「政治の役割」カテゴリーアーカイブ

行政-政治の役割

国の財政

14日の朝日新聞政治面、一こま漫画(山田紳画)は、なかなかのものでした。大雪で傾いた国会議事堂(立て札が立っていて、そこには「ほぼ倒産?」とあります)の上で、小泉総理と竹中大臣とおぼしき2人が、雪下ろしをしておられます。
小泉総理は「地方に破綻責任を問うなら」と言い、竹中大臣は「国の財政をこんな風にしてしまった責任も問われますよね?」と答えておられます。

湾岸戦争での日本の失敗

月刊「論座」で、岡本行夫さんのインタビューが連載されています。2月号は、第一次湾岸戦争です。岡本さんは当時、外務省北米一課長でした。私は、日本がいかに国際社会で独りよがりだったかの実例として、この時の日本の失敗を出します。参考文献として、手嶋龍一「1991年日本の敗北」(1993年、新潮社。新潮文庫に「外交敗戦―130億ドルは砂に消えた」として再録)を上げています。しかしこれは、あくまで小説です。当事者である岡本さんの証言は、重みが違います。
湾岸危機での日本政府の対応の失敗の原因は何だったのでしょうか、という問いに対し、次のように答えておられます。
「反発を覚悟で率直に言います。第一に時の指導者がビジョンと同盟論を十分に理解していなかった。第二に何人かのカギとなる官僚が事なかれ主義をとったり、国益よりも省益を重視した。第三に国会対策など国内事情から日本の貢献策を海外にPRできなかった。そして第四に、これが基本ですが、国の政策は国会に代表される民意を超えることはできない。つまり、日本はまだ国際安全保障問題に未熟だったことですね」
詳しくは、原文をお読みください。官僚と政治家の失敗が、生々しく書かれています。できれば、その失敗をした他の当事者の弁明も、聞いてみたいのですが。
この時の経験と失敗を勉強することは、日本の政治家と官僚にとって不可欠だと思います。

ねじれ国会・憲法

8日の読売新聞「この国をどうする」、大山礼子教授の 「衆院の権限強化が必要」 から。
・・憲法は、予算や条約については、国政を運営するために決定しなければいけない事項なので、衆院の優越を強く定めています。一方、法律案は、現状を変えようとするものですから、衆参両院でゆっくり議論してもいい、という考えなのだろうと思います。
 ただ、予算関連法案は実質的には予算の一部のような法案ですから、衆院の意思をもう少し尊重するような合意を与野党がどこかでしないと、なかなかたいへんだと思います。どちらが与党になっても、ねじれが起きる可能性はあるのですから、合意できる余地はあるのではないでしょうか・・
今は与党が衆院で3分の2以上の議席を持っていますが、次の衆院選でおそらく割り込むでしょう。そのとき、いったいどうするのか。最終的には憲法改正になりますが、衆院の優越を強めないと将来はやっていけないでしょう・・
これまでの国会は、政府法案が提出される前に自民党内の事前審査で大方が決着してしまい、野党との論戦は一応するけれども、法案はあまり修正しないで成立させるのが慣例でした。でも、ねじれ状態では、法案提出後に国会でいろいろなやりとりをして合意を形成しなくてはなりません。
 この臨時国会でも、話し合いで成立した法案はありました。ただ、残念なことに、話し合いは国会審議の外で行われ、与野党がどんな主張をし、どの辺りで妥協したのか国民に十分に説明されていません。裏で交渉してもいいが、同時に、国民の前で政策決定のプロセスを演じてみせて記録に残す、ということも民主主義では大切です・・

国際社会での世間づきあい

28日の産経新聞に、岡本行夫さんが「インド洋に補給艦戻せ」を書いておられました。前半部分は、HPでも読むことができます。私は外交防衛には疎いので、勉強になりました。
イラクでの戦いと違い、アフガニスタンでの戦いは、文明がテロから自衛する闘争であること。
アフガンへの関与には、危険な順から、1アルカーイダ・タリバン掃討作戦(不朽の自由作戦)、2国際治安支援部隊(ISAF)、3地方復興チーム(PRT)、4インド洋海上阻止活動(MIO)がある。1はまさに戦い、2は治安維持支援だけどテロリストの標的になっている。3も護衛部隊がつくように危険、4は比較的安全。そして、日本がやっていた洋上給油活動は、これらの欄外にある、超安全な活動であること。
世界から40か国が参加しているが、危険な行為は他国に任せ、日本は安全な活動しかしなかっただけでなく、それも中断してしまいました。さらに、日本人の安全確保を、他国の軍隊に頼っているのです。
1991年の第1次湾岸戦争時に、金だけ出して他国から批判を浴びたことに比べ、日本は人を出しての貢献をするまでになりました。しかし、まだ「世間並みの付き合い」はできていません。

地域振興と国家行政機構

高松での地方版経済財政諮問会議に出席して、いくつかのことを考えました。
地域の経済振興を考えることは、地方自治体の仕事でしょう。しかし、現在のような国内での大きな不均衡が生じると、中央政府としても放っておけなくなります。しかし、各省にはそれを担当する部局がありません。総務省(旧自治省)は、主に地方制度と税財政です。国土交通省は、道路などのインフラ整備が主です。経済産業省は、中小企業などを所管していますが、各地域ごとの産業対策までは手が回っていないようです。農業は農水省の所管ですが、農業はGDPに占める割合が1%(従業者で4%。訂正します)でしかなく、農業振興では地域経済は支えられません。いずれにしても、「地域の振興」を総合的に所管する部局はないようです。
かつては、国土庁に地域振興局がありました。それがどれだけ機能したかは別として、今あれば、そこが主たる任務を担うと思われます。道州制になれば、中央政府でなく各道州の責任になるでしょう。
次に、地域の経済状況を、中央政府に吸い上げる機関がありません。それぞれのデータは、各省の系列で本省に上がっているのでしょうが。各省の出先機関は、中央で決めたことを実行する、あるいは地方自治体に伝達する機関であって、情報を吸い上げる機関ではないのです。

これまでは、地域間に差がありつつも、地方もそこそこに経済が発展しました。また、高度経済成長期には、人口が工業地帯に大移動することで、格差を吸収しました。組立型工場も、地方へ進出しました。中央政府は、公共事業、農業保護で「国土の均衡ある発展」を達成できました。そして、国庫補助金と地方交付税とで、地方自治体の財政力も平均化しました。
農業保護が行き詰まり、工場がアジアへ流失し、近年第二の失業対策としての機能を担っていた公共事業が削減されたことで、この仕組みが成り立たなくなりました。そして、日本全体がマイナス成長・低成長になることで、新たな成長産業を持たない地方の疲弊が目立つようになりました。
もっとも、かつてもエネルギー革命で、山村での炭焼きの暮らしが成り立たなくなり、石炭から石油への切り替えで、炭坑が成り立たなくなりました。それらも、経済成長はかなり吸収したのです。対応できなかった部分が、今になって、山村での限界集落、夕張などの旧産炭地の疲弊となって表れています。