カテゴリーアーカイブ:行政

政治の行政化、官僚組織の劣化

2023年7月26日   岡本全勝

7月8日の朝日新聞オピニオン欄、御厨貴先生の「安倍元首相銃撃1年」(デジタル版)から。

安倍晋三元首相が銃撃された事件から8日で1年。自民党の最大派閥を率いる政治家が突然の暴力によって命を絶たれた後、日本の政治はどう動いてきたのか。安倍元首相の不在がもたらしたものとは何なのか。政治家らの口述記録を歴史研究に生かす「オーラルヒストリー」の第一人者で、政治学者の御厨貴さんに聞いた。

――安倍元首相が暴力によって命を絶たれて1年になります。
「あの瞬間、日本の政治が大きく変わる激動の1年を迎えるのではないかと予測しました。しかし、そうはなりませんでした。自民党最大派閥のトップでもあった政治家が突然亡くなったのですから、ある意味、首相を含めてどの政治家がいなくなるよりも衝撃が大きく、権力の中枢に穴が開いたようなものです。日本の政治が混沌とするんじゃないかと当初は思いました」
「しかし、自民党の安倍派の後継争いが激化して分裂したり、政治権力をめぐる激しい闘争が起こったりすることもありませんでした。確かに安倍氏という存在はいなくなったけれど、そのまま政治は凍結されているようです。岸田文雄首相のもとで政治が奇妙に『行政化』され、躍動感が失われた結果だといえるでしょう」

――政治の「行政化」ですか?
「良きにつけ、あしきにつけ、安倍氏の政治は、彼なりのイデオロギーや思い入れに深く彩られていました。その根っこにあったのは、戦後体制を否定することでした。首相退任後も政治に影響力を保っていました。それに対して岸田氏は状況追従型でやらなければならないことをただ進めているようです。そこには情熱も深い思い入れも見えません。これは理想を掲げる本来の意味での政治ではなく、行政のやり方です。岸田氏自身がどこまで意識しているのかは分かりませんが、政治的な動機をむき出しにせず、まるで大きな政治課題ではなく小さなことをやっているような形で、あまり力を込めずに説明を繰り返します。安倍氏も菅義偉前首相も、思いがあるだけに、つい力を込めて言い募ってしまうんですが、岸田首相にはそれがありません。淡々と説明して打ち切りますね。秀才タイプなのかもしれません」

――どのような問題にもっと光を当てるべきだったと。
「いま政治に求められているのは、安倍氏が進めてきた分断の政治の帰結があらわれていることを直視して、抜本的な対策を示すことです。安倍氏の政治手法は敵と味方をはっきりさせて、対決姿勢を鮮明に打ち出す政治でした。対立と分断をどうすれば緩和できるのかが、問われています」

――対立と分断の問題ですか。
「右肩上がりの時代は終わり、世界の中で日本の立場はとても難しくなっています。実は90年代からもう経済の成長は難しいということが分かっていました。それなのにずっと問題は先送りされています。ちょうどその時代に、私たちは政治改革に随分時間とエネルギーを費やしましたが、そのころから日本経済は縮小し、埋没を続けています。明治以来の日本は国家として大きくなること、発展をすることを主眼にさまざまな政策を進めてきましたが、このように小さくなることへの対応はしたことがありません」
「成長しているときは様々な問題を成長と分配が解決してくれますが、知恵を絞らなければならないのは縮小するときです。本来、こうした問題に官僚や民間、学者などの知恵を集めて大きな政策の絵を描くのが、岸田首相が誇りとする池田勇人氏が創設した自民党の宏池会の得意技だったはずです。ところが本領を発揮すべきだった時期に、この派閥は加藤紘一氏による『加藤の乱』をきっかけに分裂し、低迷していました。この責任は非常に大きいと思います。その意味では今回の事件以降、久しぶりに宏池会が復活したのです。安倍、菅政権で痛めつけられた官僚たちは、やっと自分たちのルールが通用する政権になって安心しているでしょう」

――官僚制度はどうでしょう。
「明治以来、この国を支え、55年からは自民党と政策を担ってきた霞が関の官僚組織も根っこから劣化していると思います。国土事務次官などを歴任した下河辺淳氏にもよく聞きましたが、例えば日本の国土計画については『全総』と呼ばれた全国総合開発計画を60年代からほぼ10年ごとに策定し、大きな絵を描いていました。旧通産省も世界で競争できる産業や中小企業政策などの大きなプランを、有識者や族議員と呼ばれた政治家の力などを総動員して練り上げていました。しかし今世紀に入ってからそうした霞が関の機能は見えなくなっています。いまは護送船団方式を組めず、業界への行政指導もできなくなっていますし、時代が変わっているのは事実でしょう。かつてと違って大学生が官僚になることを希望しなくなっているのも明白です。官僚組織もこのままでは危うい状況です」

