カテゴリーアーカイブ:行政

自治体職員有志によるコンサートの会

2019年4月4日   岡本全勝

各地の自治体職員有志によるコンサートの会」を紹介します。
平成24年から、東日本大震災の被災地を訪問して、被災地を応援しています。元は、福岡市職員音楽会だそうです。会員は、北海道から沖縄まで30の県庁・市町村の職員54名です。

私にも入会のお誘いがあったのですが、ここのところフルートに触れていないのです。もともと、この方々と一緒に吹くほど上手ではありませんが・・・。練習して上手になったら、入れてもらうことにしました。

各地には、上手な方がたくさんおられると思います。そして、演奏の場がなくて、残念な思いをしておられる方も。ぜひ、主催者と連絡を取って、参加してください。都合のつくときだけで良いようです。

苅谷剛彦先生「演繹型の政策思考」

2019年4月3日   岡本全勝

4月1日の日経新聞教育欄、苅谷剛彦・オックスフォード大学教授の「根深い演繹型思考が背景 迷走する政府主導の大学改革」から。

・・・英国から帰国の度に日本の大学人から、改革疲れ、改革への徒労感といった話を聞く。大学改革を進める側の理念と教育現場とのギャップを示す現象である。大学改革が迷走しているといってもよい。

なぜ、迷走は続くのか。佐藤郁哉編著『50年目の「大学解体」20年後の大学再生』への寄稿で展開した私の答えは、「演繹型の政策思考」と呼んだ思考様式にある。
しかも、その根は明治以来の日本近代化の出発点に遡る。日本の現実を丹念に観察し、そこから得た事実から帰納的に思考し、制度を設計してきたのではない。先進する外来の制度と理念を抽象的に理解し、その翻訳と解釈を通じて日本に適用してきた。演繹と帰納の両方を不可欠とする社会科学的思考とは異なる、法学的思考を基礎とした日本型官僚制に根ざした思考様式である。権力の上下関係だけでなく、思考スタイルの点でも、「上からの改革」を進めるざるを得ない習性が現代に引き継がれたのだ・・・

私が指摘している、「明治以来の追いつき型行政」の限界の例です。
教育行政も、欧米をお手本としていました。追いついたときに、「自分で考える」に転換する必要があるのです。それに遅れています。
「欧米に留学する」ことが「定番」で、「教育現場で課題を拾って解決する」ことになっていません。文科省には、学校現場で教えた、そして苦労した経験がある職員は、どの程度いるのでしょうか。

もう一つ、追いつき型行政の欠点があります。日本を発展させる過程で、学校教育は「優秀な国民をつくる」「よい子を育てる」が目標になりました。生徒を難関校に入れる、スポーツで良い成績を上げる・・・です。
落ちこぼれが出ることを、想定していないのです。しかし、みんながみんな、「よい子」にはなりません。彼らへの対応も、遅れています。

文科省から、教育委員会、教師まで、この思考の枠組みにとらわれています。国からの指示を待って実行するのです。「教育現場で課題解決する」という思考になっていません。
昨年、ランドセルが重いという問題が、指摘されました。文科省が「必要に応じ適切な配慮を求める通知」を出したようです。しかし、これなども、文科省が指導するような話ではないでしょう。

三谷太一郎先生「首相統治」

2019年4月2日   岡本全勝

3月29日の朝日新聞オピニオン欄、三谷太一郎・東京大学名誉教授の「平成から新時代へ 冷戦後デモクラシー」から。このインタビューには様々な重要な論点が含まれているのですが、ここでは2つだけ紹介します。

・・・これは日本だけの変化ではありません。私は、日本にも「首相統治」の時代が来た、と考えています。まずそれが出現したのは、第2次世界大戦後の英国です。大戦の影響もあって、英国では立法と行政が非常に強く結びついた首相統治が生まれた。政治学の教科書でいうような権力分立制ではなく、真の権力はダウニング街10番地(首相官邸)にある。大戦中の英国の首相はカリスマ的指導者のチャーチルですが、そのあと、労働党のアトリーになっても首相統治は続いた。指導者のカリスマや個性の問題ではないのです・・・
・・・小選挙区比例代表並立制という現行制度が、首相統治を支えているのは間違いない。党内権力が少数の幹部に集中し、選挙候補者の選任や政党助成金の配分に、首相が大きな力を持った。加えて、内閣人事局による行政への支配が強まり、立法と行政の権力分立が縮小し、癒着問題が生まれた・・・

私は、その原因について、少々違った見方をしています。「首相統治」は、それを要求する、現代国家における世界共通の背景があります。他方で、それを容認する仕組みも必要です。そしてなにより、首相の運営方法によります。これについては、別の機会に書きましょう。

「現在もまた、議会制民主主義の危機がいわれています」との問に。
・・・重要なのは、個別の政党の影響力を拡大する以前に、「個々の政党の利益を超えた価値」を維持するメカニズムを構築することです。議会自体の持つ「公共性」を考えるべきでしょう。社会の中で注目されていない意見を、党派を超えて取りあげる。議会が選挙民を啓蒙する教育的機能も大事です。党派と関係なく議会が持っている「公共性」というものがないと、実は政権交代も円滑には進まないのです・・・

ブログ「自治体のツボ」

2019年3月31日   岡本全勝

ブログ「自治体のツボ」を紹介します。筆者や趣旨が書かれていないようなので、詳しくはわかないのですが。
初回「消えた地方分権」などを読むと、地方自治の現状を憂いている方のようです。
地方行政や現場のニュースなども、丁寧に追いかけておられます。かなりの頻度で更新されています。ご関心ある方は、ご覧ください。

記事についている写真は、地方自治に関係ないように思えますが。趣味なのでしょうね。

厚労省再編案

2019年3月30日   岡本全勝

日経新聞1面連載「崩壊 厚労省」、3月29日は「不祥事が阻む真の改革」でした。

・・・「単に厚生労働省を2つに分割するのではなく、国民の安心を所管する省を強化するという発想で考えてみたらどうか」。いまから約10年前の2009年5月、政府の安心社会実現会議で当時の麻生太郎首相が厚労省分割を提案していた。
麻生氏の腹案は「社会保障省」「国民生活省」に分け、内閣府や文部科学省と業務を整理するものだった。07年に年金記録問題、08年に後期高齢者医療制度導入の混乱、と不祥事が続き「厚労省は大きすぎて統治が働かない」との批判があったためだ。だが発言の4か月後、政権が交代して立ち消えになった・・・

私の主張は、厚労省を分割することが主ではなく、内閣府の消費者庁、共生社会統括官、男女共同参画局を核として、国民生活を守る部局を統合することです。結果として、厚労省の、働き方部門(労働)や家庭や子育て部門は、こちらに統合されます。「国民生活省構想」「国民生活白書」をご覧ください。