9月5日の朝日新聞オピニオン欄、橋本健二・早稲田大学教授の「最下層のブラックホール化」から。
・・・最下層の「アンダークラス」が誕生して日本は新しい階級社会になった――。そんな分析で話題を呼んだ社会学者の橋本健二さん。新たな調査結果をもとに、アンダークラスが「ブラックホール」化し、政治から疎外されていると訴えている。格差を解消する政治を生みだすため、まず足元を見つめてみたい・・・
――階級という視点から日本社会を見つめてきましたね。アンダークラスという新しい階級が最下層に出現したと訴える著書「新・日本の階級社会」が話題を呼んだのは7年前でした。
「アンダークラスとは、パートの主婦を除いた非正規雇用の労働者たちを指します。人数は890万人。日本の就業人口の13・9%を占めます。1980年代から進んだ格差拡大に伴って生まれた新しい階級であり、現代社会の最下層階級です」
「2022年に東京・名古屋・大阪の3大都市圏で私たちが実施したネット調査によれば、アンダークラスの人々の平均年収は216万円で、貧困率は37・2%に達していました」
――どのくらいの経済格差が見られたのでしょう。
「同じ調査で見ると、アンダークラスの人々の平均年収は、経営者ら資本家階級との比較では2割強、正規雇用の労働者と比べても4割強にとどまる額でした。貧困率を見ても正規雇用の人々は7・6%なので、桁違いです。非正規雇用の労働者と正規雇用の労働者の間には、もはや同じ階級とはみなせないほどの経済格差があるのです」
――今年6月に出された新著「新しい階級社会」の中で印象的だったのは、アンダークラスがブラックホール化しているとの指摘でした。なぜ、そのようなたとえを使ったのですか。
「貧困や格差の『連鎖』としてアンダークラスを理解しようとする誤解が気になっていたからです。貧困層の家庭の子は貧困層になるという連鎖です」
「確かに一般的には連鎖が見られるのですが、アンダークラスに関する限り、それはあてはまりません。そもそも子どもが生みだされにくいからです」
――どういうことでしょう。
「3大都市圏で行った私たちの調査から見えたのは、アンダークラスでは未婚率が69・2%と、他の階級に比べ際立って高いことでした。男性では、74・5%に上っています」
「経済的な理由から結婚することも子を持つことも困難な人が多数を占めている。世代の再生産が起きにくくなっている事実を強調するために、吸い込まれたら出てこられないブラックホールのたとえを使いました」
――新しい下層階級が登場する以前、日本には四つの階級があったと説明していますね。
「ええ。よく知られるのが、企業の経営者からなる『資本家階級』と、現場で働く人々からなる『労働者階級』です。そのほかに、経営者と労働者の性格を併せ持つ二つの中間階級がありました。自営で農業やサービス業などを営む『旧中間階級』と、企業で働く管理職・専門職などの『新中間階級』です」
「これらのうち労働者階級が90年代ごろに二つに分裂したというのが私の見立てです。上位の『正規労働者階級』と、下位の『アンダークラス』に」
――非正規労働者自体は以前から存在していたはずですが、なぜ、階級という固まりとして登場するに至ったのでしょう。
「一つは、経済のグローバル化によって非正規労働者が生み出されやすくなったためです。人件費を下げなければ企業が収益を上げにくい構造が作られ、低賃金の非正規労働者が増えやすい環境が生みだされました」
「また政府の政策や企業の方針の面でも、非正規雇用の労働者の増加を促進する施策が進められました。とりわけそれが顕著だったのが日本や米国です」
「かつては非正規労働と言えば、学生やパートの主婦、定年後など人生の一時期だけのものでした。人生のすべてを非正規として働く人が激増したことで、独立した階級になった形です。人間を消耗品として使い捨てている状態だと言えます」
――階級は社会からなくした方がいいでしょうか。
「いえ、なくさない方がいいと思います。経営をしたいか雇われて働きたいか、脱サラして自営業を始めたいかの選択肢はあった方がいいからです。でも格差はなくすべきです。格差は社会全体に損失を与えます」
「もし階級間の格差が小さくなれば、人は自分の所属階級を自由に選べるようになります。目指すべきは、そうした社会なのではないでしょうか」