カテゴリーアーカイブ:政治の役割

危険に対する科学者と政治家の役割分担

2020年8月7日   岡本全勝

8月2日の読売新聞「コロナ禍と原発事故」、小林傳司・大阪大名誉教授の「科学 解答には相応の時間」から。
・・・科学は、人間社会が手にした最強の知的道具です。それ故に、新型コロナをはじめとする新興感染症や2011年の東京電力福島第一原子力発電所事故のような有事の際には、科学者の知見を、被害拡大を防ぐ政策判断に反映させようと試みられてきました。そこには、常に難しい問題が潜んでいます。
科学者が客観的な事実やリスク評価を示す役割を担い、それをもとに政治が基準を定めたり、判断を下したりするというのが、通常の科学と政治との関係です。こうした分業でうまくいく事例はたくさんあります。ところが、うまく機能しないタイプの問題が噴出してきました。古くは原発の安全性をめぐる議論であり、今回の新型コロナ禍への対応なども、その典型です・・・

・・・新型コロナの場合はどうでしょうか。感染防止という観点だけでいえば「濃厚接触を断つしかない」と、専門家の考えは極めて明瞭です。しかし、いつまで自宅で巣ごもりを続けるべきなのか、感染リスクをある程度許容しながら経済活動を維持すべきなのか。政治と交わる境界領域で何を重視するのか、科学だけでは答え難い「トランス・サイエンス」の問題と言えます。

こうした問題では、政策決定者と専門家の間で十分に議論することが、必要不可欠です。特に、医学や公衆衛生学は、「人の命を救う」「感染症から社会集団を守る」という目標を掲げた学問であり、ある種の線引きや基準づくりが求められる分野です。その点で、政策判断との親和性が高かったはずです。

ただ、政府への提言を検討してきた当事者たちは難しいかじ取りを迫られたと感じていた。新型コロナ対策を助言してきた専門家会議が6月、自身の活動について「前のめり」「政策を決めている印象を与えた」などと総括する報告書を公表したことでも明らかです。
知見が少なく制約が多い中で、提言や情報発信にあたった苦労が文面からも伝わってきます。大事なのは、最終局面での判断は、政治の責任で引き取り、科学との境界をはっきりさせることです。そうしないと、科学者が政治的決定の責任を問われかねず、助言するシステムそのものが崩壊してしまうからです・・・

政治における委任とリーダーシップ

2020年7月31日   岡本全勝

月刊Voice8月号、河野勝・早稲田大学教授執筆「政治における委任とリーダーシップ」から。この論考は、いくつかの新聞論壇時評で取り上げられています。

・・・冒頭で述べたとおり、今日では政治リーダーがさまざまな専門家からアドバイスに支えられることは不可避であり、コロナ危機はそれを誰の目にも明白にした。しかし、アドバイザー体制を構築することで、リーダーの責務が終わるのではない。政治のリーダーシップが本来発揮されるべきは、まだその先である。
現代における政治のリーダーシップとは何か。筆者は、優れたリーダーを測るのは「その人でなければできない」という素質を持っていることが、もっとも重要な基準であると考えている。集められるかぎりの情報を集めさえすれば、そのなかから自ずと答えが出るような意思決定に、リーダーは要らない。情報を集める前に独断専行で決定に及ぶのは、論外である。
集められる情報をすべて集めるアドバイザー体制を整えることは、もちろん重要である。しかし、そのような体制づくり事態は、「その人でなければできない」ことではなく、いってみればそれは優れたリーダーであるための前提条件に過ぎない。

「その人でなければできない」決断は、集められる情報をすべて集めたうえでも答えが出ないときに、はじめて必要となる。そのような場面において、BでなくAの選択肢が正しいという判断を何らかの根拠に基づいて行い、しかもそれを周りの人たちに納得させることができる能力と信頼が備わっていること、それが現代のリーダーシップの本質ではないかと考える・・・

前衛の思想、後衛の思想、その2

2020年7月27日   岡本全勝

前衛の思想、後衛の思想」の続きです。道路を造ってもバスが廃止されると、利用者からすると困る、ということを指摘しました。
他方で、企業は、新しい自動車の技術の開発にしのぎを削っています。世の中を便利にするには、よいことです。企業は利益を求め、新しいことに挑戦します。社会全体がどうなるかは、個別の企業の責任ではありません。それを全体で見て、調整するのが政治の役割です。例えば車に関して言えば、環境保護のため排ガス規制を厳しくしたり、安全のためにシートベルト着用を義務づけたり。企業にとって費用がかかっても、必要なのです。

社会をよくするために、便利にするために新しいことに挑戦する、新しく造る。それは前衛の思想です。他方で、取り残される人を支える、社会の問題に取り組むことは、後衛の思想です。市場経済は前者は得意ですが、後者は不得意です。政治と行政は、後者を担わなければなりません。