男女共同参画白書、令和モデル

2023年7月25日   岡本全勝

7月6日の読売新聞解説欄に「男女共同参画白書 「令和版」社会モデル 模索 働き方多様化 変革の好機」が載っていました。

・・・内閣府は先月、2023年版男女共同参画白書を発表し、目指すべき社会像を「令和モデル」として提唱した。実現すれば国の成長につながるとした。長時間労働などを前提とした「昭和モデル」からの脱却を促すが、新しいモデルを社会の共通認識にするための対策が必要だ。

白書は毎年、社会のあり方を提言してきた。昨年、結婚と家族をテーマにし、「もはや昭和ではない」と訴えたが、今回はそこから一歩進めた形で、「令和モデル」と命名した。誰もが希望に応じて仕事や家庭で活躍できる社会をいい、男性の長時間労働是正や女性の家事・育児の負担減などの必要性を記した。
あえて「令和」と掲げたのは、今も残る「男性は仕事、女性は家庭」といった古い考え方や雇用慣行を「昭和モデル」として対比させ、脱却を訴えるためだ。
白書では、昭和の高度経済成長期に確立された長時間労働や転勤を当然とする雇用慣行が今も続き、女性に家事・育児の負担が偏っていると指摘。仕事、家庭の二者択一を迫られる状況は、労働力人口減少が深刻な中、少子化や経済成長の面で損失が大きいとした・・・

・・・背景には、家族構成の変化に加え、若者が理想とする生き方が大きく変わってきている実情がある。
18〜34歳の未婚男女が描く結婚後の女性のライフコースは、1987年は「専業主婦コース」が主流だったが、平成には、結婚や出産で退職し、子育て後に再び働く「再就職コース」が中心に。そして、2021年には結婚・出産後も仕事を続ける「両立コース」が初めて最多となった。また、子を持つ20〜39歳の男性で、家事・育児時間を増やしたい人は約3割に上った・・・

私が連載「公共を創る」やコメントライナー「一身にして二生を過ごす」で説明している、昭和の標準家族の終了です。

子育てや介護の評価、経済学の罪

2023年7月21日   岡本全勝

6月28日の朝日新聞「ケア労働、報酬と評価を正当に 岡野八代さんに聞く」から。

・・・ケアワーカーとして働き続け、ひとり親として子育てや親の介護を担ってきた女性が、高齢期に経済的な苦境に陥ってしまう――。誰もがケアなしで生きられないのに、なぜケアは社会的、経済的に評価されにくいのか。同志社大学大学院教授で政治思想研究者の岡野八代(やよ)さん(フェミニズム理論)に、この問題の根底にある歴史的、社会的な要因について聞いた・・・

・・・ケア労働が市場経済のなかで軽視され、評価されないのはなぜか。いくつかの要因が重なり合っているが、まず資本主義の進展にともなう歴史的な背景があると思う。
資本主義経済で富をたくわえるには、商品である労働力をできるだけ安く確保する必要がある。そのために、労働力の再生産につながる家事や育児といった「再生産労働」はタダで、生物学的な「産む性」の女性が担うものとされてきた。
女性による再生産労働、つまり家庭でのケア労働は、経済的に評価されないまま国家と資本家に搾取され続けてきた。いまの日本でも、ケア労働を女性にタダで押しつける社会構造が根強く残っている。

次に、ケア労働は、自動車などの商品の生産活動と違って、何を作ってどんな価値を生み出しているのかが見えにくい、という特徴がある。つまり、市場経済ではその価値を測ることができない。
さらに保育や介護について言うと、そのサービスを利用する乳幼児や高齢者には、サービスを提供する公的な制度を支える費用を支払う能力がないか、不足している。
サービスにかかる費用をどう見積もり、誰がどのぐらい負担するか、といった点は、常に政治の課題になる。ケアの提供者にいくら報酬を払うか、その値段は政治的に決まる。
ところが日本の政治家は、自分自身では家事も育児もしたことがないという男性があまりに多い。
自身はケアを担わなくてもよく、誰かにケアを押しつけておくことができる「特権的な無責任」の地位でいられる者が、ケア労働を過小評価している・・・

