今週も、忙しい1週間が終わりました。4日しかなかったのに、へとへとです。ところで、昼も忙しいのですが、夜がいけません。さまざまなお誘いの上に、かつての同僚や部下が、「慰労会をしましょう」と声をかけてくれます。「当分埋まっているから駄目や」と返事したら、ある元部下から、次のような返事が来ました。
「了解いたしました。お忙しそうで、安心いたしました。笑」と。私が暇にしている姿を、想像できないそうです。「こら!」
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霞が関の治外法権?
昨日書いた、復興庁が「これまでが異例だった。普通の役所に戻ったということですよ」(2016年7月8日)について。
一つには、5年経って復興事業が軌道に乗り、当初の頃のような、次々とこれまでにないことをする役所ではなくなったことです。復興はまだ道半ばですが、大きな筋道は立っています。その路線に従って、役所らしく着実に事業を進めれば良いのです。もっとも、原発事故からの復旧は、状況が違います。
もう一つは、これまでにないことを次々としてきた復興庁と、私のやり方への評価です。「賛辞」と理解しましょう。私たちが取り組んでいるのは、千年に一度の大津波と、初めて経験する原発事故です。前例通りでは国民の期待にこたえることにはなりません。次々とこれまでにないことをしました。それは、新しい施策を作っただけでなく、その進め方についてもです。平時の流儀では時間がかかり、間に合わないのです。
それができたのは、国民や政治家が、巨大な災害で異例の対応が必要だと理解してくださったからです。各省の官僚たちも、これまでの延長ではダメだと考え、普段していない、そしてできないことに取り組んでくれたからです。
私は、関係者の前で旗を振り、後ろから押しただけです。時々、理解が少ない人たちをラッセル車のように強引にかき分け、押してもダメなときは自分で書いてしまうという、強引なこともやりましたが(苦笑)。
職員たちが、私のことを「霞が関の治外法権」と呼んでいます。物騒な表現ですが。「それは私の所管ではありません」と言わない、ほかの組織の所管業務と思われることでも口を出す、それらを象徴したニックネームです。
ある人は「霞が関だけでなく、永田町の治外法権だろう」とも言ってくださいました。与野党を問わず、政治家の方にも本音で議論する、そして政治の力を借りて実現することを、「褒めてくださって」いるのだと解釈しています。これまでにないことを実現するためには、知恵と技、そして力技も必要です。
復興庁は普通の役所に
7月4日の時事通信社の「官庁速報」に、「最後まで岡本節」という記事が載ったそうです。
・・・6月21日付の復興庁人事で事務次官の岡本全勝氏が退任し、後任に西脇隆俊氏が就いた・・・
・・・退任会見では、「・・・一方で歯に衣着せぬ発言で知られた岡本氏らしく、震災後5年間の復興事業費について、「自治体の負担をゼロにしたことには賛成していない。5%でも3%でも負担を残すことで、県も市町村も身の丈に合った規模の復興を(当初から)考えてくれたのではないか」と語る一幕も
後任の西脇氏に対する庁内評は「手堅い方」(職員の一人)というのが一般的で、別の職員は「これまでが異例だった。普通の役所に戻ったということですよ」と苦笑い・・・
う~ん、喜んで良いのやら・・・。
2地域居住
昨日火曜日と今日水曜日は、福島勤務でした。関係先への挨拶の続きと本業の仕事の打ち合わせなど。忙しいですねえ。挨拶先の方は知り合いも多く、挨拶というより、打ち合わせや意見交換です。仕事の中身は、これまでの一部延長ですから、びっくりすることはありません。
2地域居住は、結構大変です。パソコンの設定、身の回りの道具をそろえたりと。試行錯誤中です。職場の電子メールアドレスが変わらなかったのが、ありがたいです。福島でも東京でも見ることができます。これは便利です。
退職、3
ようやく、国会議員への挨拶回りを、終えました。といっても、議員会館を回っただけです。閉会中、参議院選挙中なので、議員本人は、ほとんどおられません。秘書さんたちも、多くは選挙応援で留守です。留守の部屋には、退任挨拶と書いた名刺を入れておきます。参議院議員会館、衆議院第2議員会館、第1議員会館を、12階から順次下まで回るのは、けっこうな運動量です。1階ごとに、議員の部屋が24あります。
今回は、金曜日午後に参議院議員会館を、今日月曜日午前中に衆議院第2議員会館を、そして午後には第1議員会館を回りました。それぞれ途中で、汗びっしょりになります。ところどころ親しい部屋で、休憩+冷たいお茶を補給しながらです。何人かの議員は、お会いでき、秘書さんにも、お話しすることができました。皆さん、ねぎらいの言葉をくださいました。
課長補佐の頃、総務課長の頃は、この議員会館(建て替え前の建物)を仕事場にして、走り回っていました。その頃お世話になった議員さんたちは、与野党を問わず、長老を除いてバッジを外しておられます。そのようなことを考えながら、挨拶回りをしました。明日は、福島で仕事です。