カテゴリーアーカイブ:社会の見方

教育ーどのような人材を育成するのか

2006年12月11日   岡本全勝
10日の東京新聞「時代を読む」は、佐々木毅先生が「高等教育こそ取り上げを」として、教育改革について述べておられました。
「確かに、幼い子どもの教育は多くの国民の関心事であるが、これはいわば入り口の問題である。しかし、入り口ばかり問題にして出口がはっきりしないということは、議論の本位が定まらず、バランスを欠くことにならないだろうか。実際、万事につけ閉塞感というものの一因は、まさにこの出口の不透明さに起因するのではなかろうか」
「首相官邸が教育問題に乗り出す以上は、出口論こそは最大の関心事にふさわしいのではないか。なぜならば、それは将来の社会的ニーズの見定めとそれに必要な人材の供給、さらには国際的競争力の維持に直接に関係するからである・・グローバル化の時代にあっては、人材政策なくしてほとんど何も将来展望が開けないことは、今や各国共通の認識である。この点、日本政府は極めてのんきと言われても仕方がない」
「大学時代の話になると、『自分はいかに勉強しなかったか』を誇らしげに語ることが-テレくささに促されてのことであろうが-当たり前のような風土のところで、次の世代がとまどうのも無理はない。出口をはっきりさせずに、がんばれというのは、もはや通用しない昔の贅沢である」

日本社会の規範と革新

2006年11月23日   岡本全勝
23日の日経新聞経済教室「イノベーション、本質と課題」は、薬師寺泰蔵教授の「競争的模倣で世界リード」「秩序の硬直性正せ、新たな社会規範の議論を」でした。ドイツとアメリカのイノベーションと社会規範との関係を紹介した後、日本について語っておられます。
「近代日本はキャッチアップ国家であり、国家が権威を作り運用した。大学制度しかり、官僚制度しかり、財閥系企業しかりである。この権威に対抗する社会規範はわが国にはない。そのかわり平等主義という社会的安全弁があった。権威の外縁にいても給与、待遇で大きな差別はなく、イノベーションで世界的な仕事をしようとしまいと待遇に大差はない・・」
「変革の契機は別のところで始まるだろう。すなわち、国家が決めた権威ではなく待遇を選ぶという世代が育ち、日本の権威に興味のない外国の研究者が日本で働きたいと思い、自分の挑戦する場所を自分で決めるために移動したいと思ったとき、現在の日本的社会規範は阻害要因になるということだ。そこで、組織に縛られない人の流動化の促進、権威主義から待遇主義への転換など、新しい社会規範の方向性の是非について国民的議論を高める必要がある・・」

政府の公益、市民の公益

2006年11月19日   岡本全勝
19日の朝日新聞補助線に、辻陽明編集委員が「公益法人制度改革を読み解く」を書いておられました。これまでの公益法人制度は、各省が公益を認定してきました。新制度では、財団や社団は誰でも設立できるようになります。ただし、国や県の第三者機関に公益性を認定されないと、税制の優遇は受けられません。
「公益法人制度改革で問われるのは、政府の公益から市民の公益に転換するかどうかだ」
「英国オックスフォード大学で教えたラルフ・ダーレンドルフ氏は、市民の公益活動は『創意豊かで、ある程度特異な団体が乱立する創造的カオス(混沌)でなければならない』と論じた。創造的カオスとは、多様性と言い換えられるかもしれない。さまざまな市民が生き生きと多様な活動をする中から、新たな公益が生まれる。新制度でも怪しげな団体が紛れ込むのは、多様性のコストと考えるべきだろう。排除しようと規制を強めすぎると、肝心の多様性が失われる」

知的財産

2006年11月1日   岡本全勝
人類が、農業社会から工業・産業社会になり、さらに現代では、情報・サービス社会になっているといわれます。その一つとして、文化・コンテンツ(これも良い日本語が欲しいですね)・特許・ノウハウが、重要になりました。政府には、知的財産戦略本部推進事務局があります。
私も、詳しいことは勉強中ですが、興味深いことを教えてもらいました。2006年6月の法改正で、特許や意匠の保護強化されました。盗むと懲役10年です。これまでは、ものを盗むと窃盗でしたが、これからは知的財産を盗んでも=まねをしても、それと同じ犯罪です。
社会が変化すると、法制度・行政なども大きく変化するという例ですね。(10月29日)
25日の朝日新聞「保守とは何か」で、山崎正和さんは、次のように述べておられました。
「近代社会には、政治的な保守というものは存在しないし、存在しえない。私はそう考えている。もし保守というものが成立するとしたら、それは広い意味での文化の領域に限られるだろう・・・政治も、近代以前は文化と結びついていた。だが、近代化により、政治は文化と区別された。信仰や人格、気分など統治者の身に付いた文化が規範になる政治から、指導者が国民との契約や法に従って合理的に行動することを前提にした政治への移行だ。政教分離の原則は、こうした政治と文化の区別を象徴している。以降、政治は身体ではなく頭の仕事、つまり理性の仕事になった。そこには保守はあり得ない」
「戦後になると、保守・革新という言葉が広く使われた。しかしそれは、実態を表した言葉ではなかった。実際に存在したのは、自由市場主義の立場に立つか、計画経済つまり社会主義の立場に立つかという対立だった・・・戦後の自民党に保守よりも適切な呼び名を与えるとしたら、現実対応政党だろう」
「グローバライゼーションの進行は止められないから、せめてその変化が一部の人々に不幸をもたらさぬよう、影響を和らげる対策を立てる。それが今、良識ある政治家のやっていることだ」(10月29日)
1日の日経新聞は、2005年の国勢調査結果を解説していました。人口ピラミッドが、1960年、2005年、2050年推計と並べてあります。1960年はピラミッドですが、2005年はくびれたひょうたん、2050年はソフトクリームのコーン(逆三角形)です。もはや、ピラミッドではありません。

