カテゴリーアーカイブ:社会の見方

人は失敗で進歩する

2010年6月20日   岡本全勝

ギリシャの財政危機に端を発した、ヨーロッパの共通通貨ユーロの暴落が、ユーロ制度に対する不安をもたらしています。20日の日経新聞は、1面で「通貨混沌-ユーロ不安と世界」の連載、読書面では「ユーロ体制、危機に直面」の特集でした。他方、経済面では、太田泰彦編集委員が「災い転じてユーロ進化論」を、書いておられました。
・・単一通貨制度が近く崩壊するという予言や、地域統合を目指す壮大な実験が失敗に終わったと断じる論評もある。本当にそうだろうか。
たとえば老舗のプライベートバンク・・独メツラー銀行の共同経営者、ヴィースホイ氏は「ユーロの仕組みに対する一般の認識が深まり、制度改善の土台ができた」と語る。80歳になるコール独元首相も、珍しく口を開いた。「欧州統合は戦争か平和かの問題であり、ユーロが平和を保証している」・・
ユーロは、主権国家はそのままに、通貨発行権を上部機関に委ねるという壮大な実験です。神ならぬ人間がつくった制度、しかもいろんな妥協を重ねた「実験」です。最初から、完璧なものはできません。まさに、試行錯誤。いろんな問題を解決しながら、進んでいくのでしょう。
問題をあげつらうだけでは、あるいは問題があるからといって踏み出さないなら、進歩はありません。2008年の世界金融危機に発する世界同時不況を、大恐慌に陥ることなく、ほぼ克服しました。これは1929年の痛い経験があったからです。そして再発を防ぐため、金融監督制度は、改善が検討されています。
制度が問題なく運営されている時は、制度が非常に良くできていて、問題を発生させない場合や問題が起きても吸収できている場合のほかに、たまたま問題が顕在化しなかった場合があります。それらの場合は、制度を改善・改革しようという動きは出てきません。改善・改革は、問題が顕在化した時に進むのです。

新聞の使命

2010年6月14日   岡本全勝

鈴木伸元著『新聞消滅大国アメリカ』(2010年、幻冬舎新書)を読みました。先日の、インターネットがジャーナリズムを壊しているという、問題関心からです。本の内容は主に、アメリカの新聞社が次々と消えていっているという報告です。読むと、実態はすさまじいものです。日本とは、広告収入と購読料の割合などが違いますから、そのまま日本には当てはまらないとしても、大変な事態です。
私は、新聞はすべてが正しいとは決して思いませんが、その欠点の分を差し引いても、新聞は民主主義国家において不可欠の公共財だと思います。先日の記事でも書きましたが、インターネットの検索サイトが無料で(広告収入で)もうけ、記事を提供している新聞社が赤字になるという構図は、長続きしません。検索サイトがこれからも儲けようとするなら、「寄生している宿主」である新聞社を、生きながらえさせる必要があります。宿主を殺す寄生虫は、実は弱い寄生虫です。
これは、ビジネスの方法=いわゆるビジネスモデル(これは日本語だそうです)を、考えさせる事態です。情報産業にあってはコンテンツをつくる企業とそれを売る企業、商品にあってはモノをつくる企業と売る企業の、どちらが儲けるかです。インターネット業界では、それぞれの業態をレイヤーと呼ぶそうです。百貨店が場所貸し業になって、自ら商品を売らず、ブランド店が場所を借りて自らの商品を売る仕組みになりました。これで場所貸し業の百貨店は、衰退しました。街の本屋さんは、委託販売で、あずかった本を並べ、売れた分だけ儲けます。この場合は、衰退しながらも生きながらえています。もっとも、専門書は大規模店舗やインターネット販売に負けて、雑誌販売で生き残っているという見方もあります。
また新聞には、ニュースの優先順位をつけてくれる機能があります。たくさんのニュースから、切り取ってくれる今日のニュース一覧は、大きな機能です。どのニュースでも見ることができるは、どれを見たらよいかわからないということです。このような機能は、評価されないのでしょうか。114

世論調査・日本の自画像

2010年6月12日   岡本全勝

11日の朝日新聞が、「いまとこれから」という世論調査を載せていました。
今の日本がおかれた状況を登山にたとえると、「息が切れて、後続の人に追い抜かれていく」が62%、「足を痛めて先に進めない」が18%、「急な坂を懸命に登っている」が15%で、「快調に登っている」は1%です。
「日本に誇りをもっているか」については、75%の人がもっています。誇るものは、技術力が94%、アニメやゲームが68%、経済力は34%、教育水準は33%でしかありません。急速にイメージが変わっているように、思えます。
日本の自画像については、「勤勉である」が46%、「でない」が50%。「礼儀正しい」が45%で、「でない」が52%です。さらに「独創性がない」61%、「国際性がない」70%、「自立心がない」76%です。かなり悲観的ですね。
詳しくは記事を見ていただくとして、佐藤俊樹東大教授は次のように述べておられます。
・・調査結果からまずわかるのは、日本社会の自己像が不明確になったことだ。「顔」を失った日本、という感じだ。経済力や教育水準の高さは、戦後日本の代表的な「プラス面」だ。ところが、いずれも誇れると思わない人のほうが多い・・日本人の特徴についても、器用だが自立心は弱く、国際性にも欠ける、という答え。一言でいえば「ぱっとしない自分」だ。いまの若者によく見る自己像とも似ている・・
ただし、国民が見つめる自画像の多くは、マスコミが伝えた報道によるところも多いのですよね。「記事で誘導しておいて、世論調査で確認する」といったら、言いすぎでしょうか。

