「人生の達人」カテゴリーアーカイブ

部下が上司を選ぶ制度

9月8日の朝日新聞に「部下が上司を選ぶ制度、うまくいく? 新しい管理職を総選挙、忖度なし」が載っていました。
・・・上司が部下を評価し、人事を決定するのは会社組織の常識。半面、上司との折り合いの悪さを理由にした離職者も後を絶ちません。そんな中で、部下が上司を選ぶ制度を採り入れる企業も出てきています。組織運営はうまくいくのでしょうか。

社員の投票で管理職を決める「総選挙」を2016年から実施しているのは、ストレッチ専門店やホテル事業などを手がけるnobitel(ノビテル、本社・東京)だ。ノビテルは現在、「ドクターストレッチ」を全国に約270店舗展開し、13人の「エリアマネジャー(AM)」がそれぞれ店舗を統括している。
新しいAMを選ぶ「総選挙」が行われたのは5月21日。事前の業績評価や経営陣へのプレゼンを勝ち抜いた4人の候補者が会場で熱意をアピールした。1千人以上の社員による「スマホ投票」で、横浜ポルタ店店長の高木塁さん(29)が1位に選ばれた。

総選挙の発案者は黒川将大社長(54)だ。
部下の評価に管理職が多くの時間を費やしていたことに疑問を抱いた黒川社長は、従業員の人事評価をランダムに選び、従業員らに聞き取り調査をし、その評価が適切かどうかをチェックした。
「どの評価にも大なり小なり、上司にとっての部下の好き嫌いが影響していた」
社内をよく観察すると、管理職が「派閥」を形成し、人事に影響が出始めていた。従業員らは顧客よりも、自分の評価や人事を握る上司の顔色をうかがうようになっていた。
そこで「総選挙」を採り入れるとともに、社員の給与は上司の評価ではなく、売上高などの指標に基づいて決めるようにした。
人事評価制度がクリアになったことで、上司への忖度がなくなったという。「僕に対しても誰も気を使ってくれませんが、健全だと思っています」と黒川社長は笑う・・・
(この項続く

間違っている上司にへつらう?

8月20日の朝日新聞、ニューヨークタイムズ・コラムニストの眼、トーマス・フリードマン氏の「労働統計局長の解任 困難な正しさ、選ばない人々」から。ここではごく一部を紹介するので、関心ある方はぜひ全文をお読みください。

・・・ドナルド・トランプ氏が大統領として行ってきた数々の恐ろしい言動の中で、最も危険な出来事が8月1日に起こった。私たちが信頼し、独立している政府の経済統計機関に、トランプ氏は事実上、彼と同じくらいの大うそつきになるよう命じたのだ。
トランプ氏は、気に入らない経済ニュースを彼にもたらしたという理由で、上院で承認された労働統計局長エリカ・マッケンターファー氏を解雇した。そしてその数時間後に、2番目に危険なことが起こった。我が国の経済運営に最も責任を持つトランプ政権の高官たちが全員、それに同調したのだ。
彼らはトランプ氏にこう言うべきだった。「大統領、もしこの決定について考え直さないなら、つまり、悪い経済ニュースをもたらしたという理由で労働統計局のトップを解雇するなら、今後、その局がよいニュースを発表した時、誰が信頼するでしょうか」と。しかし、彼らは即座にトランプ氏をかばった。

ウォールストリート・ジャーナルが指摘したように、チャベスデレマー労働長官は1日朝、テレビに出演し、発表されたばかりの雇用統計が5月と6月は下方修正されたものの、「雇用はプラス成長を続けている」と宣言した。ところが、数時間後、トランプ氏が自身の直属である労働統計局長を解雇したというニュースを知ると、X(旧ツイッター)にこう投稿した。「雇用統計は公正かつ正確でなければならず、政治目的で操作されてはならないという大統領の見解に、私は心から賛成します」
ベッセント財務長官やハセット国家経済会議委員長、チャベスデレマー労働長官、グリア米通商代表部代表といったような上司の下で働くとき、彼らが自分を守ってくれないばかりか、職を守るためには生けにえとして自分をトランプ氏に差し出すだろうと知りながら、今後、どれだけの政府官僚が悪いニュースを伝える勇気を持てるだろうか・・・

と書いたら、肝冷斎が8月20日に「雲消雨霽」を書いていました。

進むカスハラ対策、お客様は神様ではない

8月2日の朝日新聞に「カスハラ、進む対策 ボディーカメラ・イニシャル名札・飛行機搭乗拒否… 「我慢はするな」発信も」が載っていました。
・・・顧客らが理不尽な要求をするカスタマーハラスメントについて、企業の対策が進んでいる。朝日新聞が実施した主要100社アンケートでは対策を実施している、また実施予定と答えた企業は87社に上る。録画したり、名札の表記を変えたりするほか、サービス停止に踏み込む企業も。各社は従業員が安心して働ける環境作りに力を注ぐ。

