カテゴリーアーカイブ:政治の役割

天皇による社会統合

2019年5月4日   岡本全勝

5月2日の朝日新聞「皇室に親しみ、ふわっとした国民統合」から。

・・・平成の間に価値観やライフスタイル、家族の形は多様化した。反面、経済状況の悪化や人口減少で、社会制度のひずみが露呈。格差は広がって、社会に分断も生じている。
東京大学の佐藤俊樹教授(56)=社会学=は「経済成長が続くことを前提として社会を統合するという戦後政治の想定は崩れ、憲法によって保たれる社会秩序に『空白』が生じた。それを埋めたのが、平成の天皇だった」とみる。
被災者ら、より厳しい状況に置かれている人々に対し、天皇が光を当て、国民が苦境を分かち合うというメッセージを発したことで、社会の統合に寄与したという見方だ。
「裏返せば、国民は不満をある程度解消され、議論や思考を深めてぶつけ合わずにすんだ。天皇のおかげで良い意味でも悪い意味でも、ぬるくて快適な日本の社会機構を続けられたとも言える」・・・

アメリカ、緊急事態宣言

2019年4月26日   岡本全勝

東京財団政策研究所、梅川 健・首都大学東京法学部教授の「緊急事態におけるアメリカ大統領権限:トランプ大統領による壁建設はなぜ可能なのか」が、勉強になりました。
・・・2019年2月15日、ドナルド・トランプ大統領は国家緊急事態を宣言した 。これで、現在のアメリカで有効な緊急事態宣言の数は32個になった。複数の緊急事態宣言が併存するという状況は、一見して奇妙である。
国家が作動するモードには、平時と戦時だけでなく、そのどちらでもないが国益が侵害され一刻を争う緊急事態がある。緊急事態宣言がそのモードを切り替えるスイッチであるとすれば、スイッチを入れるのは一度で十分なはずだ。
なぜ、アメリカでは複数の緊急事態宣言が併存するのか。大統領は緊急事態に何ができるのか。緊急事態における大統領の決定はどのように抑制されうるのか・・・

平時と戦時、そしてその間にある緊急事態。それにどのように対処するか。
大統領と議会という二元代表制。
日本とは異なる条件の下で、試行錯誤しながら作り上げてきた仕組みがわかります。

三谷太一郎先生「首相統治」

2019年4月2日   岡本全勝

3月29日の朝日新聞オピニオン欄、三谷太一郎・東京大学名誉教授の「平成から新時代へ 冷戦後デモクラシー」から。このインタビューには様々な重要な論点が含まれているのですが、ここでは2つだけ紹介します。

・・・これは日本だけの変化ではありません。私は、日本にも「首相統治」の時代が来た、と考えています。まずそれが出現したのは、第2次世界大戦後の英国です。大戦の影響もあって、英国では立法と行政が非常に強く結びついた首相統治が生まれた。政治学の教科書でいうような権力分立制ではなく、真の権力はダウニング街10番地(首相官邸)にある。大戦中の英国の首相はカリスマ的指導者のチャーチルですが、そのあと、労働党のアトリーになっても首相統治は続いた。指導者のカリスマや個性の問題ではないのです・・・
・・・小選挙区比例代表並立制という現行制度が、首相統治を支えているのは間違いない。党内権力が少数の幹部に集中し、選挙候補者の選任や政党助成金の配分に、首相が大きな力を持った。加えて、内閣人事局による行政への支配が強まり、立法と行政の権力分立が縮小し、癒着問題が生まれた・・・

私は、その原因について、少々違った見方をしています。「首相統治」は、それを要求する、現代国家における世界共通の背景があります。他方で、それを容認する仕組みも必要です。そしてなにより、首相の運営方法によります。これについては、別の機会に書きましょう。

「現在もまた、議会制民主主義の危機がいわれています」との問に。
・・・重要なのは、個別の政党の影響力を拡大する以前に、「個々の政党の利益を超えた価値」を維持するメカニズムを構築することです。議会自体の持つ「公共性」を考えるべきでしょう。社会の中で注目されていない意見を、党派を超えて取りあげる。議会が選挙民を啓蒙する教育的機能も大事です。党派と関係なく議会が持っている「公共性」というものがないと、実は政権交代も円滑には進まないのです・・・

平成は政治と行政の改革の時代

2019年3月10日   岡本全勝

3月2日の日経新聞連載「平成の30年」は、「二大政党 なお道半ば」でした。野田佳彦・前首相と砂原庸介・神戸大学教授がでておられます。

坂本英二記者の解説から。
・・・選挙制度改革、政党助成金、中央省庁再編、内閣人事局――。平成の時代は膨大な政治エネルギーを消費して、重要な制度改革がいくつも行われた。しかし「政権交代が可能な二大政党制」や「首相官邸の大幅な機能強化」も一つの手段にすぎない。本当の目標は各党が国家的な課題への処方箋を競い合い、重要な政策を迅速に実行していくことだったはずだ。
平成の初めにバブル経済が崩壊し、少子高齢化時代の到来によって財政が加速度的に悪化する兆しが見えていた。東西冷戦の終結は、日本に国際貢献のあり方を含めた安全保障政策の見直しを迫った。「政官業のトライアングル」といわれた既得権益型の社会構造を大きく変えるには、二大政党による競い合いが不可欠だと思われた。その方向は間違ってはいなかった・・・

日本の政治行政から見ると、平成の30年は改革の時代でした。さて、それがどの程度目的を達したか。どの程度成功したか。何が残ったか。
次の時代に進むためにも、この評価が重要です。

日本の中国援助

2019年2月21日   岡本全勝

2月15日の日経新聞夕刊に「40年の対中ODAに幕 友好象徴 発展の礎築く」が解説されていました。
・・・中国への政府開発援助(ODA)が40年の歴史に幕を下ろす。安倍晋三首相は新規を停止すると表明し、進行中の6事業が最後だ。かつては中国の発展を後押しし日中友好の象徴と位置づけられたが、中国が国力をつけるとともに日中の火種が増え、事情が変わった・・・

1979年から始まった、中国への政府援助。北京空港や鉄道などの建設を支援しました。
このような援助以外にも、パナソニックによるテレビ製造、新日鉄による製鉄所、新幹線技術など、技術支援も行いました。
経済開発に後れを取った中国を支援することとともに、戦争で被害を与えた中国への支援という意味も合ったと思います。
問題は、記事でも指摘されているように、中国の国民がこの事実を知らないこと、日本との友好につながらなかったことです。