短命政権を生み、捨てる社会

2010年6月12日   岡本全勝

11日の日経新聞経済教室、山崎正和さんの「指導者は難題と向き合え」から。
・・何より気がかりなのは、これらの(民主党の)公約が目先の変革にのみ重点を置き、永続的な国益や目標を無視していることである・・素人でもわかる長期的な視点の欠如、国策の連続性への関心の鈍さが異様なのである。そしてこの鈍感さを最大限に露呈したのが、防衛問題であるのはいうまでもない・・この問題の惨めな結末はすでに明らかだから、私にはあらためてこれをあげつらう興味はない。
それよりも注目に値するのは、なぜ民主党が革命にも似た変革を掲げ、国民も雪崩を打ってそれを支持したかという疑問である。国民の変化への要求はこのところ性急さを増し、内閣支持率は激しく上下動を繰り返して、そのたびに短命政権が生まれては消えた。政党を問わず指導者は小粒になったように見え、選挙民はこらえ性がなくなった気がする。これはいったい、文明と社会のどのような問題の反映なのだろうか。
まずいえることは、現代日本の真の課題が深刻なものばかりになり、経済の成熟、少子高齢化、環境破壊、技術開発の停滞など、時間がかかる困難が急増したという点がある。グローバル化の下で政府のできることは小さくなる一方なのに、うすうすそれを感じる国民はいらだちを強め、せめて見かけ上の変革を性急に求める方向に走った。
同時に、長く続いた冷戦が終わったことによって、個人の政治的アイデンティティー、心のよりどころとしての政治的立場が揺らぎ始めた・・
第3に、都市化の進行が人びとから故郷や近隣社会を奪い、よかれあしかれ多数の国民を孤独な群衆にした。とくに日本では、グローバル化が企業の枠組みを弱くして、企業という伝統的な帰属感の対象が動揺したことが大きい。典型的な大衆(マス)社会に投げ出された日本人は、信頼できる顔の見える隣人を失い、流行とか世間の空気といった目に見えない趨勢に流されやすくなった・・
こうした社会状況の下で起こりがちなのはポピュリズム(扇情政治)だが、現代の日本には雄弁な扇動家は現れにくいから、ここに「リーダーなきポピュリズム」とも呼ぶべき珍現象がみられることになる・・
詳しくは、原文をお読みください。

雇用調整助成金制度

2010年6月10日   岡本全勝

6月8日の朝日新聞生活面が、雇用調整助成金制度について解説していました。会社の経営が悪くなった時に、従業員を解雇せずに雇い続けている会社に、政府が助成する制度です。多くの人は、ご存じないと思います。私も、総理秘書官になるまで、詳しいことは知りませんでした。厚生労働省の解説は、こちら
2008年秋のいわゆるリーマンショックによる世界同時不況の際に、支給要件をゆるめて、この制度を使ってもらうようにしました。市場経済の論理では、業績の悪くなった企業は従業員を減らし、良くなったら従業員を雇います。失業した従業員は、失業保険をもらいつつ次の職を探す。当然のことです。なぜ、国費を使って、その人たちや企業を支援するのか。疑問を持つ人もいると思います。
しかし、クビになった従業員にとっては、職業を失うことは、そんな生やさしいものではありません。収入がなくなるだけでなく、生活も家庭も不安定になります。そんなことは、経済学の教科書には書いていません。また、社会と国家にとっても、負の要素は甚大です。仮に、ある従業員が月額30万円もらっていた、しかし企業は20万円しか払えなくなったので解雇する、としましょう。この場合、政府が10万円出せば、解雇は避けられます。政府が10万円出せずにその人が解雇され、失業保険をもらうようになったら・・。功利主義的に、金銭的コストと、社会不安と、本人と家族の不安を合算しても、社会の合計コストは「安い」のです。
その新聞記事にありますが、2009年4月には6万1千事業所が、253万人分を申請しました。この数は、その半年前のなんと700倍です。ごく簡単に言うと、この制度がなければ、253万人が失業していたのです。最近の失業者数は350万人です。最近の数字は、インターネットで調べてもわかりませんでした。また、この制度の重要性を、マスコミが報道してくれないことも残念です。中学や高校の教科書にも、書いていないのでしょうね。暮らしていく上で、微分積分の知識より、重要だと思うのですが。
実は、ここには、日本の行政の転換が現れています。かつては、業界を支援することが、政府の仕事でした。しかし、この制度は会社も救っていますが、従業員の生活を救うことが目的です。会社を救うのが目的なら、国民から批判も出ると思います。生産者支援から生活者支援への、政府の仕事の転換が、ここに出ています。