでは任せないということです」・・・

レジリエンス2

レジリエンス」の続きです。

レジリエンスは、簡単に言うと、悲しいことやつらいことを受けた際の、精神的回復力です。
それは、個人差があります。同じような悲しい出来事でも、乗り越える人と超えられない人がいます。
『レジリエンス こころの回復とはなにか』には、ガラス製の人形、鋼鉄製の人形、プラスチック製の人形のたとえが出てきます(p32)。ハンマーの一撃を加えると、ガラス製は砕け散り、鋼鉄製は壊れず、プラスチック製は消えない傷がつきます。もっともこのたとえは、提唱者が撤回しているようです。
ガラス製のボール、プラスチック製のボール、ゴム製のボールにたとえてはどうでしょうか。叩くと、ガラス製は壊れ、プラスチック製は傷がつきますが、ゴム製はへこんでも元に戻ります。

レジリエンスは成長とともに、強くなります。精神的負荷が適当にかかり、それを順次克服していくと、精神的に強くなります。苦しいことや失敗を乗り越え、成長していくことです。先ほどのボールのたとえは、使えませんね。
これは、肉体的能力と同じでしょう。子供が運動をして、体力や走る力を向上させます。この際に負荷を掛けずにいると、強くなりません。かといって、無理をすると筋肉を痛めます。これを精神力に当てはめて理解するのが、わかりやすいでしょう。
実社会では、子供に筋肉を痛めるほどの肉体的負荷を掛けることは、少ないでしょう。ところが、精神的には、虐待、親の離婚、いじめなど、とてもきつい負荷がかかることもあります。それを、社会として、どのように救っていくか。

インターネットで調べて、久世浩司著『マンガでやさしくわかるレジリエンス』(2015年、日本能率協会マネジメントセンター)を読みました。これはわかりやすかったです。

職場のタスクとリレーション

11月26日の日経新聞「やさしい経済学」、中村和彦 南山大学教授の「組織開発で考える職場の活性化  日本企業、人間的側面を軽視」から。

・・・野球チームが優秀な選手を寄せ集めても勝てるとは限りません。同様に、人を集めただけでは職場や組織は機能しません。組織開発とは、職場や組織を機能させ、活性化させていくための、人間的側面のマネジメントの考え方や手法です。この連載では、職場や組織の活性化を阻む諸問題について、組織開発の考え方に基づいて、どのように対処していくかを紹介します。
組織には、「タスク」と「リレーション」という重要な2つの軸があります。タスクの軸とは、仕事や業績に関心を向け、その達成のために働きかけることを重視するものです。一方、リレーションの軸では、人や関係性といった人間的側面に関心を向け、関係構築を目指して働きかけることを大切にします。
職場や組織が活性化して成果を上げるためには、タスクとリレーションの両方が機能する必要があることが、組織開発や社会心理学の多くの研究で明らかになっています・・・

レジリエンス

セルジュ・ティスロン著『レジリエンス こころの回復とはなにか』(2016年、白水社、文庫クセジュ)を、たまたま本屋で見つけて、読みました。

レジリエンスという言葉を、私は最近聞くようになりました。災害復旧や国土強靱化の文脈で、災害に強い施設や仕組みと理解していたのです。
ウィキペディアなどによると、心理学で使われる用語なのですね。ストレスという言葉とともに、元は物理学の用語です。それを、心理学が借用しました。
ストレスは「外力による歪み」で、レジリエンスはそれに対して「外力による歪みを跳ね返す力」とのことです。看護学でも、詳しく解説されています。

人がストレスやトラウマ(精神的外傷)を受けた際に、それを乗り越えていく力です。この本によると、レジリエンスの概念には、3つ+1つの波があったそうです。
一つ目は、トラウマを乗り越えていく能力を、個人の「素質」に求めました。しかし、この考えでは人間が二分化され、生まれ持って克服できる人とできない人に別れてしまいます。
二番目には、「過程」と理解しました。トラウマを受ける状況の中で、行動を起こす、あるいは援助することで、その状況を乗り越えていく過程です。ところが、この考えでは、あらかじめ道筋が決まっていて、誰もがその段階を経てレジリエンスを身につけます。うまく行かない人は、その路線からの失敗者になります。
三番目には、「力」と考えます。誰もがこの力を多少とも持っていて、生まれ持った力もあれば、環境によって身につける力もあります。そして、ストレスは常に有害とは言えず、うまく付き合えばレジリエンスを強くすることができます。援助することも有用です。
さらに第四番目には、個人だけでなく、集団(社会、経済、政治)にも適用されるようになりました。「レジリエント(強靱)な都市」「レジリエント(打たれ強い)会社」というようにです。

「抵抗力」や「回復力」という訳が当てられていますが、「克服」という日本語がわかりやすいと思います。ストレスに対する抵抗力です。
私はこの分野は門外漢なのと、翻訳という制約があって、読みやすい本ではありませんでした。わかりにくいところは、サッサと飛ばして読みました。それでも、得るところは多かったです。日本語で簡単な入門書があれば良いのですが。あるのかもしれません、私が知らないだけで。
もっと早く、このような学説を知っておくべきでした。私個人の人生についても、職員たちの悩みを聞く際にもです。この項続く

パワハラ、しごき。その2

11月22日の朝日新聞オピニオン欄「人を導く力とは」の続きです。

松崎一葉さん(精神科産業医)
・・・企業の研修で、講師が一般的なパワハラ話をしても、管理職は「きれいごとに従っていたら契約は取れない」「今の若者は9時~5時で働くだけでは育たない」と話半分にしか聞いていません。彼らには、利益を上げるためには自分の指導方法は多少きつくても「善」であるという信念があるからです。
彼らが部下を指導する内容自体は無理難題ではなく、事実、若手が頑張ってもとれない契約が、課長がいくとまとまったりする。「こうしたらいい」という彼らの指導内容はおおむね正しいのです・・・

・・・しかも彼らは自分の出世目的というより、「国民にいい車を届けよう」とか「お客さんが満足するサービスを考えよう」と、本心から思っています。その目標がしっかり共有されているとき、私は上司と部下との間に「共感的関係」が成立していると言います。部下は「この人が言うのなら」と我慢して、自分から過重労働に耐えようとするのです。働き方改革が叫ばれても、こうした関係が会社の中に内在する限り、うつ病や過労死の危険がなくなることはないと思います。
昨今のレスリングや体操など競技団体でのパワハラ騒動も、同じように「金メダル」という崇高な目標を共有していた「上司と部下」の信頼関係がくずれた結果、とみることができるでしょう。
上司は結局、自分の成功体験を部下に押しつけ、自分のコピーをつくろうとしている。中にはうまくいき「育てられた」と思う部下も出ます。その部下は次の世代に同じ厳しい指導を課します。我慢して成し遂げた経験が無意味とは言いませんが、会社は次第に劣化するかもしれません。経済成長の鈍化でイノベーションが必要とされている現在、画期的な商品や新たなビジネスモデルは、商品を改良し量産すれば消費が伸び、売り上げが出た高度経済成長やバブル時代の「できる社員」からは生まれないからです・・・