国と地方の役割再定義

2023年7月20日   岡本全勝

7月12日の日経新聞オピニオン欄に、斉藤徹弥・上級論説委員の「国と地方を再定義する覚悟 金利と賃金が改革促す」が載っていました。

・・・地方分権を動かす契機となった1993年6月の地方分権推進に関する国会決議から30年。折しも岸田文雄首相が「令和版デジタル行財政改革」を掲げ、国と地方の役割を再定義すると表明した。
「国を頂点とする上意下達の仕組みを、国がデジタルで地方を支える仕組みに転換する。国と地方の役割を再定義していく」。首相は6月21日の記者会見でデジタル行財政改革を通じて国と自治体の関係を見直す考えを示した。
デジタル行財政改革は、国がデジタル基盤を整備し、それを使って自治体やNPOが国民に個人単位できめ細かい行政サービスを提供するものだという。デジタル庁がめざす電子政府の姿であり、これ自体に違和感はない。
行政改革を、国と自治体のあり方の見直しにつなげる視点も悪くない。地方制度の大きな改革は、政治に行政改革の機運が高まったときに進んできたからだ・・・

・・・当時は岸田首相と同じ宏池会の宮沢内閣。首相も今回、行革に火をつけることで国と地方の役割の再定義を政治課題に載せようとしているように映る。かつてのような熱気はなく、成否は不透明だが、再定義を必要とする素地は地方に広がりつつある。
首相のめざす再定義は、デジタル化で国の役割が増え、国への再集権の色合いを帯びるものだ。分権とは逆だが、地方の現場にはそれを求める声がある。人口減少で小規模自治体は人材が制約され、分権で広がった役割を担うことが難しくなっているためだ・・・

・・・人材不足は国と自治体の役割を見直す契機になるが、一方でコロナ下で緩んだ財政は改革への意識を鈍らせる。人は足りないがお金はあるという状態が事業のチェックを甘くしている面もあろう。
自民党は地方財源を減らした三位一体改革が2009年に政権を失う遠因になったとして、政権復帰後は地方財源を十分に確保してきた。長く続く低金利のなせる技だが、これは結果として地域の産業構造を温存し、賃上げで地方経済を底上げする努力から目をそらさせてきた。
だが動かない金利と賃金のおかげで地方が現状維持に甘んじていられた時代は終わりに近づきつつある。日銀はバブル崩壊後以来続けてきた低金利の見直しを視野に入れ、今春の賃上げは31年ぶりの上昇率となった。
金利と賃金が動き出せば、地方は変化を迫られる。首相が国と地方の再定義を提唱した背景にこうした思惑があるなら地方も覚悟が必要だ・・・

市役所への終活登録

2023年7月18日   岡本全勝

7月5日の日経新聞、斉藤徹弥・編集委員の「横須賀市の終活登録、尊厳と財政救う 身寄りない人保証」から。

・・・多死社会、無縁社会の到来で、自治体が身寄りのない高齢者の終活支援を重視し始めた。行政が身元を登録、保証することで、亡くなる前後の「周没期」を孤立せずに尊厳を保って過ごすことができ、財政負担も抑制できる。優れた終活支援で知られる神奈川県横須賀市を訪ねた・・・

・・・墓地埋葬法などは亡くなって引き取る人がいない場合、死亡地の自治体に火葬を義務づける。大都市の病院は近隣市町村から入院して亡くなる人が多いが、引き取り手がなければその自治体が火葬することになる。
最近は独り暮らしの高齢者の増加で、亡くなった人の1割は引き取り手がない自治体もある。病院や自治体は火葬など死後の手続きや費用負担に苦慮しており、身寄りのない高齢者は入院を拒まれることもある。

横須賀市は終活支援として、身寄りのない市民の身元登録制度を導入している。希望に応じて緊急連絡先、かかりつけ医や薬などの情報、葬儀や遺品整理の契約先、墓の所在地などをあらかじめ登録してもらう。
これらが事前に分かれば、病院なども手続きに困ることが少なく受け入れやすい。最近は身寄りのない横須賀市民が入院すると、病院から登録を勧めるようになってきた。現在の登録者は約650人に達する。
生活が苦しい高齢者には、市に協力する葬儀社と死後の手続きの委託契約を結び、費用を前納する制度もある。信教など遺志を尊重した葬儀で見送られ、市は納骨まで見届ける。北見さんは「尊厳を保つのは憲法が保障する権利」と話す・・・

・・・北見さんは①身寄りのない人の身元保証②引き取り手のない遺体③空き家や遺留金――を三位一体の問題と考える。いずれも元気なうちの生前解決が大切で、自治体の関与が欠かせない。マイナンバーはこうした行政にこそ活用したい。
岸田文雄首相は先の通常国会で、身寄りのない高齢者の身元保証に関して対策を講じる考えを示した。おひとりさまの周没期を社会的に支える流れが動き出している・・・