カテゴリーアーカイブ:社会の見方

アイケンベリー教授、トランプ現象

2025年3月16日   岡本全勝

2月23日の読売新聞、アイケンベリー教授の「米主導の国際秩序 揺らぐ」から。

・・・第2次大戦後の米国主導の国際秩序が近年危うさを増している。4年目を迎えるロシアのウクライナ侵略はその表れだ。
米国はロシアの暴挙に際し、自由主義に対する権威主義の挑戦と糾弾し、西側諸国は団結して対露制裁を科し、ウクライナ支援に回った。ところが米大統領に先月返り咲いたドナルド・トランプ氏は、この対立構図には無頓着で、ウクライナの頭越しの対露交渉による戦争終結を急いでいる。
米プリンストン大学教授で国際関係論の泰斗、G・ジョン・アイケンベリー氏に戦後80年の世界について見解を聞くと「世界秩序は危機に陥っている。トランプ米政権は戦後体制を信じていない。奇妙な時代です」と語り出した。

トランプ氏の復活に憤慨している米国民は多くいます。ただ歴史的に見ると彼の出現は突然変異ではありません。18世紀後半の対英独立革命期から存在する「オルト・アメリカ(もう一つの米国)」という勢力の末裔といえます。
2世紀半の米国史は、より良き自由民主主義体制の構築を試みる実験の連続でした。その土台は1776年の独立宣言で掲げた「すべての人の平等」と「生命・自由・幸福を追求する権利」という原則です。奴隷制の廃止・黒人差別法の廃止などは「すべての人」を包容する開かれた社会の実現をめざす近代化の営みでした。この進歩に対し、白人男性支配の崩壊を恐れる南部の守旧派らが抵抗した。20世紀前半、大恐慌対策としてニューディール政策が導入されて社会改革が進展すると、富裕層の一部が抵抗した。自由主義的近代化を拒む勢力がオルト・アメリカです。いわば彼らは今日も南北戦争を戦っているのです。

トランプ氏の再登場は米国式近代化の一時停止を意味します。彼の支持基盤の中核はオルト・アメリカですが、先の大統領選を決したのは一般の有権者です。物価上昇に苦しみ、先行きに不安を抱き、為政者の失政に不満を募らせる民衆です。社会が分極化を深める一方で、親世代よりも子世代が豊かになるという「アメリカン・ドリーム」は逆夢になってしまった。民衆を動かしたのは希代の扇動政治家トランプ氏のエリート批判でした。近代化に代わる未来志向の米国像を示したわけではない。自由民主主義の伝統に背を向けただけです・・・

私は、アイケンベリー教授の「リベラルな国際秩序」を信奉しているのですが。

吉見俊哉著『アメリカ・イン・ジャパン』

2025年3月15日   岡本全勝

吉見俊哉著『アメリカ・イン・ジャパン』(2025年、岩波新書)を読みました。
この表題では、多くの日本人が何らかのことを思い浮かべ、述べることができると思います。私も、自分なりに考えてみました。多くの人は、ペリー来航、太平洋戦争、占領と憲法、戦後のアメリカ生活文化の流入、豊かさと自由の目標としてのアメリカ、を要素として入れるのではないでしょうか。

本書の内容は、目次を紹介するとわかりやすいでしょう。
第1講 ペリーの「遠征」と黒船の「来航」――転位する日本列島
第2講 捕鯨船と漂流者たち――太平洋というコンタクトゾーン
第3講 宣教師と教育の近代――アメリカン・ボードと明治日本
第4講 反転するアメリカニズム――モダンガールとスクリーン上の自己
第5講 空爆する者 空爆された者――野蛮人どもを殺戮する
第6講 マッカーサーと天皇――占領というパフォーマンス
第7講 アトムズ・フォー・ドリーム――被爆国日本に〈核〉の光を
第8講 基地から滲みだすアメリカ――コンタクトゾーンとしての軍都
第9講 アメリカに包まれた日常――星条旗・自由の女神・ディズニーランド

どうですか。あなたの考えた「アメリカ・イン・ジャパン」と、どの程度共通していましたか。私は、私の考えていたことと少々異なっていたので、驚きました。それは、私の中にある「アメリカ・イン・ジャパン」が、一方的な日本人の「憧れ」であって、現実にはアメリカのアメリカ中心主義に巻き込まれた、それも被害意識なく巻き込まれた日本に気づかされたことです。
先住民を虐殺し、不法に土地を奪いながら、「自由の国をつくる」と説明し、西海岸に到達します。その続きで、ハワイやフィリピンを支配し、日本にも触手を動かします。今のトランプ大統領のアメリカを見ると、自国中心主義は素直に理解できます。

なお、73ページ後ろから2行目、「ギリス帝国」とあるのは「イギリス帝国」のまちがいでしょう。

「カローラ買えない」停滞ニッポン映す鏡

2025年3月15日   岡本全勝

2月27日の日経新聞に「「カローラ買えない」年収の半分に 停滞ニッポン映す鏡」が載っていました。

・・・トヨタ自動車の「カローラ」が日本の貧しさを映し出している。価格を平均年収で割った「カローラ価格指数」を算出すると、高度成長期を経て年収の2割台(0.2)まで下がったが、今は5割まで高まった。米国では3割のままで差が際立つ。大衆車の象徴の歴史を振り返ると、物価上昇に賃金が追いつかない日本の姿が見える・・・

