カテゴリーアーカイブ:行政

子どもの精神疾患、うつ

2021年3月10日   岡本全勝

3月1日の朝日新聞に、コロナ下での子どものうつが紹介されていました。「コロナで沈む心、危機感 中学生24%うつ傾向
・・・国立成育医療研究センターは昨年11~12月、「コロナ×こどもアンケート」で子どものうつ症状の傾向を調べた。小1~高3の924人、0歳~高3の保護者3705人がネットで回答。直前の7日間のうち、「気分が落ち込む、ゆううつになる、いらいらする、または絶望的な気持ちになる」という日が「半分以上」または「ほとんど毎日」と答えたのは、小4~小6で21%、中学生と高校生はそれぞれ24%だった。「死んだ方がいい、または自分を何らかの方法で傷つけようと思ったことがある」という子も、「半分以上」「ほとんど毎日」「数日」を合わせると小4~小6は23%、中学生21%、高校生26%だった。

これらを総合した結果、小4~小6の15%、中学生の24%、高校生の30%に、中等度以上のうつ症状の傾向が見られた。調査をした半谷まゆみ医師は「不安やストレスが半年以上続いてうつ症状になっている子、うつまではいかないがストレスを抱えている子は、もっと多いかもしれない」と危機感を募らせる。
コロナ禍は子どもの命も脅かしている。文部科学省の集計によると、2020年の児童生徒の自殺者数は前年比約4割増の479人で過去最多に。小中高校生のいずれも19年より増えた・・・

2日には、「小中学校で精神疾患を教えて」が載っていました。
・・・若い世代が多く発症する精神疾患は、自殺や不登校の一因にもなるとされる。教育現場で約40年教えられなかったために子ども自身や親、学校もよく知らず、対応が不十分になるケースが相次ぐ。2022年度から高校教育で復活するが、子が発症した親たちはより早期の充実した教育を訴えている・・・

・・・長男(27)は中学時代に統合失調症を発症した。先輩、後輩に慕われ、小6では少年サッカーのキャプテンを任された。弟と仲良しで、勉強もできる。もっと早くから対応できていれば――。そんな思いがあったからだ。
明らかな症状が出たのは中2の夏。自宅で突然「わーっ」と叫び、興奮した様子で支離滅裂なことを話しだした。精神科医の診察を受け、投薬が始まった。

「思い返せば、小学生の時から小さな訴えはあった」と女性は話す。小4の水泳大会でコーチの大声が「怖い」と棄権。中1では「テスト中にクラス全員が同時にせきをする。なんの合図かな」と言い、真っ黒に塗りつぶされた紙がカバンから出てきた。その年末には保健室登校になった。
その時は、「思春期や反抗期の変化」と捉えていた。「親も学校も精神疾患の予防を意識した対応をしたり、本人の怖さを受け止めたりすることができなかった」と女性は悔やむ。
発症後、中学にはほぼ登校せず、高校は通信制を卒業した。昨年7月から精神科病院に入院している・・・

日経新聞社説「持続性高める復興へ平時から備えを」

2021年3月8日   岡本全勝

3月8日の日経新聞社説は「持続性高める復興へ平時から備えを」「インフラ先行を改めよ」「民間の力を生かそう」でした。
・・・東日本大震災で世界が目撃したのは、巨大津波や原発事故がもたらした筆舌に尽くしがたい惨状と、その未曽有の困難に黙々と向き合う被災地の人々の忍耐強い立ち振る舞いだった。
世界が感銘を受けた被災地に、私たちは元に戻す復旧でなく創造的復興を誓った。高台移転などによる、被災前より安全で、少子高齢化の影響を和らげ、産業を育む持続性の高い街づくりである。
この10年の被災地の努力は実を結んでいる・・・

・・・なぜ事業は過大になったのか。
一つは霞が関に根を張る「一刻も早く元に」という原状復帰のDNAだ。防潮堤の整備は自治体が復興計画を作る前に動き出し止まらなかった。人口減少時代の原状復旧は時に過剰投資につながる。
次に復興主体の市町村は復興計画で人口減を想定できなかった。住民の意向は時間が経つにつれて変化するが、事業費は地元負担がなく、見積もりが甘くなった・・・

その他、的確な指摘がされています。原文をお読みください。

朝日新聞社説「震災復興10年の教訓」

2021年3月8日   岡本全勝

3月8日の朝日新聞社説は、「震災復興10年の教訓 「制度」見直しに踏み込む時」でした。3つの提言をしています。
第1は、縮む社会に適応する街づくり制度の必要性だ。
第2は被災者への資金支援の少なさである。
第3は防災庁の創設である。
簡潔でわかりやすいです。詳しくは、原文を読んでいただくとして。

大震災の復興では、これまでにない政策をいくつも取り入れました。社説にも「そんななか、復興現場で「行政哲学の転換」と評価された施策があった。被災地の産業再生のために、初めて企業や事業主も支援した「グループ補助金」などだ。新しい現金給付策につながる可能性もありそうだ」と書いてもらいました。

