カテゴリーアーカイブ:仕事の仕方

第2原発の冷温停止に成功した増田所長

2015年1月31日   岡本全勝

東京新聞が、「証言、福島第1原発。全電源喪失の記憶」を連載しています。1月7日の第33回は、「本店、現場を想像できず」でした。
・・福島第1、第2原発の事故では、現場の状況を想像できない東京電力本店の言動に、現地で対応している所長らがいら立ちをあらわにする場面が何度もあった。第2原発所長の増田尚宏(53)も、よく覚えているシーンがある・・
大震災が起きた3月11日午後6時過ぎ、本店で送電線網を管理する担当者から「富岡線を切っても良いですか」との打診がありました。富岡線とは、第2原発にある4回線の外部電源の一つで、この回線だけが停電を免れました。この富岡線が生き残ったので、原子炉に水を入れたり水位計が使えたのです。この線が生き残ったことが、すべての外部電源を失った第1原発との明暗を分けました。その命綱を切ってもよいかと、本店は聞いてきたのです。富岡線は、東電の配電網の一つです。増田氏の発言です。「首都圏からはるかかなたに一本ぶら下がってふらふらしている系統なんて切っちゃった方が、首都圏の復旧が早くできると考えたんじゃないですかね。第2原発をなんだと思っているんだ、ふざけんじゃねえ、と思いました」。
また、13日頃には、原子炉注水に使える濾過水タンクの水が減り、枯渇しました。津波で破損した配管から水が漏れていたのです。増田所長は本店に、4千トンの水を送るように求めます。本店から「何とか水を調達できたので送ります」と回答がありましたが、それは4千リットルの給水車でした。本店は、飲料水と理解したようです。
・・増田は「これほどまでに感覚が違うのか」とがくぜんとしたが、怒りはしなかった。そして免震重要棟の緊急時対策本部内にいる部下たちに向かってこう言った。「もう人を当てにしても仕方がない。自分たちでやろう」・・
第1原発の指揮を執った吉田所長の苦労は、よく取り上げられます。しかし、第2原発を無事に冷温停止させた増田所長の功績は、あまり取り上げられないようです。外部電源が一つ残ったという違いはありますが、第2原発も第1原発と同じ状況にありました。一歩間違えれば、また少し対応が遅れれば、メルトダウンする可能性はあったのです。しかも事故当時、一部が運転を停止していた第1原発と違い、第2原発はフル稼働していて、危険度は第2原発の方が大きかったのです。増田所長は、第2原発での勤務が長く、施設・設備のすべてを知っていました。その幸運もありました。冷静に全体像を把握し、想像力を働かせ、そして判断を下していった増田所長。その功績は、もっと評価されて良いと思います。

改革の勧め

2015年1月28日   岡本全勝
私は、部下職員がアイデアをもって、これまでの仕事を変えるべきか、従来どおりですますかを悩んでいる時は、よほどのことがない限り、「変えてみようよ」と、勧めます。
どんな小さな改革でも、面倒なことです。上司に聞かれた時に、「これまで通りです」と答えるのは、楽です。それでも、変えようと思う気持ち。それを大事にしたいです。彼や彼女は、新しい目で、あるいは1年やってみて、これまでのやり方が変だと、思いついたのです。
せっかくの改革の芽を摘んでしまうと、もう彼は、次の改革に手を出さないでしょう。まずは「変だ」と思う発想、そして「変えよう」という意欲が、大切なのです。やってみて、以前の方が良かった場合、そんなことはまずはないですが、元に戻せばいいのです。
上司が問題点を見つけて、改革を部下に指示するということも、重要ですが、限界があります。工場現場での「カイゼン」は、従業員の自発的行為で、成り立っているのです。
小さな改革を実現することで、自信がついて、また学習して、次の大きな改革に取り組むことができます。元気な職場になるか、沈滞した職場になるか、上司の態度によるところが大きいです。
改革には、その職場の権限で改革できること、上司の了解が必要な場合、予算や定員が必要な場合、外部関係者や住民の了解が必要な場合と、軽いものから重いものまであります。その軽重を判断し、手順を考えるのは、上司の責任です。
ここで上司が「面倒だから、従来通りにしよう」と「逃げる」と、部下から信頼を失います。「このような改革案をもっていっても、どうせ、うちの課長は、いろいろ理由をつけて逃げるからなあ・・」と。

