カテゴリー別アーカイブ: 災害復興

行政-災害復興

稼げる水産業、三陸からの挑戦

12月2日の日経新聞「挑戦者たち 稼げる水産業 三陸から挑む」から。

・・・かつて世界一と呼ばれた日本の漁業がピンチにある。魚も漁師も減り続け「このままじゃ20年後、魚をとるやつおらんくなる」。水産業を「かっこよく、稼げる、革新的な産業にしよう」。阿部勝太代表理事(34)が率いる、若手水産事業者の団体、フィッシャーマン・ジャパン(FJ、宮城県石巻市)は6年で40人の新人漁師を育て上げた。その挑戦は、全国の浜を巻き込み始めている・・・

・・・FJの活動は大きく2つ。1つは漁師に卸、鮮魚店、料理人など魚に関わる「フィッシャーマン」を2024年までに新規に千人育てること。2つ目は、水産業をもうかるかっこいい産業にすることだ。FJは漁師のほかIT技術者、輸出のプロら20~30歳代の25人で構成する。
海の仕事の勉強会や親方漁師とのマッチング、シェアハウスを設けるなど一人ひとりに寄り添いながら担い手を育てている。全国初の取り組みだ。これまで関わった若者は千人超。さらに三陸の海の幸を味わえる飲食店の運営や輸出、漁師のファンクラブサイトも運営している。北海道や九州などで活動を共にする漁業団体も増えてきた・・・

地域産業の衰退は、後継者がいないこと、儲からないことです。大震災被災地での産業復興も同じ悩みでした。このような挑戦が期待されます。

災害公営住宅完成

12月8日の岩手日報は、1面で大きく「東日本大震災の災害公営住宅 本県全5833戸完成」を伝えていました。
・・・これにより本県の5833戸をはじめ、宮城、福島など8県で計画されていた全2万9654戸(東京電力福島第1原発事故の被災地への帰還者向け住宅を除く)の整備が完了。来年3月の震災10年を前に、ようやく一区切りとなった。同2月中旬に入居を開始し、新たなコミュニティーでの暮らしが始まる・・・

これで、計画していた公営住宅は、すべて完成しました。
2012年12月に自民党が政権に復帰し、党に復興加速化本部ができました。翌1月に大島理森・加速化本部長に呼ばれ、現状と課題を説明したら、「復興を進めるために、何を優先すべきか」と問われました。「あれと、これと、それと・・・」といくつも答えたら、机を叩いてお叱りを受けました。
そこで「なんと言っても住宅ですわ。なんとなれば・・・」と答えたら、「では、住宅建設を最優先にして、計画をつくれ」と指示をいただきました。

それから8年です。ほとんどは、4年ほど前に完成したのですが、いくつか調整に手間取ったり、工事が難航したか所が、残っていました。お待ちいただいた方には、長い10年だったと思います。

原発事故、放射線量の低下

11月23日の朝日新聞「東日本大震災10年へ 放射性雲、どう流れたか」に、原発事故で放出された放射性物質の拡散が書かれていました。
・・・2011年3月、メルトダウン(炉心溶融)を起こした1~3号機の原子炉内からは、大量の放射性物質が何日にもわたり、断続的に大気中に放出された。この気体の塊が「プルーム」。もくもくと立ち昇る煙という意味だ。風で流され、雨にあうと多くの放射性物質を地面に落とす。大気中に出たセシウム137の総量は約1・5京ベクレル、その10~20%程度が陸域に沈着したと推定されている・・・

あわせて、空間線量の低下についても、書かれています。当初予想した以上に早く低下したのです。これが、放射線量が高く、当分の間は人が立ち入ることができない「帰還困難区域」を設定したのにかかわらず、その地域での帰還のための作業ができている理由です。
・・・プルームで汚染された地域も、これまでに空間線量は大幅に下がってきた。
日本原子力研究開発機構などは、原発の半径80キロ圏の線量を定期的に測ってきた。約6500の定点のほか、舗装道路などは車や歩きで、広域や原発周辺はヘリコプターを使う。国が長期目標とする年間の追加被曝線量は1ミリシーベルト(毎時0・23マイクロシーベルト)。2011年と19年を比べると、毎時0・2マイクロシーベルト以下の地域の割合は、17%から84%に広がった。

線量の低下は、まず放射能が自然に減る影響が大きい。計算上は16年までの約5年間で当初の37%まで低下するが、実際に測ると、人の生活に関わる場所ではずっと速く下がっている。特に、舗装された道路の線量は、自然に減る線量の3分の1しかなかった。セシウムが雨などで流されるためだ。人の手が入る農地なども減りが速い。
人の手が入らない公民館の庭のような「平坦地」でも、自然に減る線量の半分だった。セシウムが土の中に浸透し、放射線が遮られるためだ。一方で、森林は自然に減る線量とほぼ同程度に高止まりした・・・

原発被災地で穀物貯蔵の大型施設建設

11月12日のNHKニュースが、「浪江で穀物貯蔵の大型施設建設へ」を伝えていました。浪江町での稲作再開は、このホームページでも、しばしば紹介しています。「田植え」「稲刈り

元の耕作者が高齢化したこともあって、再開しない方も多いです。そこで、戻ってこられた方と、農業法人で稲作を再開しています。戻ってこられない方の農地も借りて耕作するので、大規模化が進んでいます。この調整は、町役場も参画しています。
そして、このニュースにあるように、大規模営農を支える施設も建設しています。また、引取先もあって、大丈夫です。
来年は、さらに広げてもらえることを期待しています。

11月20日、ふくしまプラクティス2020

11日に紹介した「みやぎ復興 官民連携フォーラム」に続き、11月20日に開催される「ふくしまプラクティス2020― 実践者が語る10年の経験とこれからの挑戦 ―」を紹介します。

趣旨は次の通り。
東日本大震災から10年間、福島では様々な活動が行われてきました。
活動の実践者たちは、課題に直面したとき、何を考えてきたのか。
これからも続く福島の復興、将来について今、何を想うのか。
語られる言葉から、現在の福島を知り、地域や日本を考えてみませんか。