行政に関して言えば、明治以来西欧に追いつくために、インフラや公共サービスを整備することに重点を置いてきました。遅れた社会を、行政が先頭に立って発展させるのです。これも前衛の思想でした。他方で、その変化についていけない人を支援することも、行政の役割です。それは、後衛の思想です。
私は、「坂の上の雲」と対比して「坂の下の影」と表現しています。2018年5月23日の毎日新聞「論点 国家公務員の不祥事」私の発言「現場の声 政策に生かせ

連載「公共を創る」でも教育を例に、理想と最先端を教える授業に対し、それについて行けない人(落ちこぼれた人)が出る場合の教育が必要だと主張しています。
駒村康平編著『社会のしんがり』(2020年、新泉社)は、地域での困難や問題を抱えた人を支える人たちを取り上げたものです。

前衛の思想、後衛の思想

2020年7月26日   岡本全勝

7月20日の日経新聞地域面に、「交通崩壊 支え合いで防げ」が載っていました。
・・・「交通崩壊」。新型コロナウイルスの感染拡大で、地域の公共交通が危機に直面している。利用客減少や乗務員不足で収益が悪化しているところにコロナが直撃し、事業者の倒産や休業が続出。6月の移動制限解除後も、乗客数の本格回復は見込めず、苦しい経営が続く。地域の足は一度なくなると戻らない。運行維持へ官民を挙げたサバイバル作戦が始まっている・・・

この記事はコロナウィルスによるバスの経営危機ですが、これに限らず、地方の公共交通は厳しい経営状況にあります。経済原則では、儲からない企業は撤退するのですが、公共交通がなくなると生活できません。自家用車に乗らない学生や高齢者にとっては、学校、病院、お店に行けなくなります。自治体が経済支援をしていますが、公共交通は重要なインフラです。学校や上下水道と同じです。

一方で、新しい道路が巨額の費用を使って造られています。いくら新しい道路ができても、バスがなくなれば、利用者には意味がありません。予算の配分を見直すことはできないのでしょうか。新しい道路ができることはうれしいですが、交通という広い視点で見ると、利用が重要です。造れば喜ばれるという時代は終わっています。あるいは、不都合な事実に目を背けて、部分的にしかものを見ていません。もし国庫補助金がなく、一定額を市長に渡したら、市長は道路建設とバス路線維持にどのように予算を配分するでしょうか。
この項続く

国民の信頼がない日本政府

2020年7月17日   岡本全勝

7月14日の朝日新聞、吉川洋・立正大学学長の「ポストコロナの負担、どう向き合う 財政は「支え合い」、議論深めて」から。
・・・財政赤字はバケツの底が抜けたような形で膨らんでいます。コロナ禍が一服したら、ポストコロナの負担のあり方を抜本的に議論しないといけない。これこそが政治の責任です。
財政というのは本質的に「支え合い」ということを認識する必要があります。みんなで負担してそれに見合ったものをもらうというのが財政の考え方です。

例えば市場原理主義と呼ばれる考え方があります。アメリカの共和党支持者に多いのですが、政府に色々やってもらう必要はない。その代わり、税金は低くしてもらうという考えです。社会保障や公教育すらミニマムでいいと考えます。
しかし日本で年金、医療保険を、全部私的な保険でやればいいと真面目に言う人はほとんどいないでしょう。また、すべての子どもに等しく教育を提供するのが、あるべき社会です。そういう支え合いを保つのが財政の役割なのです・・・

・・・コロナ前から、財政には問題がありました。最大の課題は少子高齢化です。子育て支援や、高齢者が増えることで医療介護の支出が増えることが想定されています。これに加えて、今回のコロナで感染症対応も一つの課題だと思い知らされました。負担の議論は避けられないのです。
北欧のスウェーデンはご存じの通り、社会保険料も税金もものすごく高い。だけど彼らは、国家のサービスを買っているという感覚があります。自分たちで買い物するときに不平を言う人はいない。

日本はそこの信頼感がない。変な例えかもしれないけれど、日本は政府のサービスが福袋に入ってしまい、何が出てくるのか、どれだけ自分が受益をしているのかわかりづらい。
例えば、社会保障によって、国民がどれだけの利益を得ているのかを端的に表しているのが寿命です。1950年代まで先進国の中で日本は寿命が短い国でした。それが1961年に医療が国民皆保険になってから寿命が大幅に延びました。こういった説明を政府はもっとするべきです。
コロナ禍によって、身の回りでの支え合いの意識が高まっています。「財政も支え合いだ」という意識が高まり、負担の議論が深まることを期待しています・・・