経済財政4

2006年10月24日   岡本全勝
20日の東京新聞「新生経済財政諮問会議民間議員に聞く」、伊藤隆敏議員の発言。
「小泉・竹中チームと、安倍・大田チームがよく比較されるが、日本経済が置かれている状況は全然違う。小泉・竹中チームの2002年、03年は不良債権が大問題で、旧体制をまず壊すという改革が重要だった。いまは、経済成長率も高くなり、期待されているのは成長をいかに持続していくかということだろう。壊れた後に新しい建物を建てる、創造する、というのがわれわれの置かれている状況だ」。(10月21日)
今日、経済財政諮問会議が開かれ、重点改革分野と第1回の集中審議・地方の改革が行われました。地方の改革がなぜ1番目に選ばれたかは、定かではありませんが、重要な改革課題と認識されていることは間違いないようです。それは、喜ばしいことです。有識者提出資料(民間委員ペーパー)は、詳しくは本文を見ていただくとして、私なりに考えたことを述べます。
今回のペーパーの特徴です。まず、分権改革(権限と責任を地方に移す一括法)と、その先の道州制を明確に位置づけました。これは、前書き(本文)と、項目1です。次に、その分権改革の具体項目を書いてあります。項目2~4です。数値目標と期間が明示されています。そして、3つめが歳出削減です。これが項目5、6です。このように、3つの部分からなっているようです。
これまでの諮問会議、骨太の方針との違いは、抜本的分権のための、次なる道筋を明らかにしたことでしょう。これまでの到達点(第1次分権改革、三位一体改革)を踏まえ、次なる道筋を示しました。項目1~4までは、これまでの諮問会議、骨太の方針にないことです。もっとも、これは有識者資料であって、まだ骨太の方針や閣議決定になっていません。反対勢力もあるようですから、これからも紆余曲折があるようです。
今朝の新聞に未公表資料が出ていたようで、記者さんから質問(詰問)がありました。
記「なぜ出るのでしょうかね、しかも、いつも同じ新聞社です(私にも教えてくださいよ。そうしないと私の立場がありません)」
全「そう言われてもねえ。有識者が書いておられるし。もし、僕が持っていても、出すわけにはいかないよ」
記「じゃあ誰が出すのですか」
全「第一次当事者でなく、それをもらった人。その人は資料の機密度は知らないから、お気楽に出すね。もう一つは、漏らすことで、つぶしたい人だね」
記「なるほど」
(10月24日)
今朝の各紙は、昨日の経済財政諮問会議を報道していました。日経新聞は「新分権一括法案3年以内に、国・地方の税配分明記」でした。読売新聞は「5兆円移譲議論スタート、自治体格差是正カギ」でした。
民間委員ペーパーで論点が設定され、関係者も同意して方向は定まりました。これからは、その目標に向けて、問題点を解決していく過程に入ります。その問題点は、簡単なものではありません。簡単なら、とっくに解決していました。何かを犠牲にしなければ、みんなが喜ぶ解決はありません。地方団体や分権改革を進めようとする人たちは、その解決策を提案する責任があるのです。それを提案しない限り、守旧派は「問題がある」といって、改革を先送りします。(10月25日)
29日の日経新聞読書欄「経済論壇から」で、大竹文雄教授は次のように書いておられました。
安倍内閣の経済政策を担当する経済学者を紹介して、「今後、政策運営にどの程度経済学的な知識が反映されていくのかについては、まだ不明な点も多い。しかし、経済政策の決定に、専門的な知識が不可欠であるという認識が高まってきたことは間違いないだろう・・・政治的な意思決定が教科書的な経済学ですべて決めることができるほど単純でないのは当然である。しかし、経済学者が政策に参加することのメリットは、経済学的な思考実験を行って、政策のメリットとデメリットを整理することができる点にある」
「経済政策や規制の設計は、日本では利害関係者が調整をするという形で決められることが多かったのではないか。例えば、八代氏は・・・労働市場の改革を、労使間の利害調整に終始する労働審議会だけで審議する時代はもはや終わったのではないか、と述べている。こうした中、政府税調が利害調整の場から専門家集団に衣替えされることは注目すべき変化だ」。(10月30日)
今日は、経済財政諮問会議が開かれ、社会保障改革と公共投資改革が議論されました。有識者ペーパーには、総量削減の他、地方との役割分担についての記述もあります。(11月10日)