西武鉄道は3月、駅員が常駐する82駅に、胸元につける防犯カメラ「ボディーカメラ」を配布した。カスハラや犯罪行為の記録を残すためで、使用時は録画していることがわかる表示が出る。駅員が常時着けるわけではなく、必要に応じて使う。
また、池袋や西武新宿など主要5駅では、オープンカウンターの天井面に録音機能が付いた防犯カメラを設置。91駅の対人窓口には独自につくったカスハラ防止のポスターを貼った。「従業員が安心して働ける環境を整えながら、カスハラ行為に毅然(きぜん)と対応するメッセージを込めた」(広報)。
社員名の表記を変える企業も相次ぐ。カスハラでは従業員の名前をSNSにさらすケースもあるためで、特にトラブル対応の窓口は深刻だ。
損害保険ジャパンでは、顧客と接点のある一部の部署は、担当者の名字のみ伝える運用にしている。事故対応で見解の相違などからSNSに従業員の個人情報をさらされる行為が起きていることに対応した。イニシャル表記をOKとしたのはローソン。昨年から店舗従業員の名札は、店舗の判断で「役職と任意のアルファベットまたはイニシャル」で表記できる・・・

・・・セコムは2月、カスハラに関する基本方針を策定し、吉田保幸社長が基準を超えた顧客には「解約になってもいいから、我慢はするな」と社内に発信した。吉田社長は取材に「一番大事なのは社員です」と話した。
カスハラは働き手が身体的、精神的に苦痛を強いられ、休職や離職の原因にもなっている。法律の改正で、2026年にはカスハラから従業員を守る対策が企業に義務付けられる・・・

鉄道各社の暴力防止ポスター「カッとなっても STOP!暴力」を見ると、鉄道社員に対して、こんなことが行われているのですね。1年間に、522件だそうです。

人脈による仕事

7月31日の日経新聞「基軸なき世界 プラザ合意40年 激変 外為市場㊦」は「変わる「通貨マフィア」の人脈 内輪の議論から多極間の交渉舞台へ」でした。

・・・米東部時間22日午後、米ホワイトハウスの大統領執務室。日本側は政府系金融機関を通じて4000億ドル(約58兆円)の投資支援の枠を設けると提案した。より巨額の投資を求めてきたトランプ大統領を前に、その場で支援の額を最大5500億ドル(約80兆円)に増やすことで合意した。
急転直下の合意にこぎ着けた立役者の一人が、財務省で国際業務を担当する三村淳財務官だ。「トランプ氏を納得させるためにはぎりぎりどこまで増額が可能なのか、三村氏がその場にいたからすぐに判断できた」。財務省幹部はこう語る。

省庁の次官級ポストでもある財務官の主業務は通貨政策で、通商分野での交渉は本来は担当外だ。だが、三村氏は日米関税交渉における事務方の中核の一人として、交渉役の赤沢亮正経済財政・再生相を支えた。合意までの渡米回数は8回。20カ国・地域(G20)の財務相・中央銀行総裁会議など山積するほかの会議の合間をぬって、最後は食事を取る時間もままならない状況で交渉の詰めの作業に奔走した・・・

・・・金融市場の歴史的な転換点で、これまでも交渉や調整の最前線を担ってきた財務官。米国の財務長官や主要国の通貨当局の責任者らとかつては秘密裏に為替相場や通貨政策について議論していた名残から、「通貨マフィア」ともしばしば称される。
通貨マフィアたちが台頭したのは1970年代前半、米国の威信が揺らぎ、主要通貨が対ドル固定相場制から変動相場制に移ったころだ。石油ショックが起こり、インフレと経済不況に対応するために、主要国が討論する場として、米国、英国、フランス、西ドイツ、日本による「G5(主要5カ国)」の財務相らが集まった。為替変動の荒波のなかで、各国の通貨当局トップも頻繁に顔を合わせるようになった・・・

・・・だが、民主主義などの価値観を共有する内輪の集まりだった通貨マフィアたちの会合は、市場のグローバル化や新興国の台頭で急速に変貌した。97年のアジア通貨危機をきっかけに、東南アジア諸国連合(ASEAN)と日中韓のASEANプラス3の枠組みができ、99年にはG20財務相・中央銀行総裁会議が始まった。
2015年7月から過去最長となる4年間財務官を務めた浅川雅嗣氏は、「国際会議も増え、主要7カ国(G7)のように基本的な価値観を必ずしも共有していない国とのやりとりも増えた」と語る。為替市場へのインパクトはより見えにくくなった。

複雑化する市場との対話を円滑にするために問われたのが人脈の多様さだ。一例が2015年夏、突如起きた中国人民元の下落。「何が起きたのか」。中国人民銀行(中央銀行)からの公表もないなかで、浅川氏は日ごろから懇意にしていた中国財務当局や人民銀行の担当者に接触をはかり、人民元の切り下げを把握した。国際通貨基金(IMF)との議論も経て、多方面の情報から中国が人民元を国際的な主要通貨にしたいという意図を読み解いていった。
2022年、24年ぶりの円買い介入に踏み切り、国内外から注目を集めた前財務官の神田真人氏が注力したのも、市場の人脈の洗い出しと拡大だ。約1年かけて、海外の主要中銀・財務省の幹部やエコノミストらとの報告ラインを見直したほか、分散型金融(DeFi)経由で取引するプレーヤーなどとも関係を構築し、為替介入に備えた。
「市場は全く違うものになった。それに向けて通貨当局も常にアップデートする必要がある」と神田氏は当時語った・・・