1966年に売り出されたときは、495,000円。平均年収548,500円の0.9でした。
1979年には85万円で、平均年収279万円の0.27まで下がりました。1982年には、価格は同じですが、平均年収が319万円になって0.27まで下がりました。
その後は0.3程度で推移しましたが、2000年代に入って指数は上昇し、2019年では価格が240万円で、年収は436万円。指数は0.55になっています。
アメリカではこの指数は0.30で、日本の賃金の低さが目立ちます。

民意、感情と理性2

2025年3月13日   岡本全勝

民意、感情と理性」、山腰修三教授「メディア私評」「民意を捉える 感情か理性か、誰に何をどう語る」の続きです。

・・・新聞購読の習慣は失われ、ニュース離れが進んだ。また、ニュースはオンライン上でどれだけ読まれたかが数値化され、重要だが読まれない記事を伝えるシステムも衰退した。デジタル化とともに、民意を捉える従来の技法が機能不全となったのである。
その結果、「民意を捉える」という点からジャーナリズムは二つの選択肢に直面している。一つは大衆的側面(感情)により一層寄り添う、という道である。人々のネット上の活動を分析するマーケティング技術の発展とともに、人々が「本当に望む情報」を提供することができるようになった。この戦略は人々の感情の活性化によって駆動する今日のSNS環境とも親和的だ。しかしながら、自由民主主義にとって必要不可欠な「伝えるべき情報」を犠牲にすることになる。

もう一つは、市民的側面(理性)に寄り添うという選択肢だ。これは20世紀的なジャーナリズムの規範を維持する上で有効だが、一般の人々の日常感覚に根差した「常識」とジャーナリズムとがますます切り離されるだろう。ジャーナリズムをはじめとするエリート的な専門文化に対する不信感が高まる中で、こうした戦略は分断を深め、自由民主主義の後退を加速させる危険すらある。

現代のジャーナリズムは「誰に何を語るのか」という問題に取り組む必要があることは間違いない。とはいえ、同時にジャーナリスト自身はどのような立場でいかに語るのかという点も問われている点を忘れてはならないだろう・・・

民意、感情と理性

2025年3月12日   岡本全勝

2月14日の朝日新聞オピニオン欄、山腰修三教授の「メディア私評」「民意を捉える 感情か理性か、誰に何をどう語る」から。
「民主主義にとって民意を捉えることが困難な時代」が来たと指摘して、次のように述べておられます。

・・・確かに一般の人々とジャーナリズムとの距離は、ますます広がりつつあるように見える。重要な点は、それが日本特有のものでも、偶発的な問題でもないということだ。民意の流動化それ自体は、ポピュリズムの台頭に見られるように今日の自由民主主義諸国に共通する現象である。そしてその背景にはメディア環境の変容、中間層の衰退、価値観の多様化といった社会の構造的な変化がある。

このように社会の急激な変化の中で民意が流動化する経験は過去にもあった。例えば20世紀前半には都市化、選挙権の拡大、そしてマスメディアの発達といった社会の大規模な変化の中で、民主主義の「危機」をめぐる議論が活性化した。それは民主主義を担う一般の人々は「市民」なのか「大衆」なのか、という問いでもあった。この場合、市民は理性的で自律性があり、対話を通じて政治に参加する存在であり、大衆は感情的で空気に流され、政治的な無関心と熱狂とを揺れ動く同質的な存在とされていた。
当時のジャーナリズムもまた、新聞読者層の急増を受けて「自分たちがニュースを伝える相手は誰なのか」という問題に直面した。ここで人々に「大衆」(感情)と「市民」(理性)という矛盾した二つの顔を同時に見いだす民意の捉え方が徐々に確立されてきた。その結果、大衆向けのビジネスモデルに根差しつつ、市民に向けて語るというジャーナリズムの文化が作られたのである。

今でも新聞の社説は市民としての読者に向けて語られる。その一方で、記事作りでは読者の大衆的な関心を高めるための「分かりやすさ」が求められ、時として感情を喚起するトピックや表現が重視される。そしてこの文化には、ジャーナリスト自身が市民として大衆世論を導くべきだという規範も組み込まれてきた。
この民意の捉え方はある種のフィクション(虚構)によって成り立っている。新聞読者の多くが日常的に社説や専門的な解説記事を熟読し、あらゆる争点について自分なりの考えを持つことは想定しがたい。その一方で人々はジェンダー、年齢、職業、地域、価値観や問題関心などの点において多様であり、決して一枚岩的な大衆ではない。マスメディア時代は新聞を購読する一般的習慣が存在し、新聞向けの広告市場も「おそらく多くの人が読むであろう」という想定で運用されていた。つまり、人々が市民としてニュースに日常的に接触しているという幻想に基づいて大衆向けのビジネスモデルが成り立っていたのである・・・
この項続く。