復興政策、終わってからの教訓」にも書きましたが、私たちが走りながら考え実現した新しい政策と哲学を総括し、次への備えとして欲しいです。
1 費用対効果を考えると、現物給付より金銭支援の方が効果的な(安上がりで満足感が高い)場合もあります。
2 人口減少下での復興は、意識にも制度にも、十分に生かされていないようです。

NHKアンケート、復興状況への評価

2021年3月7日   岡本全勝

NHKウエッブサイトに、復興への評価のアンケート結果が載っています。「東日本大震災 復興状況への評価分かれる」(3月6日掲載)岩手・宮城・福島の4000人余りを対象に、回答は1805人です。

震災当時暮らしていた地域の復興状況をどう感じているか尋ねた質問では、
「復興は完了した」が12%、「思ったよりも進んでいる」が34%、合わせて46%。
「思ったよりも遅れている」が43%、「まったく進んでいない」が7%、合わせて51%でした。
去年に比べると肯定的な回答の割合は、およそ6ポイント高くなりました。
肯定的な割合は、宮城県59%、岩手県45%、福島県は29%です。津波被災地での工事が終わったのに対し、原発被災地はまだ始まったばかりですから、当然でしょう。

「当初、思い描いていた復興と比べて、今の復興の姿をどう考えるか」を尋ねた質問では、「思い描いていたより良い」が23%、「思い描いた通りだ」が21%、「思い描いていたより悪い」が53%です。
「思い描いていたより悪い」と答えた人にその理由を複数回答で尋ねたところ、「住民同士のつながり」が59%、「にぎわい」が47%、「商業施設の充実」が40%、「暮らしやすさ」と「交通環境」が39%、「風景」が37%、「雇用」が24%などです。
住民同士のつながりは、行政の力だけでは実現できず、にぎわいの回復も、災害復興だけでは達成できません。

有識者会議の長所と欠点

2021年3月6日   岡本全勝

2月28日の読売新聞「地球を読む」は、御厨貴先生の「戦場と化した復興会議」でした。
・・・はや10年前の話になったが、2011年3月11日の東日本大震災に対応したのが、同年4月14日から開かれた「東日本大震災復興構想会議」だった。議長代理を引き受けた私は、いかにも自民党政権時代の前例踏襲を嫌がる民主党政権らしいと感じた・・・

・・・そんな中で発足した復興会議のメンバーは、これまた通常の審議会とは違う異色の人材ぞろいだった。
16人のうち、知事3人、防災・建築関連3人を除くと、大半は行政や復興事業の門外漢である。特に東北地方にゆかりのある、従って思い入れの強い方々が過半を占めていた。
議長団の政治学者3人(五百旗頭いおきべ真議長、御厨、飯尾潤検討部会長)も、いわゆる審議会人ではない。有り体に言えば、会議の進行がどうなるかや、議論の着地点が見えなかった。
石原信雄元官房副長官から、「この審議会は、どこに着地するのかが分からない。危険だからやめた方がよい」とのアドバイスを受けたほどだ。
「素人集団」の会議は、海図なき航海に出帆するや、たちまち「会議は踊る。されど進まず」を地でいく展開となった。メンバーが過剰な役割意識を持ったためだろうか。“踊る”という表現がぴったりとくる劇場的な様相を見せた。
各委員は長々と自説を論じ、会議は時として5時間にも及んだ。議長団の制止も聞かず、委員の怒号が飛び交う戦場と化した。民主党政権下、官僚は委員との直接的な接触を止められていたから、説得工作も議長団が行い、大変な苦労を強いられた・・・

・・・復興会議の議論が空転するうち、委員の多くが、“東北への思い”を形にしたいと思っていることが分かってきた。それは「阪神・淡路復興委員会」の下河辺しもこうべ淳委員長が、「地域への思いを語る人がいないと結局はまとまらない」と言ったことと合致していた。
ただ“思い”を形にするのはきわめて難しい。我々議長団は、事務局のマンパワーを動員して委員の思いのたけを短冊化し、平台に載せては方向性を見いだす作業を繰り返した。普通の審議会なら言いっ放しで終わらせるようなことも、丁寧にすくい上げた。
その結果が、6月25日に提出した「復興への提言―悲惨のなかの希望」である。各論は検討部会が各省と調整して作り上げた具体案で網羅されたが、「前文」から各論の「序」や「結び」の部分は全体として、詩のリズムと劇的セリフで満たされた雰囲気に仕上げた。国の提言としては空前絶後のことだろう。“東北への思い”を口にする委員の多数派と議長団が、かろうじて歩み寄った形だ。

「提言」が出された後、事情を知らぬ方々からは、「自己陶酔か?」「自意識過剰!」とのお叱りを受けた。政治学者トリオが議長団にいながら心情吐露に終わったのか、という批判もあった。しかし、たまたま会議に姿を見せた菅かん首相でさえ「この会議は崩壊するのじゃないか」と独りごちたという会議の実態を考えれば、妥当な解決だったろう。10年後の今、もし同じような提言をすれば、SNSを含むメディアに“復興劇場”は徹底的にたたかれるのかもしれない・・・

御厨先生は、日経新聞にも寄稿しておられます。3月4日「人と人つなぎ「災後」切り開け 東日本大震災10年