1年や2年で交代する霞ヶ関幹部にあって、財務官は長く座ることが多い珍しい職です。人脈がものを言う、それも国内でなく国際金融の世界だからでしょう。
指導者論や管理職論で、組織内部の管理や指導が取り上げられますが、それと同様に重要なのが渉外です。いえ、内部管理は部下に任せることもできますが、外部との交渉は幹部でしかできないのです。そして、力量を発揮できるのが交渉ごとです。
それは、首相についても言えます。内政は官房長官や各大臣に任せることができますが、外交は首相が出かけなければなりません。

転勤制度の見直し

7月24日の日経新聞経済教室は、武石恵美子・法政大学教授の「転勤制度を考える「自律への要請」が促す変革」でした。主体が企業など雇用主から、働く個人に変わりつつあるということでしょう。私が主張している「供給側支援の行政から生活者支援の行政への転換」と軌を一にしていると考えています。この点は、別途書きましょう。

・・・転勤制度の改革を進める企業が増えている。勤務場所の自由度を高め、転勤や単身赴任の廃止を打ち出したNTTグループ。転勤なしの働き方を原則としたAIG損害保険。同意なき転勤を撤廃する東京海上日動火災保険。事情により転勤ができない時期を申し出る転勤回避措置を実施するキリンホールディングスなどの動きが代表例だ。
企業の対応には濃淡があるが、従業員は転勤命令に従わなくてはならない、と考えられてきた転勤制度は曲がり角を迎えている。

転勤制度改革の動きは、人材の獲得・定着面の問題への対処、女性の能力発揮を阻害する要因の除去、転勤のメリットの相対的低下といった、足元の課題に迅速に対応する必要性に迫られたという側面がある。
加えて、テレワークなど技術面の変化も重要であることは間違いない。しかし転勤制度改革は、企業の人事政策変革と一体的に進んでいる構造的なものととらえるべきであろう。
そもそも転勤は異動の一つの形態で、人材育成にもつながる重要な人事政策である。人事制度を検討する際には企業経営と従業員という2つの主体に対峙し、双方が要求するものを調整して、事業展開上の最適解を求める必要がある・・・

・・・それでは、これまでなぜ従業員は負担の大きい転勤を拒否せず受け入れてきたのだろうか。裁判で従業員の転勤拒否が認められるケースは少ないという事情もあるが、ここでは日本の雇用システムにおいて仕事内容や勤務地を従業員が選択する余地は少なく、基本的に組織主導で決定されてきたという点に注目したい。
組織の人事部門が配置・異動に関して幅広い権限を持っている日本の状況は、配置・異動に本人同意が必要であることが多い欧米とは異なる特徴である。
筆者らが実施した日本を含む5カ国比較の調査結果を紹介したい。図1に示すように「他の職場への異動は本人の申し出による、もしくは本人同意が必要である」を肯定する割合は日本では5割に満たず、他国に比べて低い。
関連して「自分のキャリアを決めているのは自分だと思う」を肯定する割合も日本は約5割にとどまり、従業員個人が自身のキャリア展望を描きにくい実態が確認できる。

日本でキャリア形成が組織主導で行われてきたのはなぜか。背景には、従業員は組織に雇用保障や人材育成投資を期待し、それが充足されると考えれば組織が提示する異動を受諾するというように、従業員と組織との間に依存関係が存在したことが指摘できる。
しかし筆者らが2015年に実施した調査では、転勤経験者で過去に経験した転勤が能力開発面でプラスになったとした割合は4割弱で、残りは転勤の人材育成機能に懐疑的であった。にもかかわらず従業員が組織からの異動命令を受け入れてきたのは、それにより組織との関係が強化され、雇用安定や組織内での処遇が期待できるというように一種の「心理的契約」が成立していたためといえる。
一方で働く人には自身のキャリアを自己決定したいという欲求が存在する。厚生労働省「能力開発基本調査」(24年度)によると、「自分で職業生活設計を考えていきたい」とする正社員は32.3%。「どちらかといえば」という回答を含めると66.3%が職業生活設計は自分で考えたいと回答しており、長期的にこの傾向に変化はみられない。
どこで・どのような仕事をするのかに関して、働く側のキャリア決定の裁量度を高め自己決定を促すことは内発的動機付けを高め、エンゲージメント(仕事への熱意)向上にも寄与する。意に反した異動や転勤はエンゲージメントを低下させてしまうリスクがある・・・

・・・転勤制度改革は、組織と従業員の関係性を「依存する関係」から「自律する関係」へと転換する動きと一体的に進められている・・・