負うた子に教えられ

2015年1月27日   岡本全勝

今日、職場で職員に「あの資料を・・」と頼んだら、「統括官、『明るい係長講座』では、あの資料といった指示はだめだと書いてありますよ」と指摘されました。おっしゃるとおり。指示は明確にしなければなりません。反省。

夜の残業をやめて早朝出勤へ

2015年1月14日   岡本全勝

毎日残業をしている皆さんへ。1月14日の朝日新聞朝刊「(けいざい新話)仕事は8時まで!:1 商社マンも朝型やれた」を、お読みください。
伊藤忠商事が夜の残業を禁止し、早朝の時間外手当を引き上げたことは、このホームページでも紹介しました。この記事では、ある課長代行(45歳)の実例を報告しています。
・・当初はこんな働き方は無理だと思っていた。
「何やそれ。お客さんあっての商売なのに、そんなんできるか」。会社から朝型勤務の話が出た時、耳を疑った。従うつもりもなくいると、所属部署の人事・総務責任者から導入直前、電話が入った。「お前ができひん言ったら、下は誰もできひんやろうが」。「やれるもんならやって下さいよ!」とかみついた・・と言っていたのですが。
現在では、・・「目標に向けて今年もやりきるんや」と言い聞かせ、メールのチェックに取りかかった。時刻は、午前7時20分。始業時間の午前9時まで、まだ2時間近くある・・
家族も、・・午後9時前に帰宅する日が増えた。初め、高校1年と小学2年の息子が驚いた。「お父さん、どうしたん?」・・
さらに、この記事には、うれしい点があります。正調日本語を、しゃべったはることです。上司のかたも、「お前ができひん言ったら、下は誰もできひんやろうが」とか。場所は東京の青山です。
息子さんもえらい。東京方言だと「お父さん、どうしたの?」と言うところを、「お父さん、どうしたん?」と。
職員諸君へ、「よう読んどいてや」。

パソコンの入れ替えと、古いメールの削除

2014年12月24日   岡本全勝

先日、復興庁の各人に割り当てられているパソコンの入れ替えがありました。古いパソコンに入っているデータは、一時別の場所に移して、新しいパソコンに入れ替えます。ここまでは、難しい話ではありません。しかも私の場合は、職員にお願いしてやってもらいました。問題は、画面表示の仕方(メールなど)や活字の大きさなど、私が使い勝手のよいように変えていたものを、新しいパソコンで一から設定し直す必要があるのです。活字を大きくしたり、受信メールの一覧からよけいな表示を隠したり。さらに入れ替えてもらったプリンターは、機嫌が悪く用紙を一度に何枚もかんだり・・。結構、イライラします(笑い)。
あわせてこの際、保管されていた古い電子メールを削除することにしました。私は、ある人から受け取ったメールは、最後のものを残して、古いものは順次削除します。たくさんあると、ややこしいだけなので。しかし、受信メールや送信メールの中に、「記念品」として残してあるものがあります。
今回改めて見たら、2013年春の被災者生活支援本部時代からのものが残っていたのです。削除せずに残してあるだけの「意味のある」=「なかなか捨てることのできない」ものでした。「おっ、こんなこともあったなあ」「こんなメールも残っていたのだ」と。私の3年半の仕事の記録でもあります。しかしこの際、思い切って削除しました。最近見ていないということは、なくても支障がないということです。しかし、「特別記念物」「歴史遺産」は、印刷して残すことにしました。平日は作業の時間が取れないので、週末に作業しました。思い出は、次々とたまっていきます。