15日の朝日新聞時々刻々は、「さえない最長景気」を解説していました。1965~70年のいざなぎ景気、86~91年のバブル景気、2002年~現在の最長景気の比較が、わかりやすい表になっています。平均実質経済成長率は、順に、11.5%増、5.4%増、2.4%増です。物価は、27.4%増、8.5%増、今回は0.4%減です。月給も、79.2%増、12.1%増、1.2%減です。景気拡大、好景気が続いているといっても、内容が全く違います。(11月15日)
29日の朝日新聞「どうする財政」は、「借金大国。果実、返済か分配か」でした。「不況時の財政悪化は仕方ないが、警戒回復期の税収増でその穴を埋める、というのが財政学の基本だ。ところが日本では国債発行を始めた1965年度以来、普通国債残高(国の借金)が減ったことが一度もない。不況時だけでなく、好況時にも税収増の果実をばらまき続けたからだ。典型がバブル期の・・」
その通りです。これについて、2点指摘しておきます。
この記事にあるように「不況時には国債を発行し、好況時にはそれを返す」と、経済学の教科書は書いてあります。これがケインズ政策の有効需要創出策です。しかし、日本はケインズ政策をつまみ食いしてきました。不況期には国債を増発して需要を作りますが、景気回復時に国債を繰り上げ償還しないのです。すべて60年償還なのです。ところが、このことを指摘した本が見あたりません。私の勉強不足で、書いてある本があったらお詫びします。私は、新地方自治門」p121~でその点を解説しました。ようやく、気がついてくれたかと、喜んでいます。
もう一点は、国はしませんでしたが、地方はバブル期に借金を繰り上げ返済しました。これも同じくp122に書いてあります。詳しくは「地方交付税-仕組と機能」p85をご覧ください。国がバブル期にそれまでの国債を繰り上げ償還しておけば、こんなに借金は貯まっていなかったはずです。(11月29日)
今日の諮問会議では、予算編成の基本方針も決定されました。今週はそれに先立ち、与党審査が続きました。基本方針は閣議決定されるので、与党の事前審査が必要なのです。説明側の一員として出席しましたが、再チャレンジや地方財政で質問が飛んできて、私の出番もありました。(2006年11月30日)
国民一人あたりのGDPの最新数字が、公表されました(13日付け日経新聞など)。それによると、日本は35,650ドルで、世界では14位に後退しています。1993年には35,000ドルで世界一位、その後4万ドルを超しましたが、現在では90年代前半の金額まで減少しました。
「新地方自治入門」p6では、2001年までのグラフを示しています。日本の金額はさらに減っています。問題なのは、「西欧各国は日本の3分の2」と示してあるのが、現在では、日本と同程度または追い抜いているということです。すなわち、「日本は欧米先進諸国を目標に、追いつき追い越した」と説明していましたが、「その後日本は後退・低迷した」のです。この部分は、記述を変えなければなりません。
(日本社会の構造改革)
無理をしてまで、世界一になる必要はありません。また、経済成長だけが日本社会の目標でない、というのが拙著の主張です。しかし、絶対額として低下することは、日本の活力を損ないます。一時的なものは許容できますが、長期的構造的なのは問題です。もちろん、日本が構造改革をするために必要な過渡期「ため・たわみ」ならば、それはよいことも言えます。
そうしてみると、この長期不況は、バブルの崩壊という高い授業料をはらう時期だった他に、遅れた金融改革とその後の改革によるもの、グローバル化による日本経済の護送船団方式から競争への転換、アジアの追い上げによる産業の転換などの時期だったのです。
それらの波は、銀行の破綻から、今議論されているように、労働市場改革に及んできています。働き方、子育て、年金まで広がるのでしょう。これらの変革をうまくできるか、遅れたり先延ばしにして、さらに世界から取り残されるかです。すでにバブル崩壊から、15年が経ちました。第二次世界大戦後は、11年で「もはや戦後ではない」と政府が宣言しました。明治維新(廃藩置県、地租改正、徴兵令、学制、経済制度改革)や戦後改革では、制度改革はもっと短期間にやっていますから、そのスピードはすごかったのですね。今回は、勉強期間としては、長すぎるとも思えます。(2007年1月13、14日)